濡縁ぬれえん)” の例文
昼ねからめて、体を洗って、新しい仕事を考えながら二階で風にふかれていたら、不図思いついて狭い濡縁ぬれえんの左の端れまで出てみたら
「どれ。……会ってくれるか」と、独りつぶやいて、秋のあかるいのいっぱいに射している広い濡縁ぬれえんを大股に歩み出していた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうちに朝日は柘榴のこんもりとしてそっくり繁って行く若葉の端々を唐棣色とうていしょくに染め出し、ようやくにして濡縁ぬれえんにも及んで来る。
開放した濡縁ぬれえんのそとの、高い土塀どべいで取り囲んだ小庭には、こんもり茂った植込みのまわりに、しっとりとした夜霧が立ち白んだようになって
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
三吉はそれを家のものに言って、丁度離れた島に住む人が港へ入る船の報知しらせでも聞くように、濡縁ぬれえんの外まで出て耳を立てた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
多の市の寝ているのは奥の三畳、お浜の寝ていたのは入口に近い四畳半、その外には狭い濡縁ぬれえんがあって、二つの部屋の隣に小さいお勝手があります。
点滴のといをつたわって濡縁ぬれえんの外の水瓶みずがめに流れ落る音が聞え出した。もう糠雨ぬかあめではない。風と共に木の葉のしずくのはらはらと軒先に払い落されるひびきも聞えた。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もすそ濡縁ぬれえんに、瑠璃るりそらか、二三輪にさんりん朝顏あさがほちひさあはく、いろしろひとわきあけのぞきて、おび新涼しんりやうあゐゑがく。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
たまりかねて、濡縁ぬれえんへ片膝をつき、這いこむばかりの姿勢となって、片腕を延して和尚の背中を揺ろうとした。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
家は腰高こしだか塗骨障子ぬりぼねしょうじを境にして居間と台所との二間のみなれど竹の濡縁ぬれえんそとにはささやかなる小庭ありとおぼしく、手水鉢ちょうずばちのほとりより竹の板目はめにはつたをからませ
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
二月のあたたかい日に、私がぶらりと訪ねてゆくと、老人は南向きの濡縁ぬれえんに出て、自分の膝の上にうずくまっている小さい動物の柔らかそうな背をなでていた。
半七捕物帳:12 猫騒動 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
とうとう引っ張り出された形、竹の濡縁ぬれえんから庭下駄を突っかけて、ゆらりとおり立った一人の若者。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
杜松子はのきの陰になった濡縁ぬれえんの近くに浅く坐って庭を見ていたが、滋子のほうへふりかえって
ユモレスク (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
濡縁ぬれえんにいづくとも無き落花かな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
濡縁ぬれえんの外は落葉松からまつの垣だ。風雪の為に、垣も大分破損いたんだ。毎年聞える寂しい蛙の声が復た水車小屋の方からその障子のところへ伝わって来た。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
鶴菜はまだ弾傷が癒えないで床に横たわっていたが、父の伝右衛門が来たと聞くと、濡縁ぬれえんまで転び出して来てさけんだ。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
多の市の寢て居るのは奧の三疊、お濱の寢てゐたのは入口に近い四疊半、その外には狹い濡縁ぬれえんがあつて、二つの部屋の隣りに小さいお勝手があります。
家は腰高こしだか塗骨ぬりぼね障子を境にして居間いまと台所との二間ふたまのみなれど竹の濡縁ぬれえんそとにはささやかなる小庭ありと覚しく、手水鉢ちょうずばちのほとりより竹の板目はめにはつたをからませ
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
やがてみのころよ。——就中なかんづくみなみ納戸なんど濡縁ぬれえん籬際かきぎはには、見事みごと巴旦杏はたんきやうがあつて、おほきなひ、いろといひ、えんなる波斯ペルシヤをんな爛熟らんじゆくした裸身らしんごとくにかをつてつた。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
朝日はかくて濡縁ぬれえんの端に及び、たちまちのうちにその全面に射し込んで来て、幾年の風雨にらされて朽ちかかった縁板も、やがて人膚ひとはだぐらいのぬくみを帯びるようになる。
濡縁ぬれえんに雨の後なる一葉かな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
南向の部屋の外は垣根に近い濡縁ぬれえんで、そこから別に囲われた畠の方が見える。深い桑の葉の蔭に成って、妹の居る処は分らなかったが、返事だけは聞える。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
