しわ)” の例文
あまり日光にあたらない者に特有の、白ちゃけた、しぼんだような顔はしわだらけで、干からびたような細い唇にも血のけは薄かった。
超過勤務 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お茂與といふ美しい年増は、帶の間から紙入を出して、その中から小さく疊んだ半紙を拔き、しわのばして平次の方へ滑らせたのです。
半分はかやをばかにしたような調子であるのだが、かやはそれでもやっぱり目尻にしわをよせ、丸い頬を垂れていっしょになって笑い
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
若林博士の眼の下に、最前の通りの皮肉な、淋しい微笑のしわが寄った。それが窓から来る逆光線を受けて、白く、ピクピクと輝いた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それがしわをたたんださざ波の底にかすかながらもそれと指さされるのだった、私は遠い昔の面影をそこに発見したような気がした。
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
画家の山中はものにかれたように身動きもしなかった。その時ふと私は、老いた花子の顔の孤独のしわを伝う幾条かの銀色の涙を見た。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
そして、その頬に刻まれた数条の深いしわに、おれは悲哀と、倦怠と、人類に対する嫌厭けんえんと、孤独の熱望とを示すものを読みとった。
小さい箱の上に、しわくちゃになった札や銀貨を並べて、二人でそれを数えていた。男は小さい手帖てちょうに鉛筆をなめ、なめ何か書いていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
かれはこの惨憺みじめさと溽熱むしあつさとにおもてしわめつつ、手荷物のかばんうちより何やらん取出とりいだして、忙々いそがわしく立去らむとしたりしが、たちまち左右をかえりみ
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
苦労の中にもたすくる神の結びたまいし縁なれや嬉しきなさけたねを宿して帯の祝い芽出度めでたくびし眉間みけんたちましわなみたちて騒がしき鳥羽とば伏見ふしみの戦争。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
! 陽炎かげろうを幾千百すぢ、寄せ集めて縫ひ流した蘆手絵あしでえ風のしわは、宙に消えては、また現れ、現れては、また消える。刹那せつなにはためく。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
それは子供とは云うものの、老人のようにしわくちゃだった。玄鶴は声を挙げようとし、寝汗だらけになって目を醒ました。…………
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
祖母は、誰にでもすこし気が変だと思われていました。幾つぐらいでしたろう? 顔に千三十八のしわがあって、顎髯あごひげが生えていました。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
それならただもう縦横無尽に絵具えのぐを画布へなすりつけてからに——黒い、射るような眼と、垂れさがった眉と、しわの深く刻まれた額と
顔しかめたりとも額にしわよせたりともかく印象を明瞭ならしめじ、事は同じけれど「眉あつめたる」の一語、美人髣髴ほうふつとして前にあり。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
大きな顔に大きな目鼻がついて、頬のあたりに太いしわが刻まれていた。俗にいう一寸法師だった。大人の癖に子供の脊丈せたけしかなかった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
帆村はまるで迷路の中にみちを失ってしまったように感じた。かれはポケットを探ってそこにしわくちゃになった一本のたばこを発見した。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
訴訟をしても、ただは置かぬ、と十三歳の息子の読みかけの徒然草つれづれぐさを取り上げてばりばり破り、捨てずに紙のしわをのばして細長く切り
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それを見ると、婆も目鼻にしわをあつめて、すすり泣いた。しかし気丈な老婆は、自分がもろくなるのをすぐ自分の心で叱咤しながら
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぐ脱ぎ捨てて、紙屑かみくずのように足でしわくちゃに蹴飛けとばして、又次の奴を引っかけて見ます。が、あの着物もいや、この着物もいやで
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
なにじつふと、二十ねんも三十ねん夫婦ふうふしわだらけになつてきてゐたつて、べつ御目出度おめでたくもありませんが、其所そこもの比較的ひかくてきところでね。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
おぢいさんは、もはや六十あまりの年ごろで、額にふかいしわがきざまれて、目はおちくぼんでゐました。おぢいさんは、文吉の顔を見て
さがしもの (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
げに寒き夜かな、いう歯の根も合わぬがごとし。炎は赤くその顔を照らしぬ。しわの深さよ。まなこいたくくぼみ、その光は濁りてにぶし。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「君はどうかしてるよ、あの銀の針金のような白髪しらがと、木彫きぼりのようなしわとがわからないかい、なにがむすめなのだ、六十の狼女おおかみむすめかい」
草藪の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
顔には引き締まったような表情があって、まゆの根にはしわが寄り、目ははるかに遠いところを見つめている。そして物を言わない。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
