白粉おしろい)” の例文
肌ぬぎになつた胸の左右に、二つの小さな丘のやうな乳が、白粉おしろいを塗つてゐる手先の運動につれて、伸びたりふくらんだりしてゐる。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
血だらけ、白粉おしろいだらけ、手足、顔だらけ。刺戟の強い色を競った、夥多あまたの看板の中にも、そのくらい目を引いたのは無かったと思う。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お綾の皮膚の色は、羽二重はぶたえ紅珊瑚べにさんごを包んだようで、生々いきいきした血色と、真珠色の光沢の上に、銀色の白粉おしろいを叩いたかと思われました。
涙で顔が洗われて、白粉おしろいが剥げたのを気の毒がって、課長の女秘書マデリン・ケリイが、自分のコンパクトを貸したりしているのだ。
アリゾナの女虎 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
顔は少し横向きになっていたので、厚く白粉おしろいをつけて、白いエナメルほど照りを持つ頬から中高の鼻が彫刻のようにはっきり見えた。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
首筋だけ白粉おしろいをつけていて、そして浜子がしていたように浴衣のすそが短かく、どこかなまめいているように、子供心にも判りました。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
浜納屋はまなやづくりのいろは茶屋が、軒並のきなみの水引暖簾のれんに、白粉おしろいの香を競わせている中に、ここの川長かわちょうだけは、奥行のある川魚料理の門構え。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒繻子くろじゅすの帯の間からコンパクトを出して微醺びくんを帯びた顔の白粉おしろいを直してから、あたりをそっと見廻して、誰もいないのを確かめると
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
若い兵隊が甲鉄艦のやうな靴をひきずつて、ぞろぞろ通りかかると、二階から三階から白粉おしろいの顔が梅の実のやうに珠数じゆずつなぎに覗いた。
「こんなおばあちゃんじゃ、きらい」とN子はぼくの頸にぶら下がったまま、ぼくのひざに坐り、白粉おしろいと紅の顔をぼくの胸におしつけます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
で、旅行となると、原稿料の前借をして、五十円ばかり懐ろに入れて、妻君の赤い顔に白粉おしろいをぬらせ、生れて初めての中等列車に乗る。
空想としての新婚旅行 (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
時雨しぐれもよいの夕に春日の森で若い二人の巫女にあったことがある。二人とも十二、三でやはり緋の袴に白い衣をきて白粉おしろいをつけていた。
日光小品 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
白粉おしろいをつけて眉ずみをした女の顔が重なって、それが笑声をして囁きあっている処もあった。杜陽は気おくれがして歩けなかった。
陳宝祠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
白地の帷子かたびらを着た紳士の胸や、白粉おしろいをつけた娘の横面などへ泥草鞋がぽんと飛んで行っても、相手が子供であるから腹も立てない。
薬前薬後 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二十四、五の白粉おしろいをべっとりつけた酌婦が、卓によりかかるようにして、同じ文句のどどいつを、何度も繰り返してうたっていた。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
さっきのれんを掛けていた女ではなく、一人は十八、九、一人は二十二、三で、どちらも小太りで、白粉おしろいと香油をつよく匂わせていた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「フーン。これはフランス製の白粉おしろいの匂いだ。すると、この家の中には、若い女がいたことになる。しかも余り前のことではない」
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこへ、おからがって、かお白粉おしろいしろにつけたかねさんが、ながいたもとの着物きものをひらひらさして、横道よこみちから、てきました。
真昼のお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
そして鏡を見ながら凝乎じっと考えふけったが、想えば白粉おしろい、口紅、そして香水……そうしたものに遠ざかってからすでに一年と七カ月。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その化粧すなわち白粉おしろいを塗り紅をつける女性の給与のために特に一区の神田があったので、いかに昔は化粧が大切であったかが知れる。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
飽くまで厚く塗り込められた白粉おしろいは、夜の光にむしろ青く、その目は固く眠って、その睫毛まつげがいたずらに長いように思われたとか。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おもて二階を借りている伊東さんというカフェーの女給じょきゅう襟垢えりあか白粉おしろいとでべたべたになった素袷すあわせ寐衣ねまきに羽織をひっかけ、廊下から内をのぞいて
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
白粉おしろいをつけ、頬紅ほおべに口紅くちべにをつけ、まゆずみを引き、目のふちをくま取り、それからきえちゃんの芸服げいふくを着せ、きぬ三角帽さんかくぼうをかぶせました。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
新しずくめの上に、白粉おしろいをつけた新しい女までいるんだから、全く夢のような気持で、不審が顔に出るいとまもないうちに通り越しちまった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
抽斗ひきだしすかして、そつ背負揚しよいあげ引張出ひつぱりだしてると、白粉おしろいやら香水かうすゐやら、をんな移香うつりがはなかよつて、わたしむねめうにワク/\してた。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
