真赤まっか)” の例文
旧字:眞赤
日が小豆島のむこうに落ちたと思うと、あらぬかたの空の獅子雲が真赤まっかに日にやけているのを見る。天地が何となく沈んで落着おちついて来る。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ゴンゴラ総指揮官が真赤まっかになって金博士の方に振返った時には、既に博士の姿は卓上の酒壜と共に、かき消すように消えせていた。
無表情な黄金仮面の口から顎にかけて、一筋ひとすじタラリと真赤まっかな液体が流れ、その口が商人に向って、ニヤリと笑いかけたというのだ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
真赤まっか達磨だるま逆斛斗さかとんぼを打った、忙がしい世の麺麭屋パンやの看板さえ、遠い鎮守の鳥居めく、田圃道たんぼみちでも通る思いで、江東橋の停留所に着く。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「御謙遜では……恐れますから……どうか」主人は真赤まっかになって口をもごもご云わせている。精神修養もあまり効果がないようである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「まア、どうぞ御免なすって……。」と銀杏返は顔を真赤まっかに腰をかがめて会釈しようとすると、電車の動揺でまたよろけ掛ける。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「そんなむつかしい本が分るかい」ときいても「分るさ、面白いよ」と言いながら、ほお真赤まっかに上気させ、ふり向きもしないで読んでいる。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
妙に似合わない扇だと思って、自身のに替えて源典侍げんてんじのを見ると、それは真赤まっかな地に、青で厚く森の色が塗られたものである。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
顔を真赤まっかにし、眼に涙をめ、彼は土竜につばをひっかける。それから、すぐそばの石の上を目がけて、力まかせにたたきつける。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
とがめるように言うのに、私は「いや……」とさえぎり、羞恥しゅうち真赤まっかになりながら「いや僕は、な、なにも……」とどもって言った。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
……いよいよ磔刑獄門はりつけごくもんときまったところ、南から再吟味を願い出られ、そのすえ、これが真赤まっかな無実だったなどとなったら、あなたは腹切だ。
顎十郎捕物帳:05 ねずみ (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
昨日きのう葡萄ぶどうはおいしかったの。」と問われました。僕は顔を真赤まっかにして「ええ」と白状するより仕方がありませんでした。
一房の葡萄 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
お嬢様は手を握られ真赤まっかに成って、又その手を握り返している。此方こちらは山本志丈が新三郎が便所へき、余り手間取るをいぶか
クリストフはうれしさに真赤まっかになりながら、ハスレルの賛辞は自分にたいしてなされてるのだと思わずにはいられなかった。
しかも玉次郎をなぐった玉造もかつて師匠金四のために十郎兵衛の人形をもって頭を叩き割られ人形が血で真赤まっかまった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、きゅうひと院長いんちょうだとわかったので、かれ全身ぜんしんいかりふるわして、寐床ねどこから飛上とびあがり、真赤まっかになって、激怒げきどして、病室びょうしつ真中まんなかはし突立つったった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
と母は真赤まっかになりながら云ったが、小作米とくまいとりの、源しゃんのおふくろは、鼻のさきであしらって、とり合わなかった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
奥殿の床板は塵埃ちりほこりの山をし、一方には古びたおお太鼓がよこたわり、正面には三尺四方程の真赤まっかな恐ろしい天狗の面がハッタとこちらを睨んでござる。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
女の子の着物は真赤まっかであった。灸の母は婦人と女の子とを連れて二階の五号の部屋へ案内した。灸は女の子を見ながらその後からついて上ろうとした。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
五六 上郷村の何某の家にても川童らしき物の子をみたることあり。たしかなる証とてはなけれど、身内みうち真赤まっかにして口大きく、まことにいやな子なりき。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
新年に、私が出掛けようとした時、うちの運転手の知合いの者が、自動車の助手席で、鬼のような真赤まっかな顔をして、ぐうぐう大いびきで眠っていましたの。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しばらくすると、ごーと山りがしてきまして、むこうのしげみのあいだから、たるのように大きな大蛇おろちが、真赤まっかしたをぺろりぺろりだしながら、ぬっとあらわれでました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
すねはりでも刺されるようであったし、こむらは筋金でもはいっているようだった。顔は真赤まっかに充血して、ひたいや鼻や頬や、襟首からは、汗がぽたぽたとしたたり落ちた。
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
並木の通りを荷物の山を越えて逃げ雷門へ来て見れば、広小路もはや真赤まっかになって火焔かえんうずを巻いている。
すると不思議なことには赤鸚鵡がたちまち姫の前の金網へ飛び付いて、姫の顔を真赤まっかな眼で見つめながら——
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