亭主がようやく起き出して、そでや裾のしわくちゃになった単衣ひとえ寝衣ねまきのまま、あくびをしながら台所から外を見ながらしゃがんでいた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
急には車がとめられないようで、車夫はかめみたいにのばしたしわくちゃの細首を、がっくりと前に垂らして、ふた足三あし、車を進ませた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
彼はジャン・ヴァルジャンの上にじっとひとみを据えていた。あごしわを寄せ、くちびるを鼻の方へつき出して、荒々しい夢想の様子だった。
服を着てしまふと、彼女は、しわにしないようにと思つて、その繻子しゆすの裾を非常に注意深く持ち上げて温和おとなしく自分の小さな椅子に掛けた。
一錢ひやくもねえから」と卯平うへいはこそつぱいあるもののどつかへたやうにごつくりとつばんだ。かれしわ餘計よけいにぎつとしまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彼は床に落ちた紙を拾い、しわをのばしながら机にもどると、大きく呼吸を吐いた。ゆっくりとさっきのつづきを書きはじめた。
非情な男 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
みんなはそれから番号をかけて右向けをして順に入口からはいりましたが、その間中も変な子供は少し額にしわを寄せて〔以下原稿数枚なし〕
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
米友が再び唸って、額にしわを寄せて、深い沈黙に落ちようとする時に、女は躍起やっきとなって、真向まとも燈火あかりおもてを向けて、さも心地よさそうに
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
分別くさいしわぶかい顔——うしろから見ると子供だが、前から見ると、このこどものからだに、大きな老人の顔がのっかっている異形な姿。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
キャラコさんは、額にむずかしいしわをよせながら分析台のそばに立って、せわしそうに動く四人の手を注意深くながめている。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
法水の直観的な思惟のしわから放出されてゆくものは、黙示図の図読といいこれといい、すでに人間の感覚的限界を越えていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼女の微笑のおのおのは、その涙のおのおのは、その親愛なる頬のしわのおのおのは、それぞれ一つの存在ではなかったろうか。
此の靨と云うものは愛敬のあるものでわたくしなどもやって見たいと思って時々やって見ましたが、顔がしわくちゃだらけになります。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
猿のようにしわだらけのお上さんが、可もなし不可もなしと云った顔つきで、「まア、働いてごらん」と至極あっさりしている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
五尺に足らない小男で、前歯が落ち、脱け残つた歯が牙のやうに大きく飛びだし、顔中黒々と太いしわで、その中にトラホームの目と鼻がある。
孤独閑談 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
そうして、水はこれらの石の間を潜り、上を辷ってねる。細いしわが網を打ったようにひろがる。さざ波は綱の目のように、水面に織られる。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
相手が相手だけに六助も少し考えているらしかったが、耄碌頭巾もうろくずきんのあいだからしょぼしょぼした眼を仔細らしくしわめながら小声で訊き返した。
半七捕物帳:37 松茸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
顔にしわが何本出来ていようと、どんなに腰が曲っていようと、お前を待っているのは忠実なひとりの少女の心だ。ね? 衛門、そうだろうが?
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
そのあいだというものは年ごとに咲く花は年ごとに散って行っても、また年ごとにびんの毛の白さは年ごとに刻まれるひたいしわと共にまさって行っても
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しわのあらわれた金五郎夫婦の顔に、歳月と歴史とが織りなす、人間の宿命を思う大らかな表情が、共通に、あらわれていた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
しわが眼尻に寄り、眼が充血して、二十五歳という年齢を十も老けさせて、博奕の後の、彼女には慣れ切った容貌であった。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
見る陰もなくせ衰えて、眼が落ちくぼんで……が、その大きな眼がほほえむと、面長おもなが眼尻めじりに優しそうなしわたたえて、まゆだけは濃く張っている。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
生物の細胞組織が最初の空洞球状くうどうきゅうじょうの原形からだんだんとしわを生じて発達する過程にまでもこの考えを応用しようと試みた人があるくらいである。
自然界の縞模様 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私はすこしも金など欲しいとは思わないので、飛んだことになったと、はらはらしながら、まゆしわを寄せてなだめるように
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
Kのほうに顔を向け、すぐまた捜し始めるのだったが、その顔の数多くの鋭いしわは、老齢ではなくて、充実した気力を示しているように見えた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)