ゆら)” の例文
旧字:
一斉に絶えずかすかゆらいで、国が洪水に滅ぶる時、呼吸いきのあるはことごとく死して、かかる者のみただよう風情、ただソヨとの風もないのである。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、毎晩のように、そのお宮にあがった蝋燭の火影がちらちらとゆらめいていますのが、遠い海の上から望まれたのであります。
赤い蝋燭と人魚 (新字新仮名) / 小川未明(著)
俺は杉野や岡本などの素質を、俺以下のものと見積って、やっと安心してきたが、その安心もどうやら根底からゆらいできたようだ。
無名作家の日記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
何か知らん痛いものに脚の指を突掛つっかけて、危く大噐氏は顛倒しそうになって若僧につかまると、その途端に提灯はガクリとゆらめき動いて
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
自身の体の無意識なゆらぎを、さう感じたり、又は病的な中枢ちうすう神経から来る軽い眩暈のやうな種類のものに過ぎないのだらうと思はれたが
余震の一夜 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
夕暮れの空は清らかに澄んでは居るが、盛夏に見るやうな深い紺碧と、我をゆらめかさうとするやうな生々した湿ひは消えてしまつて居る。
秋の第一日 (新字旧仮名) / 窪田空穂(著)
遠くの向うに寒そうな樹が立っている後に、二つの小さな角燈が音もなくゆらめいて見えた。絞首台は其所そこにある。刑人けいじんは暗い所に立った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
唯時々根なし岩とは知らずに大きな岩に手を懸けて、夫がぐらりとゆらいで一行をひやひやさせるようなこともあるにはあったが。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
わたくしの欲望ねがひは高くまた低く、皺襞ひだの高みでは打ゆらぎ、谷あひでは鎮まりまするが、白と薔薇色のおんみの御体みからだを一様に接吻くちづけで被ひまする。
丁度飛行船の瓦斯嚢ガスのうを縦にした程の、褐色のふくろが、幾つも幾つも、そらざまに浮き上って、それが水の為にユラリユラリとゆらいでいるのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
シェードをった客席では、一人の中年紳士が黒革の鞄を膝の上に乗せて、激しくゆられながらもとろとろとまどろみ続ける。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
机代用のリンゴ箱の上の蝋燭らふそくの灯が静かに上下にゆらいでゐる。それを眺めてゐると、遠からず来るであらう自分のお通夜つやのさまが聯想された。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
彼が陥った為めに、一時網の目はゆらぐであろう。然しまたすぐに以前の整然たる形を取って、その下に陥った者を永久に閉じ籠めるに違いない。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
白張しらはりの提灯ちょうちん竜燈りゅうとうはその中に加わってはいないらしかった。が、金銀の造花の蓮は静かに輿こしの前後にゆらいで行った。……
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大兄は藻掻もがく卑弥呼を横に軽々と抱き上げると、どっと草玉の中へ身を落した。さらさらとゆらめいた草玉は、そのって二人の上で鳴っていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その代り一度見出した愛人に対しては、愛はその根柢からゆらぎ動くだろう。かくてこそその愛は強い。そして尊い。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ざわざわざわざわと草がゆらいで、木という木は枝が打合う。如何にも気味が悪い、と思っていると、そのざわめきの中からぬっと何者かが姿を現わした。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
その頃はもう日没が迫っていて、壮大な結構は幽暗うすやみの中に没し去り、わずかに円華窓から入って来る微かな光のみが、冷たい空気の中で陰々とゆらめいていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
板橋から下を覗くと、山麓の流れは清らかにも勢早く、瀬波せなみを立て、底の小石の形を千々にゆらめかして見せております。水に米俵が二つ三つ浸けてあります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
点火器ライターの小さい焔がユラユラとゆらめくと、死人の顔には、真黒ないろいろの蔭ができて、悪鬼あくきのようにすざまじい別人のような形相ぎょうそうが、あとからあとへと構成され
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかもまた西の対へ行って美しい玉鬘を見たり、このごろは琴を教えてもいたので、以前よりも近々と寄ったりしては決心していたことがゆらいでしまうのであった。
源氏物語:26 常夏 (新字新仮名) / 紫式部(著)
新吉は旅駕籠にゆられて帰りましたが、駕籠の中で怪しい夢を見まして、何彼なにかと心に掛る事のみ、取急いでうちへ帰りますると、新吉の顔を見ると女房お累は虫気付き
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この隙を見て、市郎はいそがわしく燐寸まっちった。蝋燭の火のゆらめく影を便宜たよりにして、の怪物の正体を見定めようとする時に、一人の男がぬッと眼前めさきへ現われた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
壮厳なあたりの空気に圧せられて、我々が一瞬間呆気あっけられて佇立していた時に、ひざまずいた侍女の一人が何かささやいたのでしょうか? 両胸に垂れた白髯がかすかにゆらいで
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
