さっ)” の例文
と、息切れのするまぶたさっと、気を込めた手に力が入つて、鸚鵡の胸をしたと思ふ、くちばしもがいてけて、カツキとんだ小指の一節ひとふし
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
視線の向う所は黒部川の上流を取り巻いて、天半に揺曳ようえいする青嵐の中にさっと頭をもたげた、今にも動き出すかと想われる大山岳である。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
桟敷さじきからはまた、追ッかけの使者が走ッていた。「ぜひもない、引きさがれ」という旨らしい。で一同はさっと桟敷の方へひきあげる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
云い捨てクルリと馬の首を東南へ向けて立て直すと、さっとばかりに走らせた。人馬諸共一瞬の後には木陰へ隠れて見えなくなった。
郷介法師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
立っている脚、書物を抱えている手がワナワナと震えて、自分ながら顔や唇からさっと血の気の引いてゆくのが感ぜられるようであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
先棒さきぼううしろとのこえは、まさに一しょであった。駕籠かご地上ちじょうにおろされると同時どうじに、いけめんした右手みぎてたれは、さっとばかりにはねげられた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
さっと輝き落ちて来ましたから、その光りで初めて浮き上ったものの正体を見ますと、皆の者は一度にワッと叫んで飛び退きました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
平次は頃合を測って足を止めると、たもとを探って取出した得意の青銭、右手はさっと挙がります。朧をって飛ぶ投げ銭、二枚、五枚、七枚。
いてそれを、ツマらないこととして葬ってしまおうと苦心している時、入口ののれんがさっとあいたので、われにかえりました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
左右にさっと開いた中を——赤いものが通る、青いものが通る。女が通る。子供が通る。嵯峨の春を傾けて、京の人は繽紛絡繹ひんぷんらくえきと嵐山に行く
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
主人の命をかしこんでふたたびかなたに帰ってゆく老いた下郎を眺めた時、呉羽之介のあでやかな面上に、さっと悲哀のいろがうかびました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
黒い髪のただ中に黄の勝った大きなリボンのちょうさっとひらめかして、細くうねる頸筋くびすじを今真直に立て直す女の姿が目つかった。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それが配置された人々のほうへと、次ぎ次ぎに伝えられ、眼に見えないなにかがはしりでもするように、さっと緊張が拡がった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
稲妻いなずまの如く迅速に飛んで来て魚容の翼をくわえ、さっと引上げて、呉王廟の廊下に、瀕死ひんしの魚容を寝かせ、涙を流しながら甲斐甲斐かいがいしく介抱かいほうした。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
室内をあっちこっち歩く靴の音を聞きながらたたずんでいると、扉が内からさっと開いて、吉岡五郎氏の美しい姿が燈を背にしてすらりと立っていた。
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
と同時に、二人の顔にさっと驚愕の色がひらめいた。検事はウーンとうめき声を発して、思わずくわえていたたばこを取り落してしまった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼を盲にするような強い稲妻がさっとひらめいて来て、彼のすがたは鷲に掴まれたぬくめ鳥のように宙に高く引き挙げられた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
島田虎之助は加藤主税を斬ったる刀を其の儘身を沈めて斜横に後ろへ引いてさっと払う理屈も議論もない、人間を腹部から上下に分けた胴切りです。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
が、やがて院長のメスが白い皮膚の上をさっと走って、そこに赤い一線が滲んだとき、私はまた不安に襲われました。
麻酔剤 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
母が履脱くつぬぎへ降りて格子戸の掛金かきがねを外し、ガラリと雨戸を繰ると、さっと夜風が吹込んで、雪洞ぼんぼりの火がチラチラとなびく。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
折々さっと吹く風につれて犬の吠ゆる声谷川の響にまじりて聞こゆるさえようようにうしろにはなりぬ。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
此の時此の家の奥の室とも云う可き所にあたる一つの窓の戸帳とばりを内からさっと開いた者が有る、何でも遽しい余の馬の足音に驚き何事かと外を窺いた者らしい、併し其の者
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
陽暦の八月頃は蕎麦そばの花盛りで非常に綺麗きれいです。私はその時分に仏間ぶつまに閉じ籠って夕景までお経を読んで少し疲れて来たかと思いますとさっと吹き来る風の香が非常にこうばしい。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
と、表戸を開けますとさっと風が中に吹き込んで、木の葉が座敷の中まで飛び込みました。
嵐の夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
