せき)” の例文
しかしながら河川が平穏のときに、堤防やせきを築き運河を掘っておくなら、洪水こうずいとなってもその暴威と破壊からまぬかれることができる。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
御所へ水を入れるところのせきの蔭から、物をも言わずおどり出でた三人の男がある。大業物おおわざものを手にして、かお身体からだも真黒で包んでいた。
街路の先端、オーレリーの飲食店の近くには、せきのような音が起こっていた。警官や兵士のさくにぶつかって群集が押し返されていた。
片足かたあしは、みづ落口おちくちからめて、あしのそよぐがごとく、片足かたあしさぎねむつたやうにえる。……せきかみみづ一際ひときはあをんでしづかである。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「ここから上流の方は水勢がよほどゆるいんです。河底の勾配こうばいにも因りましょうが、もう一つには天然のせきが出来ているからです。」
麻畑の一夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私たちはその溜り水からせきをこしらへて滝にしたり発電処のまねをこしらへたり、こゝはオーバアフロウだの何の永いこと遊びました。
イギリス海岸 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
それは、激しく高ぶつた感情のあらわれとはみえなかつたが、解放の自覚と、安堵のせきから流れ出る、おのずからな酔い心地であつた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
そして我々を導き入れると同時に、三人はこらえ泳えていた悲しみが一時にせきを切ったように、俄破がばとそこにひれ伏してしまいました。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
小谷狩こたにがりにはややおそく、大川狩おおかわがりにはまだ早かった。河原かわらにはせきを造る日傭ひようの群れの影もない。木鼻きはな木尻きじりの作業もまだ始まっていない。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ここを通るは白雲しらくも眞珠船しんじゆぶね、ついそのさきを滑りゆく水枝みづえいかだ……それ、眼のしたせきの波、渦卷くもやのそのなかに、船もいかだもあらばこそ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
あたしは顔も洗わずに、湿った土の上へ一足、片折戸を開けて飛出すと、向うの大百姓の家のお嫁さんが生姜しょうがせきでせっせと洗っていた。
急に、こらえていた感慨のせきが切れたように、ショパンの右手は想い出の階段を駆け上がって、そこに一つの風景を眺めるのだ。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
先生はそれに禁圧のせきを伏せて本能の流勢を盛り上らせます。先生は全身にその強い抵抗を感じて、官能の舌鼓したつづみを打ったかも知れません。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
こうして、箱は王さまのみやこから二マイルほどはなれている水車小屋すいしゃごやのところまでながれていって、そこのせきにひっかかって、とまりました。
奔放に「日本的」のせきを躍りだしているところがある。これほどの奔放さは、江戸川氏自身の私淑する谷崎潤一郎氏をおいて他に類例がない。
『心理試験』を読む (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
一益から密使の命をうけた甥の滝川長兵衛は、その夜、城内の下水道から這い出して、水門のせきをわたり、やみにまぎれて城の外へ駈け出した。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
されどもせきへず流るるは恩愛の涙なり。彼をはばかりし父と彼をおそれし母とは、決して共に子として彼をいつくしむを忘れざりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
せきをきってあふれだすように、時の勢いに乗った彼らのすさまじい進出は、海浜の草小屋に焦慮していた阿賀妻らの耳にもごうごうと聞えていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
悲哀の念急に迫りて、同志の手前これまでこらえに堪え来りたる望郷の涙は、宛然さながらせきを破りたらんが如く、われながらしばしは顔も得上げざりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
弁舌は縦横無尽、大道に出る豆蔵まめぞうの塁を摩して雄を争うも可なりという程では有るが、竪板たていたの水の流をせきかねて折節は覚えず法螺ほらを吹く事もある。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
こうなるとたまらない、せきが切れたようになって、もうひとかけらぐらい、いいだろう……もうひと口はいいだろう。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
おしげは、おきよに焚きつけられて、うかとすれば、そんな気にならないでもなかつたが、この姉娘に対するより深い反感がやつとせきになつてゐた。
一の酉 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
物足らなさたすちゅうこと知らん人だけに、なおのこと誘惑に陥りやすい状態にあったのんで、一旦そないなってしもたら、せき切った水みたいに
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかし、彼女は青磁のリノリウムに花の浮いた波浪をつくると、突然、さびしさを堪えた悲しみのせきがこわれるのだ。
跡に忍藻はただ一人ッて行く母の後影をながめていたが、しばらくして、こらえこらえた溜息ためいきせきが一度に切れた。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