手桶片手に、しきみげて、本堂をグルリとまわって、うしろの墓地へ来て見ると、新仏しんぼとけが有ったと見えて、地尻じしりに高い杉の木のしたに、白張しらはりの提灯が二張ふたはりハタハタと風にゆらいでいる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
閃めいている、甲府平原は、深い水の中の藻のようにかすんで、蒼くゆらめいているばかりだ。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
繁みの向うの梅の枝がざわざわとゆらいで、ピオニーの方が突然ひいひいしゃがれ声を立てた。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
庵主は香煙のゆらぎにも心を乱さじとして端坐しつつある、昼の蚊のほのかなうなりが時に耳辺をかすめて去る、というような寂然せきぜんたる光景も、連想をたくましゅうすれば浮んで来る。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
ジキタリスの紫の花弁はなびらは王冠につけた星のように曠野の中で輝いているし、紅玉ルビー色をした石竹のはな恰度ちょうど陸上の珊瑚のように緑草の浪にゆられながら陽に向かって微笑を投げている。
死の復讐 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それでも其の影に映つてゐる間だけ、周三の頭から、びて、陰濕じめ/″\したガスが拔けて、そして其の底にはひの氣にめられながら紅い花のゆらいでゐるのを見るやうな心地になつてゐた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
がくが空中に起こって、銀のような鈴の音のまわりに、はちの群みたいに飛び回っていた。そして規則的な馬車の響きの上に楽しくゆらめいていた。それは尽くることなき歌の泉だった。
竜之助は我知らず面を上げると、ややあちら向きになっていたお松の、首筋から頬へかけて肉附よく真白なのに、血の色とべにの色とがかよって、それに髪の毛がほつれて軽くゆらいでいる。
そのほほには鮮やかな色が上っていた。処女と青春とからなお残っている彼女の唯一の美である長い金色の睫毛まつげは、低く閉ざされていながらゆらめいていた。彼女の全身は軽く震えていた。
景彦の姿はにわかにおぼろげになって、遠くかすんで行った。幽微な雰囲気が、そのあたりに棚引たなびいている。ほのかな陽炎かげろうが少しずつ凝集する。物がまたかたどられてゆらめくように感ぜられる。
あまりにぎやかそうなのでかさを借りて、夕方ぶらりと様子を見に出てみると、土俵場どひょうばは雨にれて人影もなく、ただその周囲の掛茶屋の中から、多くのゆらめき酒盛りの声が聞えている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
律師は偏衫へんさん一つ身にまとって、なんの威儀をもつくろわず、常燈明の薄明りを背にして本堂のはしの上に立った。たけの高い巌畳がんじょうな体と、眉のまだ黒い廉張かどばった顔とが、ゆらめく火に照らし出された。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかれども信の心にこんする、深きものあり、浅きものあり。深きものは動し難く、浅きものはゆらやすし。いま動し難きものにつきてこれを蕩揺とうようせば、幹折れ、枝くだきて、その根いよいよまんせん。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
顔を動かすと、畳と壁とに拡がつて写つてゐる影法師も軽くゆらいだ。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
わたし達は、この百千の枝の囁くゆらぎ、ざわ附くなびきの中で
藤といへば早やも夏場所ゆふこめて鉄傘てつさんゆらぎラヂオとよもす
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
鳴るや、響くや、ゆらめくや。
からからと鳴らしながら、その足袋、そのはぎ、千鳥、菊、白が紺地にちらちらと、浮いてゆらいでなおゆる、緋の紋綾子もんりんず長襦袢ながじゅばん
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遠くの向ふにさむさうな樹が立つてゐるうしろに、二つの小さな角燈がおともなくゆらめいて見えた。絞首台は其所そこにある。刑人はくらい所に立つた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
私は今度の大地震を経験する前から、時々坐つてゐる尻の下で、大地が動もするとゆら/\とゆらいでゐるやうな気のすることが屡であつた。
余震の一夜 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
白張りの提灯ちやうちん竜燈りゆうとうはその中に加はつてはゐないらしかつた。が、金銀の造花の蓮は静かに輿こしの前後にゆらいで行つた。……
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
声を上げて女を呼ぶとその声音が不思議に妙な反響を木精こだまにたてて、静かな死せるような水面がゆらゆらとゆらぐ。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
たらの木の心から製したもそろの酒は、その傍の酒瓮みわの中で、かんばしい香気を立ててまだ波々とゆらいでいた。若者は片手で粟をつまむと、「卑弥呼。」と一言呟いた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そういう言葉の終るか終らないうちに、一同の立った足許がグラグラとゆらめき、あッと思う間もなく、身体の中心がはずれて、ガラガラと奈落ならく墜落ついらくしていった。
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ところで、その白羽のボアがゆらいだのは? それが鐘鳴器カリリヨン室のどんな場面で、貴女に風を送りましたね
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
身を動かす度に心の中の空しい寂寞さがゆらゆらとゆらいで、自分の身体を包み込んでしまいそうだった。じっとしていたかった。何物にもそっと手を触れないでいたかった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)