枕許まくらもと)” の例文
それとは別に、小塚原のお仕置場の前の休み茶屋に収容されたおしゃべり坊主の弁信の枕許まくらもとには、道庵もいれば、清澄の茂太郎もいます。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そつと頭を動かして妻を見ると、次の子供の枕許まくらもとにしよんぼりとあちら向きになつて、頭の毛を乱してうつ向いたまゝ坐つてゐた。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
枕許まくらもとに折詰や手提や財布、鼻紙などが置いてあり、しらべてみると、手提の中も財布も、持って出たときのままで異状はなかった。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そう云ってね、枕許まくらもとへちゃんと坐って、ぱっちり目を開けて天井を見ているから、起きてるのかと思うと、うつつで正体がないんですとさ。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あわてて枕許まくらもとからがったおせんのに、夜叉やしゃごとくにうつったのは、本多信濃守ほんだしなののかみいもうとれんげるばかりに厚化粧あつげしょうをした姿すがただった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
誰かが枕許まくらもとで、影をちらちらさせてゐた。その影がわづらはしく、ゆき子は、血みどろの顔を挙げて、その影をさけようとした。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
それから家に帰って来たのはもう遅かったので、平常著ふだんぎに著替えもしないで、そのまま晴衣を枕許まくらもとに脱ぎ棄てたままで寝たというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
と私がのぞき込んだ刹那せつな、突然青年は、さしうつむいた。ゴホゴホと絶え入れるようにせき入って、片手がまさぐるように、枕許まくらもとのハンカチへ行く。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
こんな風に嫂は寝台の上で気を揉んで、粘って来る自分の口を枕許まくらもとの紙のきれぬぐおうとするほど元気づいて見える時もあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
郷里の家に少しばかりの金を、送金したその受取りの返事を、今朝けさ(工場の休みを)まだ寝床にいた私の枕許まくらもとへ、台所にいた妻が持ってきた。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
不意に枕許まくらもとで呼ぶ声がするので、ひょいと頭を上げると、下宿のおかみが蒼い顔をして、疑り深かそうな眼で、じッとこちらを見詰めている。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
それから枕許まくらもとから携帯電灯けいたいでんとうと水兵ナイフをとって、ナイフは、そのひもを首にかけた。そして足ばやにこの部屋をでていった。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「寝る時には忘れないで、これを枕許まくらもとに置いといて呉れ、いざといふ場合には、これだけ持出して呉れたら、ほかの物はどうなつても構はん。」
此処ここの電気灯も十燭光位がいて居るのです。私は三度程ぐるぐるとおとこを廻つてからはづかしいものですから背中向きにあなたの枕許まくらもとへ坐るのです。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
例の銀のシガレット・ケース丈を枕許まくらもとへ残して、音のしない様に、家から抜け出し、それも、まともな入口からでなくて、庭のへいをのり越したのだ。
一人二役 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
留守の心細さに枕許まくらもとに刀を置いて寝る。折からの朧月夜であるが、何となく寂しい留守の状態を詠んだものであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
鼻血が抜け、咽喉のどからも血の塊をごくごく吐いた。今夜が危なかろうというので、廿日市の兄たちも枕許まくらもとに集った。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
枕許まくらもとに吹き入れて来たという意であるが、表現の技巧が非常に複雑していて、情趣の深いイメージを含蓄がんちくさせてる。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
(誰が枕許まくらもとにいるよりは、そなたがいてやるのが病人にとってもうれしかろう。わしが看護みとりしてやりたいが、気をつかっては、却って病気によくあるまい)
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はいつも来るので、黙って戸を開けて彼の枕許まくらもとに行った。周蔵は黄色な眼付をして私の顔を見て黙っている。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
も一足早ければ、何か秀逸な遺言を残したであろうに——枕許まくらもとに、まだよく色つかぬ柿が、枝のままかごに入れてあった。おじいさんの心づくしであったろう。
所在なさの身をすぐにその中に横たえて、枕許まくらもと洋燈ランプしんを小さくして寝たが、何となく寐つき兼ねた。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼がき入つて叫んだ。明子が枕許まくらもとのコップを口に当てがつてやると彼は待ち兼ねたやうに二度目の多量の喀血かっけつをした。血がコップをあふれて明子の手の甲を汚した。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
お梅どん枕許まくらもといやって来て「奥様おくさん、もう安心だっせ、あんた所の旦那様何も彼も聴いてくれはりました」いうてくれた時も、嬉しいのん半分と口惜くやしいのん半分で
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
夫も夫なら母も母だ[以下、二十二字分の伏字あり]人面獣心じんめんじゅうしんのこの二人は、今かかる病床に苦しんでいる娘の枕許まくらもとで、[以下、十字分の伏字あり]け散らしていた。
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
「起きろよ。」さう云つて遠野は道助の枕許まくらもとに立つた。その馴々しい態度に不快を覚えて道助は責めるやうな視線を妻に投げた。彼女は感じない振りをして微笑んだ。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
