すさ)” の例文
すさまじい相好そうごうですが、美しさは一入ひとしおで、鉛色に変ったのどから胸へ、紫の斑点のあるのは、平次が幾度も見ている、「石見銀山鼠取いわみぎんざんねずみとり」
ちょうど真下に当る瀬の音がにわかにその切れ目から押し寄せて来るのだ。その音はすさまじい。気持にはある混乱が起こって来る。
闇の絵巻 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
木枯こがらしすさまじく鐘の氷るようなって来る辛き冬をば愉快こころよいものかなんぞに心得らるれど、その茶室の床板とこいた削りにかんなぐ手の冷えわたり
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
大兵の男の朱胴しゅどうはまだ新しく燃え立つばかりに見えるのが、竹刀は中段にとって、気合はがらに相応してなかなかすさまじいものです。
れるとれぬは生死せいしわか日出雄少年ひでをせうねんをまんまるにして、このすさまじき光景くわうけいながめてつたが、可憐かれん姿すがたうしろからわたくしいだ
しかし泰家にはその塵煙じんえんや草ぼこりのうちを駈けみだれるすさまじい騎影や歩兵が、敵か、自軍か、それすら見分けられなくなっていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
額には油汗がぎらぎら浮いて、それはまことに金剛あるいは阿修羅あしゅらというような形容を与えるにふさわしいすさまじい姿であった。
親友交歓 (新字新仮名) / 太宰治(著)
夥しい書籍が——数百枚の重い粘土板が、文字共のすさまじいのろいの声と共にこの讒謗者の上に落ちかかり、彼は無慙むざんにも圧死した。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
赤ともつかず、黄ともつかぬすさまじい色彩は、湯のようにたぎっている熔融炉ようゆうろの、高温度を、警告しているかのようであった。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
大空の熱度激変せし為なるべし太西洋の面よりき起こりたる疾風、驀地まっしぐらに欧羅巴を襲い来たり、すさまじき勢いにて吹きあおれり。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
またその時、いままで森閑としていた隣室から父親喜平の激しく怒鳴る声が、雷よりもすさまじい勢いをもって紀久子の耳朶じだを襲ってきた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
この立ち廻りの最中に、雨は又台所の屋根へ、すさまじい音をあつめ出した。光も雨音の高まるのと一しよに、見る見る薄暗さを加へて行つた。
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
にこそ恐しきはお犬の経立ちなるかな。われら、経立なる言葉の何の意なるやを解せずといえども、その音のひびき、言知らず、ものすさまじ。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ことすさまじいのは真夜中ごろの西のかたの火勢で、北は船岡山ふなおかやまから南は二条のあたりまで、一面の火の海となっておりました。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
どっちみち北条美作なる武士は、この当時一個の惑星として、諸人にすさまじく思われていたことは、争われない事実であった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
けれどもすさまじさが先刻さっきよりは一層はなはだしく庭木を痛振いたぶっているのは事実であった。自分は雨よりも空よりも、まずこの風に辟易へきえきした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一口にいえば王弟殿下はすさまじい怪盗でいらっしゃる。それも千万や二千万くらいの財宝を狙う、有り触れた怪盗ではない。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
自分は弓杖ゆんづえを突いて……というのもすさまじいがいわゆる弓杖を突いて、あたりに敵もいないのに、立木を敵と見廻してきっとして威張ッていた。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
すさまじい叫び声が起つた。私はそれを停車場の方で聞くのか、自分の頭脳あたま内部なかで聞くのか解らないやうな気がして来た。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
父の弔合戦、父が討死の処に死のうとの血相すさまじい有様を貞清見て、貝を吹いて退軍を命じ、犬死をいましめて、切歯するのを無理に伴い帰った。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
大詰の大戦争の駢馬三連車も人を驚かせるが、この踊り屋台やたい然たる戦車の上に六人の銃手が銃口を揃えてるのはすさまじい。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
十二時頃ででもあったであろうか、ウトウトしかけていると、裏の井戸で、重石おもしか何か墜ちたようにすさまじい水音がした。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
すると、あなたと、内田さんが、木馬に乗って、ギッコンギッコンとすさまじい速さで、上がったり下がったりしています。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
いとすさまじかりしに引き換え、すべてわが家の座敷牢などに入れられしほどの待遇にて、この両人の内、代る代る護衛しながら常に妾と雑話をなし
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
支柱がはずされたあとは、くずれた岩や土が、柱が突きはずされると同時に、すさまじい音を立てゝなだれ落ちて来た。
土鼠と落盤 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
