やく)” の例文
越後によってそれがやくされているかぎり、甲山の猛虎信玄も、ついに野尻湖以北——裏日本への展開は将来に望み難いものになる。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なぜ白状しないか」と叫んで玄機は女ののどやくした。女はただ手足をもがいている。玄機が手を放して見ると、女は死んでいた。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
『えゝ、無責任むせきにんなる船員せんいん! 卑劣ひれつなる外人くわいじん! 海上かいじやう規則きそくなんためぞ。』と悲憤ひふんうでやくすと、夫人ふじんさびしきかほわたくしむかつた、しづんだこゑ
この時魔の如き力はのんどやくしてその背をつ、人の死と生とはすべて彼が手中に在りて緊握せらる、欲するところとして得られざるは無し。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
これを聴ける時、妾は思わず手をやくして、アアこの自由のためならば、死するもなどか惜しまんなど、無量の感にたれたり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「暴力をもって、正業の人士をやくす。それ何ぞ、鬼畜に類するや。正義の徒、断乎、起つべし。最後の勝利は、吾にあり」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
重太郎の飛び降りたのは、美濃屋みのやという雑穀屋ざっこくやの裏口であった。追手おって一組ひとくみは早くも駅尽頭しゅくはずれの出口をやくして、の一組はただちに美濃屋に向った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
行くみちやくすとは、そのかみ騎士の間に行われた習慣である。幅広からぬ往還に立ちて、通り掛りの武士にたたかいいどむ。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人の噂に味方みかた敗北はいぼくを聞くごとに、無念むねんさ、もどかしさに耐へ得ず、雙の腕をやくして法體ほつたいの今更變へ難きを恨むのみ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
が、光秀が山崎の隘路をやくして秀吉の大軍をはばまんとしたのは戦略上、当然の処置であり、秀吉の方も亦山崎に於ての遭遇戦を予期していたのであろう。
山崎合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
北口をやくする一箇大隊の将兵は、昼間は個々の蛸壺たこつぼに身をひそめ、身体をかがめて自らの口を充たすべき籾を搗き、夜に入れば初めて地上に出て戦った。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
彼は直ちに匕首あいくちが自分の咽喉元のどもとへ突き刺さるだろうと観念していると、曲者は一方の腕で何処までも頸をやくしたまゝ、一方の手で二度も三度も顔の上を
両俣とも被った滝に入口をやくされた顕著な二俣を右に入り、烏帽子状ピークのガリーを登ってピーク背後のリッジへ出た後、リッジをバットレス下へと辿る。
八ガ岳大門沢 (新字新仮名) / 松濤明(著)
朗らかで軽くひきしまつた、滑らかでさつぱりした長閑さが、彼等の新しい歌の生命をやくする音律であつた。
彼女はその時、既に出口をやくしてるかのようにルブラン氏ととびらとの間に立って、威嚇いかくするようなまたほとんど戦わんとしてるような態度で彼を見守っていた。
古老こらうまゆひそめ、壯者さうしやうでやくし、嗚呼あゝ兒等こら不祥ふしやうなり。めよ、めよ、なんきみ細石さゞれいしことぶかざる!
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「世の中は近々平和になるよ。だが今後とも小ぜりあいはあろう。幕臣たる者は油断してはならない。八郎、お前、久能山くのうざんへ行け! 函嶺かんれいけんやくしてくれ!」
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
燕のいきおいようやく大なるに及びて、諸将観望するもの多し。すなわ淮南わいなんの民を募り、軍士をがっして四十万と号し、殷に命じて之をべて、淮上わいじょうとどまり、燕師をやくせしむ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これ万一敵艦江戸湾をやくする時に際し、常総、両野の米を、江戸に廻送するの用に供せんがためなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
斎藤一は極端なる近藤讃美から、腕をやくして悲歌慷慨の自家昂奮に堪えやらず、滔々とうとうとしてまくし立てる。ここに至ると、眼に相手を見ざること対談者と変らない。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ここを占有しているドイツは東洋の咽喉いんこうやくしているようなものだという意味を婉曲に匂わせながら聴衆の中に交じっている日本留学生の自分の顔を見てにこにこした。
ベルリン大学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
川島は満洲朝の滅亡と共に雄図蹉跎さたし、近くは直隷軍の惨敗の結果が宣統帝の尊号褫奪ちだつ宮城明渡しとなって、時事日に非なりの感に堪えないで腕をやくしているだろうが
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そこで結城の若侍、腕をやくし、歯を噛んで、今年こそはと意気込んでいる——その仕合も近い。
平馬と鶯 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何かしら必らず事件を持ちあげて、或は憲兵に腕をやくして大広間からしょびき出されるか、さもなければ、自分の友達に否応なしにつまみ出されるのがお定まりなのである。
ただ笛吹川の上流子酉ねとり川の左岸に屹立した鶏冠とさか山のみが、青葉の波の上に名にし負う怪奇な峰頭をもたげて、東沢西沢の入口をやくし、それらの沢の奥深く入り込もうとする人に
秩父の渓谷美 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
魚群の到来を村人に知らすサイレンのスウィッチを握ったりして、遣瀬やるせなく腕をやくしていた。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
「その通りだ。大東京の外廓以内に、到るところ、高射砲陣地がある。ことにこの上野公園の高射砲陣地は、もっとも帝都の中心をやくする重要なる地点だ。われ等の責任は重いぞ」