濡縁ぬれえんから這ひ上がつて、窓越しにお駒さんを刺すと、曲者の姿はお駒さんの前の鏡に映らなきやなりません
前々から、ちゃら金が、ちょいちょい来ては、昼間の廻燈籠まわりどうろうのように、二階だの、濡縁ぬれえんだの、薄羽織と、兀頭はげあたまをちらちらさして、ひそひそと相談をしていましたっけ。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
茶がかった離れの小座敷へと通るや否や明放した濡縁ぬれえんの障子から一目に見渡した裏田圃の景色。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
鶴見はそんなことを考えながら、庭の草挘くさむしりをするついでに、石蒜の生える場所を綺麗に掃除をしておいた。濡縁ぬれえんの横の戸袋とぶくろの前に南天の株が植えてある。その南天の根方ねかたである。
きょうか明日あすかとも見える容態になっても、石舟斎は決してかわやへ通うのに、ひとの手を借らなかった。手沢しゅたくのかかった細竹の杖をついて、病室の濡縁ぬれえんから後架こうかへゆくのを常としていた。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お雪は濡縁ぬれえんのところに立って、何の目的めあてもなく空を眺めた。隣のおばさんはかまを腰に差してはたけの方から帰って来る。桑を背負った男もその後から会釈して通る……
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
次のの——がけの草のすぐ覗く——竹簀子たけすのこ濡縁ぬれえんに、むこうむきに端居はしいして……いま私の入った時、一度ていねいに、お時誼じぎをしたまま、うしろ姿で、ちらりと赤い小さなもの
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寺の門前に折好く植木屋のような昔風の家づくりの蕎麦屋が在ったので、往来際の木戸口から小庭の飛石づたい、濡縁ぬれえんをめぐらした小座敷に上って、わたしは宗吉のはなしを聞いた。
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
怪しげな座蒲團を敷いたのは、多の市とは反對側になつてゐる濡縁ぬれえんです。
それに、もうやがて、庭を横ぎって、濡縁ぬれえんか、戸口に入りそうだ、と思うまでへだたった。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その家屋も格子戸こうしど欞子窓れんじまど忍返しのびがえし竹の濡縁ぬれえん船板ふないたへいなぞ、数寄すききわめしその小庭こにわと共にまたしかり。これ美術の価値以外江戸末期の浮世絵も余に取りては容易に捨つること能はざる所以ゆえんなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
宗吉が夜学から、徒士町おかちまちのとある裏の、空瓶屋と襤褸屋ぼろやの間の、貧しい下宿屋へ帰ると、引傾ひきかしいだ濡縁ぬれえんづきの六畳から、男が一人摺違すれちがいに出てくと、お千さんはパッと障子を開けた。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翌日あくるひの朝種彦は独り下座敷したざしきなる竹の濡縁ぬれえんに出て顔を洗い食事を済ましたのちさえ何を考えるともなく折々毛抜けぬき頤鬚あごひげを抜きながら、昨夜ゆうべ若い男女の忍びったあたりの庭面にわもせ茫然ぼんやり眼を移していた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
うた床柱とこばしらではないが、別莊べつさうにはは、垣根かきねつゞきに南天なんてんはやしひたいくらゐ、一面いちめんかゞやくがごと紅顆こうくわともして、水晶すゐしやうのやうださうで、おく濡縁ぬれえんさき古池ふるいけひとつ、なかたひら苔錆こけさびたいしがある。
鳥影 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
二人は再び濡縁ぬれえんに腰をかけて庭の方を向いた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
木綿もめん小紋こもんのちゃんちゃん子、経肩衣きょうかたぎぬとかいって、紋の着いた袖なしを——外は暑いがもう秋だ——もっくりと着込んで、裏納戸うらなんど濡縁ぬれえん胡坐あぐらかいて、横背戸よこせどに倒れたまま真紅まっかの花の小さくなった
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おっかさんが出来ると云うので、いくらめられても、大きな草鞋わらじで、松並木を駈けました。いおりのような小寺で、方丈の濡縁ぬれえんの下へ、すぐにしずかな浪が来ました。もっともそのあいだに拾うほどの浜はあります。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
驚破すはやと、母屋おもやより許嫁いひなづけあにぶんのけつくるに、みさしたるふみせもあへずきててる、しをりはぎ濡縁ぬれえんえだ浪打なみうちて、徒渉かちわたりすべからず、ありはすたらひなかたすけのせつゝ、してのがるゝ。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)