Cさんのおうちの前を通ったら、Cさんの裏の井戸端で、雨が降ってるのに手拭てぬぐいかぶって、手を真赤まっかにしてお米をいでいらしたの、あたしほんとにお気の毒になっちゃって
大きな手 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
そういう言葉をちょっとでももらそうものなら、それが故意であろうと無かろうと、阿Qはたちまち頭じゅうの禿を真赤まっかにして怒り出し、相手を見積って、無口の奴は言い負かし
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
赤の飯、刻鰑きざみするめ菎蒻こんにゃく里芋蓮根の煮染にしめ、豆腐に芋の汁、はずんだ家では菰冠こもかぶりを一樽とって、主も客も芽出度めでたいと云って飲み、万歳と云っては食い、満腹満足、真赤まっかになって祝うのだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
実に嘲弄ちょうろうし切ったもので、しかも、右近の足は、さっきったのか、真赤まっかに染まって四肢てあしや顔が青絵具あおえのぐのような青い屍骸をひとつ、踏まえているのだ。見ると、日向一学である。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何か知らんとテントの内へ入って見ますとその菩薩のような美人の妻君は夜叉のような顔になって角は生えて居らなかったけれど真赤まっかな顔になってラマに対して悪口を言って居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
あの真赤まっかな湯文字を、巧みに飜がえして、眼の前に泳ぎ寄る蒼白い水中の裸女の美は、彼景岡秀三郎の頭の中の、総ての感覚を押しのけて、ハッキリと烙印されて仕舞ったのでした。
足の裏 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
と同時にまた一箇所僧院の彼方に真赤まっかな火柱が立った。焼けているのは納屋らしい。
(間。娘かんとす。)それからなあ。ついでに少し果物を取ってきてくれい。春ばかりでは物足りない。夏もいるからなあ。柑子こうじが好い。よく真赤まっかに熟したのを買ってきてくれい。
中空をつよくにらみつけて、顔じゅうを真赤まっかにしたまま彼はじっと動かなかった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
大きな門柱から鉄柵てつさく蜿蜒えんえんつらなって、その柵の間から見えるゆるやかな斜面スロープの庭にははるかのふもとまで一面の緑の芝生の処々に、血のように真赤まっか躑躅つつじ五月さつきが、今を盛りと咲き誇っています。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
鸚鵡おうむ返しにこんな挨拶をしながら、薬局生はうずたかい柚を掻きわけて流し場へ出た。それから水船みずぶねのそばへたくさんの小桶をならべて、真赤まっかゆでられた胸や手足を石鹸の白い泡に埋めていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
敵のやいばの下で、真赤まっかに血を浴びた子路が、最期さいごの力をしぼって絶叫ぜっきょうする。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
井村は真赤まっかになって刀のつかに手をかけると、兵馬はそれを制し
倭文子も、真赤まっかになりながら、村川につづいて出た。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ここに照る月、輝く日は、げた金銀の雲に乗った、土御門家つちみかどけ一流易道、と真赤まっかに目立った看板の路地から糶出せりだした、そればかり。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鶯色うぐいすいろのコートに、お定りのきつね襟巻えりまきをして、真赤まっかなハンドバッグをクリーム色の手袋のはまった優雅な両手でジッと押さえていた。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
田舎いなか風に真赤まっか掻練かいねりを下に着て、これも身体からだは太くなっていた。それを見ても自身の年が思われて、右近は恥ずかしかった。
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
と是から萩原束が真赤まっかに酔って、耳のあたりまで真黒まっくろ頬髭ほゝひげの生えている顔色がんしょくは、赤狗あかいぬが胡麻汁を喰ったようでございます。
ところを人の味淋だと思って一生懸命に飲んだものだから、さあ大変、顔中真赤まっかにはれ上ってね。いやもう二目ふためとは見られないありさまさ……
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
真赤まっかな火が目にうつったので、おどろいて両方の目をしっかり開いて見たら、だなの中じゅうが火になっているので、二度おどろいて飛び起きた。
火事とポチ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
老人ろうじんは彼を引寄ひきよせた。クリストフはそのひざ身体からだげかけ、そのむねに顔をかくした。彼はうれしくて真赤まっかになっていた。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
うまけるのに手間てまれるとかとりきんで、上句あげくには、いつだまれとか、れこれうな、とかと真赤まっかになってさわぎかえす。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
梔子色くちなしいろ綾織金紗あやおりきんしゃの羽織をかさねて白い肩掛かたかけ真赤まっかなハンドバックを持ち、もう一度顔を直すつもりで鏡の前に坐った。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二人共真赤まっかになって、やや正気を失った形で、それゆえ、大した羞恥を感じることもなく、そのホテルのカウンタアの前に立つことが出来たのであった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その内に一時間位はウットリしたのであろう。なんだか悪魔に腰骨でも蹴られたような夢を見てハット驚き目をくと、眼前には真赤まっかな恐ろしい天狗の面。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)