私はようやく四年になっていた。母が死んだのは夏休みに入って間もなくであった。私は母の病いをよそに家を空けて海岸へ行っていた。母の臨終の枕許まくらもとに私はいなかった。
前途なお (新字新仮名) / 小山清(著)
やがてほっという息をいてみると、蘇生よみがえった様にからだが楽になって、女も何時いつしか、もう其処そこには居なかった、洋燈ランプ矢張やはりもとの如くいていて、本が枕許まくらもとにあるばかりだ。
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
初めはちょっとした風邪かぜであったが、それがこうじて重態に陥った。村人達はかわりがわり庄造の病気を見舞ったが、其の都度庄造の枕許まくらもとに坐っている狸の殊勝な姿を見た。
狸と俳人 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
母は一寸ふたをあけてみて、黙つて、涙ぐんだままたもとへ入れた。姉は、義兄や、母や、兄や、前田の姉や、花子や、雪子や、私などに枕許まくらもとをとり囲まれて、眠るやうに死んだ。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
いつ頃からの風俗か知らぬが蒲団ふとんから何から何までが赤いずくめで、枕許まくらもとには赤い木兎、赤い達磨を初め赤い翫具おもちゃを列べ、疱瘡ッ子の読物よみものとして紅摺べにずりの絵本までが出板しゅっぱんされた。
枕許まくらもと手燭てしょくあかりをつけて、例の細い濡椽ぬれえんを伝って便所へ行った、闇夜の事なので庭の樹立等こだちなどもあまりよく見えない、勿論もちろん最早もう夜もけ渡っているので四辺あたりはシーンと静かである
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
と云って少しも構いませんから、隣近所から恵んでくれる食物たべものようやく命をつないで居ります。或日の事、おあさが留守だから隣にいる納豆売の彦六ひころく握飯むすびこしらえて老母の枕許まくらもとへ持って来て
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しか流石さすがたたき起して毛布ケットを奪い返えすまでに、自分も従容しょうようと寝てはいられないのである、石で風を抑えた戸帳とばり代りの蓆一枚が、くられもしないのに、自分の枕許まくらもとに、どこよりともなく
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
彼も初めての事なので、薄気味るく、うとうとしていると、最早もう夜も大分更けて、例の木枯こがらしの音が、サラサラ相変らず、きこえる時、突然に枕許まくらもとの上の呼鈴べるが、けだだましく鳴出なりだしたので
死体室 (新字新仮名) / 岩村透(著)
虚子きょしと共に枕許まくらもとにある画帖をそれこれとなく引き出して見る。所感二つ三つ。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
女の子はこの品々を載せた盆を枕許まくらもとに置いて、珍らしそうに純一のしかめた顔を覗いて見て、黙って降りて行った。男は懐から帳面を出して、矢立の筆を手に持って、「お名前を」と云った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
頬骨の出た色の黒い兵である。気がつけば胸の上に組み合された両手はほとんど肉が落ちて、筋だけが針金のように浮き上っている。枕許まくらもとに水筒と食べかけのバイヤバスがしなびて転がっていた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
まずな調度の中に、二枚屏風びょうぶを逆様にして、お君の死体は寝かしてありました。枕許まくらもとには手習机てならいづくええて、引っきりなしにこうひねっている五十男は、お君の父親で清水屋の亭主の市兵衛でしょう。
自分の枕許まくらもとにピタリと座りながら、「もしもし」と揺起ゆすりおこそうとするけれど、男は寝ながら黙って、ただ手で違う違うと示しながら、ややしばしその押問答おしもんどうをやっていたが、そのあいだの息苦しいといったら
一つ枕 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
富岡老人は床に就いていてその枕許まくらもと薬罎くすりびんが置いてある。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ランプが薄ぼんやりと枕許まくらもとに夢のように在る。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
枕許まくらもとにあった水指みずさしから、湯呑に水をさしてお絹が竜之助の手に渡しました。ふるえた手で竜之助はその湯呑を受取ろうとして取落す。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
仰向あおむけのままじゅすと、いくらか心が静まったと見えて、旅僧はつい、うとうととしたかと思うと、ぽたり、と何か枕許まくらもとへ来たのがある。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女房のお初が、利平の枕許まくらもとでしきりと、口説くどきたてる。利平が、争議団に頭を割られてから、お初はモウスッカリ、怖気おじけづいてしまっている。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
かわやへはいっているとき窓から西瓜すいかを投げ入れたのと、酔って寝ている枕許まくらもと半揷はんぞうを置いて、起きると水をかぶるような仕掛けをこしらえたときだ
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
力いつぱいで寝返りを打つて、やつと腹這ふ事が出来たが、ふつと誰かがゆき子の枕許まくらもとをまたいでふすまぎはに行く気配がした。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
毒薬はどれを飲んだのかと聞きますと、娘は黙って枕許まくらもとの小皿を指ざしました。それがさっきお眼にかけましたあの青い透きとおった薬なのです。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ある日、柿田が病人の枕許まくらもとで、寝乱れた髪の毛を解かして遣つて居ると、そこへ内儀かみさんが元世話に成つたといふ家の御隠居さんが見舞ひに来た。
死の床 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
三郎が京の茅野ちのさんのところへ行つてからもう十五日になる、花樹はなき何時いつ行つたのであらうなどヽ考へながら私は引き離された双生児ふたご瑞樹みづき枕許まくらもとへ坐ります。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)