すると、母親は、いつもに似ず私の剣幕がすさまじいのと、近処隣りへ気を兼ねるので、いつもの不貞腐ふてくされをいい得ないで、私をそっとなだめるように
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そこでとみ嬢は返報にその葉をすさまじい速度で毟りちらし、「まあ、——」と叫ぶなり家のほうへ走り去っていった。
風流化物屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
死者狂いの四五十人が異口同音に、「それたゝめ、殺せ」とひしめいきおいすさまじく、前後左右より文治に打ってかゝりました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「ほいまた閣下かい。ハハハハ。おおなるほど、すさまじい音だな。ああ、大渦巻だ」と、叫んで下界を見おろした。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
ときすで東隣ひがしどなり主人しゆじんいへがべろ/\とめつゝあつたのである。村落むらもの萬能まんのう鳶口とびぐちつてあつまつたときすさまじいいきほひをつてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
いぶし火鉢ひばち取分とりわけて三じやくゑん持出もちいだし、ひろあつめのすぎかぶせてふう/\と吹立ふきたつれば、ふす/\とけふりたちのぼりて軒塲のきばにのがれるこゑすさまじゝ
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それからすさまじいほど、垂直の断崖をしている、その下が雪田で、雪解の水は大樺の谷、それから小樺の谷へと、落ちているらしいが、そこまでは解らない。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
泥酔でいすいして峠の道を踏んだ時、よろめいて一間ほどがけを滑り落ちた。まぶたが切れて、血が随分流れた。窪地くぼちに仰向きになったまま、すさまじい程えた月のいろを見た。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
顔を上げると、御香ごこうみやの白い塀の上に、硝煙が、噴出しては、風に散り、散っては、噴き出し、それと同時に、すさまじい音が、森に空に、家々に反響していた。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
その折の見物の絶叫は、すさまじいほどで、新派劇の前途は此処に洋々としたあけぼのの色を認めたのであった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼は、その日、暫く、新らしい住家のこのすさまじく哀れな庭の中を木かげを伝うて、歩き廻つて見た。
妙海 (いよいよいら立ちて)あのすさまじい風の勢いが、山上さんじょう山下さんげから焔の波を渦まき返してあおり立てるのでございます。ほんとに手間を取ってはいられませぬ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
さらにまた、その叫び声にまじりて、闘える犬のうなるがごとき皺枯しわがれたるすさまじき声をも聞けり。
妹は真蒼まっさおになっていた。一色が来て、すさまじい剣幕で、葉子のことを怒っているというのだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
各方面の夜の空が真紅まっかにあぶられているのが鮮やかにみえて、時どきにすさまじい爆音もきこえた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
向うの雑木林の上方に、いちめんに古綿のような雲がおおいかぶさっていたが、一瞬間、稲妻がそれをジグザグに引き裂いた。と思うと、そのあたりですさまじい雷鳴がした。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
じっさい巴里における癈兵はいへいの社会的権力と来たらすさまじいもので、地下鉄メトロには特別の席があるし、癈兵が手を出したら煙草でも時計でも衣服でも全財産を即座に提供して
観ずれば松のあらしも続いては吹かず息を入れてからがすさまじいものなり俊雄は二月三月は殊勝に消光くらしたるが今が遊びたい盛り山村君どうだねと下地を見込んで誘う水あれば
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
余裕というものの一切ない無意識の中の白熱の術策だから、すさまじいほど美しいと僕は言う。
青春論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
と、世にもすさまじい調子で呟くと、わが子の身体からだを、ぐーっと抱きしめた。と思うと、突然
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
竜宮風の城砦が今まさに炎上しつつある赤と黒とのすさまじい煙の前面で、カーキ服の銃剣、喇叭ラッパ、聯隊旗、眼は釣り上って、歯を喰いしばりの、勇猛無双の突貫突貫、やあ
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
明治初年の日本は実にこの初々ういういしい解脱の時代で、着ぶくれていた着物を一枚ねぬぎ、二枚剥ねぬぎ、しだいに裸になって行く明治初年の日本の意気は実にすさまじいもので
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
道の悪さに比例して、景色もまたすさまじくなる。観測所から三マイルばかり登ると、パホエホエの世界にはいるが、ここまで登ると、周囲の景観は、さらに新しい面目に変る。
黒い月の世界 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そのころ機動演習にやって来た歩兵の群れや砲車の列や騎馬の列がぞろぞろと通った。林のかどに歩兵が散兵線さんぺいせんいていると思うと、バリバリと小銃の音がすさまじく聞こえる。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
恐らくはこの想念が枝葉をひろげ、異様な形をとって、すさまじい怪奇な幻影を彼に作り上げさせたのであろう。彼の眼にはその花は、ありとある悪の凝って成ったものと映じた。