こみち)” の例文
旧字:
さて、聞かっしゃい、わしはそれからひのきの裏を抜けた、岩の下から岩の上へ出た、の中をくぐって草深いこみちをどこまでも、どこまでも。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
帰路きろ余は少し一行におくれて、林中りんちゅうにサビタのステッキをった。足音がするのでふっと見ると、むこうのこみちをアイヌが三人歩いて来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
自然石じねんせき形状かたち乱れたるを幅一間に行儀よく並べて、錯落さくらくと平らかに敷き詰めたるこみちに落つる足音は、甲野こうのさんと宗近むねちか君の足音だけである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
暗い中から驟雨ゆうだちのような初夏の雨が吹きあげるように降っていた。道夫は傾斜こうばいの急なこみち日和下駄ひよりげた穿いた足端あしさきでさぐりさぐりおりて往った。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と、ザッザッと異様な音がしたので、新子がドキッとして、思わず準之助氏の方へ肩を寄せると、こみちのすぐ傍から、一羽の雉子きじが飛び出した。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
砂浜から一段上ると、その車前草に縁どられたこみちが続く。大勢通ったのでひどい泥濘ぬかるみになっているので、私は草の上を歩く。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
築山陰つきやまかげ野路のぢを写せるこみちを行けば、蹈処無ふみどころなく地をくずの乱れひて、草藤くさふぢ金線草みづひき紫茉莉おしろいの色々、茅萱かや穂薄ほすすき露滋つゆしげ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
熊笹のこみちを通りぬけると果して、思ひがけない大道が深林を穿うがつて一直線に作られてある。其幅は五間以上もあらうか。
空知川の岸辺 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
その魚鱗形うろこがたの板壁の見える一人の教授の家の前から緩慢なめらかな岡の地勢に添うて学校の表門の方へ弧線を描いている一筋のこみちなぞが最後に捨吉の眼に映った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すると梨の花のこみちからまたひとりの人影が忽然こつぜんと立ち上がった。それは花の中に隠れていた若い男性であった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わし達の馬の蹄鉄に打たれて、石高路いしだかみちから迸る明い火花の雨は、わし達のうしろに火光のこみちの如く輝いてゐた。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
こみち辿たどって丘陵の上まで来ると、そこに思いがけなく墓地がありました。林に囲まれた芝地の広い間には、多くの石塔といくつかの土饅頭どまんじゅうが築かれてありました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
塵芥に埋れたこみち。雑草にまじって芹が生えているのだろう。晩春の日の弱い日だまりを感じさせるような、或る荒寥こうりょうとした、心の隅の寂しさを感じさせる句である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
通るこみちがあるいは高くなりあるいは低くなり、正しい道の見究めがたいこの世のお前の旅路において、お前の足跡は確かに坦々たるものではないであろうが、しかし徳の力は
気が附いて見ると、男子は大股おおまたひろい文明の第一街を歩いている。哀れなる女よ、男と対等に歩もうとするにはあまりに遅れている。我我は早くこのこみちより離れて追いすがりたい。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
すなわち偶然に討死をしなかった勇士の子孫である。人首の嶺の北はこみちに富んだ小友おともの山地である。天下がもし乱れたとすればいたずらに麓の館に立て籠ることは地形が許さなかった。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
三河国池鯉鮒ちりふ大明神の守符、蛇の害を避く。その氏子の住所は蛇なく、他の神の氏子の住所は、わずかにこみちを隔つも蛇棲む。たといその境まじるもかくのごとし(『甲子夜話』続篇八〇)。
ほんとうにさびしい村落の、県道らしい往還の道端から折れて奥深い生垣いけがきこみちを行った突きあたりに門構えのその家があったこと、近所にはほんの五六軒のびしい百姓家があるだけであったが
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかるに奇とすべきは、その人が康衢こうく通逵つうきをばかり歩いていずに、往々こみちって行くことをもしたという事である。抽斎は宋槧そうざんの経子をもとめたばかりでなく、古い「武鑑」や江戸図をももてあそんだ。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そこには黄葉がこみちを埋めていて、洞穴の口には雲がかかっていた。
翩翩 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
雨に折れて穂麦にせばきこみちかな 尺艸
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
茅の間に踏みわけられたこみち
赤倉 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
さて、かつしやい、わしはそれからひのきうらけた、いはしたからいはうへた、なかくゞつて草深くさふかこみち何処どこまでも、何処どこまでも。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
立とまっては耳をかたむけ、こたえなき声を空林くうりんにかけたりして、到頭甲州街道に出た。一廻りして、今度は雑木山の東側のこみちを取って返した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あなすさまじ、と貫一は身毛みのけ弥竪よだちて、すがれる枝を放ちかねつつ、看れば、くさむらの底に秋蛇しゆうだの行くに似たるこみち有りて、ほとほと逆落さかおとし懸崖けんがいくだるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
