いのしし)” の例文
いのししと熊とが、まるっきり違った動物であるように、人間同志でも、まるっきり違った生きものである場合がたいへん多いと思います。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
峠越とうげごえの此の山路やまみちや、以前も旧道ふるみちで、余り道中の無かつたところを、汽車が通じてからは、ほとん廃駅はいえきに成つて、いのししおおかみも又戻つたと言はれる。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
花ならば梅桜あやめに菊、鳥獣ならうぐいす時鳥ほととぎすいのししに鹿、まるで近頃の骨牌かるたの絵模様が、日本の自然文学の目録であったというも誇張でない。
某時あるとき木曾きそ御岳おんたけの麓へ往って、山の中で一夜を明し、朝の帰りいのししを打つつもりで、待ち受けていると、前方の篠竹がざわざわ揺れだした。
女仙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いのししも熊もとりました。ビッコの女は木の芽や草の根をさがしてひねもす林間をさまよいました。然し女は満足を示したことはありません。
桜の森の満開の下 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
いのししの群に追われた山猫が、さんざん逃げ廻った末、やっと高いシャボテンの木に逃げのぼるカットがあるが、これなどがその良い例である。
ディズニーの人と作品 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
蛇の文身をしている巳之吉みのきちと、いのししの文身をしている亥太郎いたろうと三人だけですが、その三人が、何か命がけの争いをしているらしゅうございます
「信じられないか、ではくけれども、われわれは毎年、いのししや兎の肉をべるし、鶏はもちろん、牛や豚の肉まで喰べた筈だ」
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
足のつめ、からだにはえている小さな一本の毛までがハッキリとわかって、妙な比喩ひゆですが、まるでいのししのように恐ろしい大きさに見えるのです。
鏡地獄 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いのししの肉を売る店では猪がさかさまにぶら下っている。昆布屋の前を通る時、塩昆布を煮るらしい匂いがプンプン鼻をついた。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
おおかみあごいのししきばが、石弓や戦斧せんぷのあいだにおそろしく歯をむきだし、巨大な一対の鹿しかの角が、その若い花婿の頭のすぐ上におおいかぶさっていた。
と、呼びながら、颯爽さっそう、前をさえぎって、いのしし武者の槍のなかばを、槍をもって、ぴしッとからみ合わせて行った一将があった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども気がとがめると云うのか、自尊心が許さないと云うのか、振り向こうとするごとに、首がいのししのように堅くなって後へ回らなかったのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
猟天狗「西洋人はししの肉を大層好むそうですがあれを極く美味しく食べるにはどうしましょう」中川「いのししの肉の好い味を食べるには最上のロース肉を ...
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「彼方の女は子を産むいのししのように太っている。見よ、長羅、彼方の女は子をはらんだ冬の狐のように太っている。」
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
朧月夜おぼろづきよであった。あの一団が向方の街道を巨大ないのししのような物凄さでまっしぐらに駈出してゆくのがうかがわれた。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
そのあとで、いのししが煮え出したものですから、池田良斎といわれたのは箸の先で、ちょいとつまんで風味を試み
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
大台ヶ原を中心とした深い天然林は、昔からいのししの産地で、こゝの猪は味に於て国内随一であるときいてゐた。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
しかし、警官がも一人彼の背中に飛びかかったとき、彼はいのししのように武者震いして、二人の警官を拳固げんこでなぐりつけた。捕縛されるのをがえんじなかったのである。
中仙道は鵜沼うぬま駅を麓とした翠巒すいらんの層に続いて西へとつらなるのは多度たどの山脈である。鈴鹿すずかかすかに、伊吹いぶきは未だに吹きあげる風雲のいのしし色にそのいただきを吹き乱されている。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
低い前額、広い顳顬こめかみ、年齢四十足らずで目尻めじりにはしわが寄り、荒く短い頭髪、毛むくじゃらのほおいのししのようなひげ、それだけでもおよそその人物が想像さるるだろう。
毎日まいにちいぬれて山の中にはいって、いのしし鹿しかしては、いぬにかませてってて、そのかわをはいだり、にくってったりして、朝晩あさばんらしをてていました。
忠義な犬 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
そこに立つ両部時代の遺物の中にはまた、十二権現とか、不動尊とか、三面六を有しいのししの上に踊る三宝荒神とかのわずかに破壊を免れたもののあるのも目につく。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お前達はこれからけものの市場へ行って、生きた鹿といのししを一匹ずつ買って来い。女の方には猪の背骨を入れて背を低くしてやる。男の方には鹿の背骨を入れて背を高くしてやる
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
山の精気を吸いこんで、逞しさをとりもどした体で、林のなかに駈け入り、いのししに似た山豚を追いかけまわしたり、嬉々として畑に出、蕎麦そばの種をまいたりしているのである。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