万平は白粉おしろいの下から汗をブルブルと流した。ズッコケかかった昼夜帯を後ろ手で抱え上げ抱え上げ滅法めっぽう矢鱈やたらにお辞儀を返した。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
行李こうりから本を出すと、昔の私の本箱にはだいぶ恋の字がならんでいる。隣室は大工さん夫婦、おかみさんはだるま上りの白粉おしろいの濃い女だった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
風のない夜で涼みかたがた見物に来る町の人びとで城跡はにぎわっていた。やみのなかから白粉おしろいを厚く塗った町の娘達がはしゃいだ眼を光らせた。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
中年の商人風の男の中に交じった一人の若い女の紫色にふくれ上がった顔に白粉おしろいまだらになっているのが秋の日にすさまじく照らし出されていた。
異質触媒作用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこでこんどは青年の爪の垢を取って調べましたところ、顕微鏡下に現れたものは、人間の皮膚の上皮層とある特種の白粉おしろいでありました。
墓地の殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
皮膚が練絹ねりぎぬのように細かくやわらかであるから、白粉おしろいの乗りがいい。爽やかな眼を大きく張って、この二人も明るく唄った。
淡紫裳 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
予の幼時和歌山で兎の足を貯え置き痘瘡をくに用いた。これその底に毛布を着たように密毛叢生そうせいせる故で予の姉などは白粉おしろいを塗るに用いた。
なかなかすみにおけない、白粉おしろいそでや胸にもつけてくる人だというし、またある人も、気さくなよいサラリーマンだといった。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
まず五六十人の若い女が白い「ころも」、白い笠、顔には薄紅うすべに白粉おしろいを厚く塗り歯はおはぐろで黒く染めて、田植えの場所へと並んで行く。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
道化面は昂奮こうふんに筋張り、厚い白粉おしろいを通して、顔面が真赤に上気しているのが見える程であった。決して嘘を云っているのではないことが分る。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「道はヌカるし、固めておけばジクジク流れ出すし、泥と一緒に混合ごっちゃになって、白粉おしろいげて、痘痕面あばたづら露出むきだしたようなこのザマといったら」
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と四散する翼の白粉おしろい、ボッと四辺がけむるほどだ。負けずにうなるスペイン猫、背を持ち上げてグルグルグル、血だまりの周囲をまわり出した。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何のために、白粉おしろいなぞを塗っているのだろう? 俺が眼の見えないことは、わかっているくせに、化粧をして、いったい誰に見せるつもりなのだ。
二人の盲人 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
髪を天神髷にっていた。その襟足がばかに真白だったが、先刻さっきちらと見たところでは、顔は濃い白粉おしろいを脂で拭きとったらしくつるりとしていた。
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
二度目はそれから二月ほどった春の夜、ゆくりなく時雄が訪問すると、芳子は白粉おしろいをつけて、美しい顔をして、火鉢ひばちの前にぽつねんとしていた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
二畳の女中部屋の壁際にガラス鏡を飾り、小棚の上には安香油だの百合の花のレッテルの付いた白粉おしろいだの、鑵に入つた洗粉だのを並べ立てて居る。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
だが、その日のうちにもう千代さんは、泣いてれぼったくなった顔に白粉おしろいをつけて盛装して四、五人の知合いに村外れまで送られて嫁に行った。
髪は文金の高髷たかまげにふさ/\と結いまして、少し白粉おしろいも濃くけまして、和平夫婦が三々九度の盃を手に取上げる折から、表のかたから半合羽を
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
此故このゆゑなまぐさにほひせて白粉おしろいかをりはな太平たいへい御代みよにては小説家せうせつか即ち文学者ぶんがくしやかず次第々々しだい/\増加ぞうかし、たひはなさともあれど、にしん北海ほつかい浜辺はまべ
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
顔に白粉おしろいを塗ったメッセンヂャアボーイは、オペレッタの人のように、女客の手紙で一杯になっている鞄を肩からぶら下げて、気軽に動いています。
耳香水 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
そのビール飲み場の入口には、黄色い髪の毛をし、あぶら白粉おしろいをぬりたてた、大きなでっぷりした女どもが、卑しい眼つきで通行人をうかがっていた。
白粉おしろいを水にも溶かさないでべたべた塗りつける、にとにとと面が突張つつぱる、眼が光る、見る見る能のお面のやうに真白に生色のない泣つつらが出来上る。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
白繻子しろじゅすでできてるボタンじめのしとねの上に、しっかりした大きな赤ら顔、王鳥式に新しく白粉おしろいをぬった額、高慢ないかつい鋭い目、文人のような微笑
三吉があわてて電灯の灯の方へ顔をむけると、気のいい人の要慎ようじんなさで、白粉おしろいにおいと一緒に顔をくっつけながら
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
そんなに聞きたがるのさ。……私の家は貧乏だったの。弟妹がまだ四人もいるんだもの。それでさ。……でも、そうねえ、やはり、こうやって、白粉おしろい
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)