空襲下の日本 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一めん波が菱立ひしだって来た放水路の水面を川上へ目をさかのぼらせて行くと、中川筋と荒川筋のさかいつつみの両端をやくしている塔橋型とうきょうがたの大水門の辺に競走のような張りを見せて舟々はを上げている。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その後間もなく市政のかれたこの町は、太平洋に突き出た牡鹿おじか半島の咽喉いんこうやくし、仙台湾に注ぐ北上河きたかみがわの河口に臨んだ物資の集散地で、鉄道輸送の開ける前は、海と河との水運により
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こうして、祖国の領海が、白人密猟者のために、さんざ荒されるのを傍観して、僕は、おもわず、腕をやくし、義憤の涙にまぶたを濡らすのだったが、多勢に無勢、なんとも手の下しようがない。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
黄金台といふのは、湾口を東からやくしてゐる岬の名だ。ホテルはその岬の裏側にあつた。市街から洋車でものの二十分もかからうかといふ松林のなかに、置き忘れられたやうに立つてゐた。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「荒尾山や金峰山きんぽうざんが海から来る風をやくしていますので、熊本はこの通り夏暑くて冬寒いのです。気候と交通を改善する第一着手としては金峰山あたりをダイナマイトで吹き飛ばすに限ります」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
たしかにまちがいのないことを知ると、彼は歯をくいしばり、思わず力を両手にこめた。男は身をもがいて、苦悶くもんうめきをらした。りょうの手が無意識のうちにその男の咽喉いんこうやくしていたのである。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
希望ではない。それ以上の物だ。確信だ。けさまでは自分は恐怖に責められていた。咽喉のどやくせられていた。しかし今は健康だ。けさも健康であったのだ。こう思って大声に「健康だ」と叫んで見た。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
けれど途中に、呉の蒋欽しょうきん、周泰の二将が、嶮路けんろやくして待っていた。河辺にたたかい、野にわめきあい、闇夜の山にまた吠え合った。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ゆうべの昌平橋は雑沓ざっとうする。内神田の咽喉いんこうやくしている、ここの狭隘きょうあいに、おりおり捲き起される冷たいほこりを浴びて、影のような群集ぐんじゅせわしげにれ違っている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かつやこれでもかこれでもかと余が咽喉のどやくしつつある二寸五分のハイカラの手前もある事だから
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三吉は左手ゆんでを伸べて白きうなじ掻掴かいつかみ、「ええ、しぶとい、さあ立て、立たねえとこうするぞ。」と高くかざせる右手めてこぶしを、暗中よりしっかとやくして、抑留おさえとめたる健腕あり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
コラント亭はそののどやくし、モンデトゥール街は左右とも容易にふさぐことができ、攻撃することのできる口はただ、何ら掩蔽物えんぺいぶつのない正面のサン・ドゥニ街からだけだった。
即ち、東軍は只京都の北部一角に陣するに反し、西軍は南東の二方面をやくして居る訳だ。
応仁の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
で、今も茅野雄を追い抜いて、その前方へ現われて、茅野雄の行く手をやくしたのである。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
暗黒やみの水面に栄三郎を見失って長嘆息、いたずらに腕をやくしながら三々五々散じてゆく。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
南口をやくする此の隊にしても、見習軍医が一名とわずかの衛生兵がいるだけに過ぎない。食糧不調と風土病と斬込みの際の負傷者のため、それだけでは手が廻りかねる状態である。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
たま/\北辺に寇警こうけいありしを機とし、防辺を名となし、燕藩の護衛の兵を調してさいでしめ、其の羽翼うよくを去りて、其の咽喉いんこうやくせんとし、すなわ工部侍郎こうぶじろう張昺ちょうへいをもて北平左布政使ほくへいさふせいしとなし
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ジプシー族は、それを見送って、何かしきりに言い罵っていたが、若い者のうちには、腕をやくして、そのあとをにらまえ、追っかけようとする素振そぶりを示す者がある。老巧者がそれをささえる。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
逸作は一寸ちょっと腕をやくしてかの女を払い退けるようにして読み続けた。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と正三君は腕をやくした。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「もし葭萌関を張魯にやくされてしまったら、蜀と荊州の連絡は断たれ、退くも進むもできなくなる。誰を防ぎにやったらよかろう」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「もうそつちへくわ、くつだからあしはやい。」「心得こゝろえた。」したのさかみちまがれるを、二階にかいから突切つききるのは河川かせん彎曲わんきよく直角ちよくかくに、みなとふねやくするがごとし、諸葛孔明しよかつこうめいらないか
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ランスロットは腕をやくして「それこそは」という。老人はなお言葉を継ぐ。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)