山道をかけくだるいのししのような一本調子で『ヘルキュレス』めがけてまっしぐらに飛び込んで来たが、南無なむ三、少々方角が違ったので、『ヘルキュレス』の尻尾のそばを通り過し
怒り狂った素戔嗚は、まるできずついたいのししのように、猛然とその後から飛びかかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
……葉子は手傷を負ったいのししのように一直線に荒れて行くよりしかたがなくなった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いのししのように鼻をふくらまして、小次郎がおどりこむと、先ず大喝だいかつをあびせた。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
私の思い違いでなかったなら、この通りは、たしかポルタ・ロッサという名だったと思います。この通りの、以前青物市場だった建物の前に、たいそう上手に作られた青銅のいのししがあります。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
とは光俊朝臣みつとしあそんの述懐であるが、歌の「ほとけ」という代りに武士なり丈夫ますらおなりのつよい人格の文字を用いても同じことになる。しかつめらしく具足をつけ威張いばるものは、古来いのしし武士と呼ばれている。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「この山には赤いいのししがいる。わたしたちが追いくだすからお前が待ちうけて捕えろ。もしそうしないと、きつとお前を殺してしまう」と言つて、いのししに似ている大きな石を火で燒いてころがし落しました。
病気がややよくなって、峻は一度その北牟婁ムロの家へ行ったことがあった。そこは山のなかの寒村で、村は百姓と木樵きこりで、養蚕ようさんなどもしていた。冬になると家の近くの畑までいのししが芋を掘りに来たりする。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
忠臣蔵にはこの近くのかいどうにいのししぎが出たりするように書いてあるからむかしはもっとすさまじい所だったのであろうがいまでもみちの両側にならんでいるかやぶき屋根の家居いえいのありさまは阪急沿線の西洋化した町や村を
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いのししも共に吹かるゝ野分のわきかな 同
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
横町を田畝たんぼへ抜けて——はじめから志した——山の森の明神の、あの石段の下へ着いたまでは、馬にも、いのししにも乗ったいきおいだった。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大鯰おおなまず瓢箪ひょうたんからすべり落ち、いのしし梯子はしごからころげ落ちたみたいの言語に絶したぶざまな恰好かっこうであったと後々の里の人たちの笑い草にもなった程で
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いのししを撃つ猟人かりうどのよく知っている言葉に、ヌタともノタともいうのはまた同じ語だったかと思うが、これだけは九州ではニタと言って区別している。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一日は琵琶湖びわこに舟をうかべて暮し、あくる日は伊吹の山すそでいのしし狩りをした、また鈴鹿の山へ遠駆けをして野営のいち夜にむかしをしのんだりもした。
青竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
郭は珍しいさかなを献上するといって、鹿のほじしを出すふりをして、その手を斬り落し、翌日血の痕をつけて往くと、大きないのししであったから殺してった。
怪譚小説の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しているこの戦場の人間は、みんな頭がヘンなのにきまってるわ。その中でも、おまえなんぞは、気の狂ったいのししだ。……だから、そばへ寄ると、小便を
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きじ、山鳥、がんは七日目ないし八日目です。鹿、いのしし、熊、猿、白鳥、七面鳥は八日目以上を食べ頃としたものです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
僕は祇園ぎおん舞妓まいこいのししだとウッカリ答えてしまったのだが——まったくウッカリ答えたのである。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
クリストフは驚いて飛び上がった。彼は何よりも天才を信じたがってはいた。しかしながら、一挙に過去をくつがえすそういう天才があろうか。……馬鹿な! それはいのしし武者だ。
あたかも番犬や猟犬どものほえ立った一群の下に押さえられているいのししのようだった。
大蛇や大蜥蜴とかげわにも南洋の名物だし、それから、いのししだとか虎なんかもいるんだって
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二人が帰って行く道は、その路傍みちばた石燈籠いしどうろうや石造の高麗犬こまいぬなぞの見いださるるところだ。三めんを有しいのししの上に踊る三宝荒神のように、まぎれもなく異国伝来の系統を示す神のほこらもある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「高天原の国か。高天原の国は、鼠がいのししよりも強い所だ。」
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いのししも共に吹かるゝ野分かな 同
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
女房かみさんが寄せつけやしまい、第一吃驚びっくりするだろう、己なんぞが飛込んじゃ、山の手からいのししぐらいに。所かわれば品かわるだ、なあ、め組。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)