往くとしたなら猛獣毒蛇の恐れのうえに断崖絶壁の恐れがあったが、しかしそれにはこみちを見つけ、人家を見つけるという万一を僥倖せられないこともなかった。
陳宝祠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
サンシユユとこみちを隔てて向へるツタウルシの木の小さきこまかなる花、その枝に毛虫の繭ひとつ透きて見ゆ。
春の暗示 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
二人は、一心に、こみちを下った。ゴルフ扮装いでたちの準之助氏は、何のことはなかったが、新子のフェルトの草履は、ビショぬれになり、白足袋たびに雨がしみ入る気味のわるさ。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼は昔あった青田と、その青田の間を走る真直まっすぐこみちとを思い出した。田の尽る所には三、四軒の藁葺屋根わらぶきやねが見えた。菅笠すげがさを脱いで床几しょうぎに腰を掛けながら、心太ところてんを食っている男の姿などが眼に浮んだ。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして南苑の白い梨花のこみちを忍びながら歩いては見まわした。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして再び渡月橋を渡り、天竜寺の北の竹藪たけやぶの中のこみち
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これきりにこみち尽きたりせりの中
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
はすこみちを、花の
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
山清水やましみずがしとしととこみち薬研やげんの底のようで、両側の篠笹しのざさまたいで通るなど、ものの小半道こはんみち踏分ふみわけて参りますと、其処そこまでが一峰ひとみねで。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
帰って家近くなると、天狗犬はデカを恐れて、最早もういて来なかった。ピンの主人を見送って、悄然しょうぜんくぬぎの下のこみちに立て居った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
こみちは杉やひのきの林の中へ入った。大きな山の姿も空の色ももう見えなかった。檜の枝には女蘿さるおがせがかかって、霧しぶきのようなものが四辺あたりめて冷たかった。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
附添さへあるまらうどの身にして、いやしきものにあつかはるる手代風情ふぜいと、しかもその邸内やしきうちこみちに相見て、万一不慮の事などあらば、我等夫婦はそも幾許いかばかり恥辱を受くるならん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
右には蕭々しょうしょうたる滝がある。あ、水車がある。釣人はかすかにさおをかついで細いこみちをのぼってゆく。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
と額を暗く俯向うつむいた。が、煙管きせるを落して、門——いや、門も何もない、前通りの草のこみちを、向うの原越しに、差覗さしのぞくがごとく、指をさし
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三左衛門はどこか眺望のい処はないかと思って、本道ほんどうから折れて小さな峰の方へこみちを登って往った。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
転づるは French か、角ぐみそめし桜の二列ふたならびの並木の間の人道を、枯草の辺りを青くして低きかなめ垣の長きこみちに添ひて、ハリエニシダの花黄なる彼方へとぞゆく。
春の暗示 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
実は、この段、ささやき合って、ちょうどそこが三岐みつまたの、一方は裏山へ上る山岨やまそばの落葉のこみち。一方は崖を下る石ころ坂の急なやつ。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雑木ぞうきに突きあたり草の根に足をられたりして、しばらく走ったが、べつに追って来る者もないようであるから、立ちどまってうしろをふりかえった。そこは見覚えのある村のこみちであった。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
竹藪にはひるこみちのよく見えて裾明り寒しせせらぎのあるか
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
坂もおりたり、のぼりたり、大路おおみちと覚しき町にも出でたり、暗きこみち辿たどりたり、野もよこぎりぬ。あぜも越えぬ。あとをも見ずてけたりし。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雑木ぞうきと岩の間に人の通ったこみちのような処があったり、そうかと思ってそれを往ってみると、荊棘いばらかずらがそれをふさいでいたりした。二人は時どき立ち止まって足場を考えてからあがって往った。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この寺のはひりのこみちわびしけどまだしも明る釣鐘草の花
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
坂もおりたり、のぼりたり、大路おおみちと覚しき町にもでたり、暗きこみち辿たどりたり、野もよこぎりぬ。あぜも越えぬ。あとをも見ずて駈けたりし。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
砂敷けるこみちのほとり沈丁の花冷めたき風に甘く鋭し。
春の暗示 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
わっちかい、」と滝太歩をとどめて振返ると、木蔭をこみちへずッと出たのは、先刻さっきから様子を伺っていた婦人おんなである。透かして見るより懐しげに
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)