そして、つと身体を斜めにいっそうだらしなく崩折れると、口ばやにかん高に、せきを落とすようにしゃべりだした。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
伊香保の八坂のせきに虹があらわれた(序詞)どうせあらわれるまでは(人に知れるまでは)、お前と一しょにこうして寝ていたいものだ、というのであるが
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ところが、さう思つて、ふとこちらの気持がゆるんだ瞬間を見すまして、それまでじつと身をまかせてゐた鸚鵡の抵抗が、せきをきつたやうに爆発したのである。
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
この辺では珍しいほど堅固に見える石づくりのせきさえぎられて、雨の降って来るような水音を立てている。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかしながらわが心を知る友人と相会する時、涙ははじめてそのせきを破ってで来るのである。患難におけるこの心理を知りて初てヨブ記の構想を知り得るのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
悠二郎の喉から嗚咽がせきを切った。すると正篤が近寄り、彼の手を取って、そうして自分もむせびあげた。
桑の木物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
遠見の北廓を書割にして、茅葺屋根かやぶきやねの農家がまだ四五軒も残っていて、いずれも同じ枯竹垣を結びめぐらし、その間には、用水堀やせきの跡などもあろうと云った情景。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
娘は姉の末期まつごの痛々しい姿を思ひ浮べたものか、我慢のせきを切つたやうにどつと涙が顏を洗ふのです。
三十八 それでも十二月の到着するをせき止め得ぬ。もう後十二日、イヤ十一日—十日—と日が数えられるに至った。その時に世界の運命が決するのだ。こうなると
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
せきの水はちょろちょろ音立てて田へ落ちると、かえるはこれからなきだす準備にとりかかっている。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
そのためにドライサアの「アメリカの悲劇」では主人公クライドにとってのりこえられなかった貧富のせきものりこえる代りに、人間としての生活の自主を全く喪って
そしてせきを切ったように涙が流れ出ようとするのを糸切り歯でかみきるばかりにしいてくいとめた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
図674を見る人は、朧気ながら、橋の迫持受せりもちうけと河床とを保護する方法を知るであろう。水があまりに早く流れることを防ぐために、橋の下方には大きなせきが出来ている。
顧客とくいの期待が外れて失望した彼女は、ひややかに私の頼みをいれた、彼女は一つの椅子を指した、私は崩折れるやうに腰を下ろした。今にも涙のせきが切れさうな氣がした。
私は、和田堀わだぼりの妙法寺の森の中の家から、せきのある落合川おちあいがわのそばの三輪の家に引越しをして来た時、はたきをつかいながら、此様なうたを思わずくちずさんだものであった。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
気持よくそう答えて、その男は大堀の出口に築いてあるせきをこえて向う倒に姿を消した。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「本当に、これはいったい何事です!」ミウーソフは突然、せきでも切れたように叫んだ。
そこを訪れる若い人達は、みんなその水車の柔い、だん/\朽ちてゆく木に、自分の名前の頭字かしらじりつけて行つた。せきは一部分こはされて、清らかな山の流れは、岩の川床を流れ落ちた。
水車のある教会 (旧字旧仮名) / オー・ヘンリー(著)
ところが殆ど気を失っている彼を湯の中から引き上げて、発泡膏を塗布するため腰掛に掛けさせる段になって、残っていた力と狂った想念とが、またしても文字どおりせきを切ってほとばしった。
一口に玉川の鮎が不味まずいといいますけれども羽村はむらせきからかみになると鼻曲り鮎と申して味もなかなか好くなります。酒匂川の鮎も本流よりは河内川こうちがわの支流でれた鮎が美味おいしゅうございます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
『万葉』の歌に春霞ゐのゆ只に路はあれど云々とある井上はせきに臨んだ山路とも見えぬことはないが、それではその路が近いということも感じにくく、また少々突然のような気もする。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かわせきはらいがびたというので、年雄としおくんと二人ふたりで、むらはし散歩さんぽすると、昨夕ゆうべはいったはたけのとうもろこしがだいぶたおれて、あたまうえにひろがった、あおそらきゅうあきらしくかんじられたのです。
二百十日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それは甘美かんびな苦痛をなして、わたしの五体に宿っていたが、やがて法悦ほうえつはついにせきを切って、わたしはおどり上がったり、わめき立てたりした。全く、わたしはまだほんの赤ん坊だったのだ。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
負けたという実感より、気持の上では、漕ぎたりない無念さで、更衣所にひきげてきたとき、いちばん若いKOの上原が、ユニホォムをぎかけ、ふいと、せきを切ったように泣きだしました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
灌漑用に引かれているせきへりには、すみれや、紫雲英げんげや、碇草いかりそうやが、精巧な織り物をべたように咲いてい、水面には、水馬みずすましが、小皺のような波紋を作って泳いでい、底の泥には、泥鰌どじょうの這った痕が
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)