浅いぬれ縁に麻川氏は両手をばさりと置いて叮嚀ていねいにお辞儀をした。仕つけの好い子供のようなお辞儀だ。お辞儀のリズムにつれて長髪がさっと額にかかるのを氏は一々き上げる。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
さっと朝風が吹通ると、山査子さんざしがざわって、寝惚ねぼけた鳥が一羽飛出した。もう星も見えぬ。
夏の嵐の或る昼間、ひょっと外へ出てその柔かい緑玉色の杏の叢葉がさっと煽られて翻ったとき、私の体を貫いて走った戦慄は何であったろう。驟雨の雨つぶが皮膚を打って流れる。
青春 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
政元は行水ぎょうずいを使った。あるべきはずの浴衣よくいはなかった。小姓の波〻伯部ははかべは浴衣を取りに行った。月もない二十三日の夕風はさっと起った。右筆ゆうひつの戸倉二郎というものはつっと跳り込んだ。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
夜が明けると、早くから飛び起きて、すぐにメリヤスの襯衣シャツに浴衣で、ドアを押して見たが、さっと来る雨霧に慌てて首をすっ込ますと、早速さそくにレインコートを引っかぶってしまった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
さっと風が吹きおろしたと思うと、積雪は自分の方から舞い上るように舞上った。それが横なぐりになびいて矢よりも早く空を飛んだ。佐藤の小屋やそのまわりの木立は見えたり隠れたりした。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
併し、気のせいか彼女の美しいかがやきの顔に、不安の影がさっと通った様に思えた。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
するとたちま河岸かしの方からさっとばかり真正面まともに吹きつけて来る川風の涼しさ。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さっ白紗はくしゃの蚊帳に血飛沫ちしぶきが散って、唐紅からくれないの模様を置いた。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
……ふた黄金無垢きんむくの雲の高彫に、千羽鶴を透彫すかしぼりにして、一方の波へ、毛彫のさえで、月の影をさっと映そうというのだそうですから。……
天運我にあったと見え、さっと突いた突きの一手に夏彦は胸の真ん中を刺され帆柱のもとに倒れたが、そのまま呼吸いきは絶えてしまった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
助九郎は、待っていたものの、さっ——と一足退いた。はずみ込んでくる武蔵の体と自分の腕の伸びとに間合まあいを測って退いたのである。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松倉十内の顔色がさっと変った。傍の脇差取るより早く、縁側を飛降りかけて来たのを、目明の良助が大手を拡げて遮り止めた。
彼がそう叫ぶと、相手の躯が戦慄せんりつするようにみえた。高雄は自分の声に自分で闘志をそそられ、さっと明るい路上へとびだした。
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
丸顔にうれい少し、さっうつ襟地えりじの中から薄鶯うすうぐいすらんの花が、かすかなるを肌に吐いて、着けたる人の胸の上にこぼれかかる。糸子いとこはこんな女である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
浪の音が、上から落ちて来るようにさっと響くと、一すい燈火ともしびがゆらゆらと揺れます。お玉はぶるぶると身震いをしました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
無雑作にほうり出して、切り立ての犢鼻褌ふんどしに、紺の香が匂う腹掛はらがけのまま、もう一度ドシャ降りの中へさっと飛出しました。
おびははやりの呉絽ごろであろう。ッかけに、きりりとむすんだ立姿たちすがた滝縞たきじま浴衣ゆかたが、いっそ背丈せたけをすっきりせて、さっすだれ片陰かたかげから縁先えんさきた十八むすめ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
支那の怪物ばけもの………私は例の好奇心に促されて、一夜をの空屋に送るべく決心した。で、さらくわしくの『』の有様をただすと、いわく、半夜に凄風せいふうさっとして至る。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
ズバリとえぐるような調子であった。「まことに残念ですが」予期したこととはいいながら、途端に私は自分の顔からさっと血が引くのを感ぜずにはいられなかった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
少年は出されまいとして頑張ったけれども、男はぐいぐい戸口へ引ぱって行って、さっと戸を開けると、汚い犬猫でも追い出すように、子供を外へ突きとばすが早いか、ぴしゃりと締めきった。
生さぬ児 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
波のなだれがさっと頭からかぶって来た。雨がまたいきおいを盛り返して来た。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
するとさっと霧が開けて、右手に目的の尾根が現われる。
鹿の印象 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
第九十六回 さっと戸帳を
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
とすらりと立った丈高う、半面をさっと彩る、かば色の窓掛に、色彩羅馬ロオマ女神じょしんのごとく、愛神キュピットの手を片手でいて、主税の肩と擦違い
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
下桜田しもさくらだまで来た時であった。ふと彼は足を止めた。その機会を狙ったのであろう、刺客の一人が群を離れ、さっと安房守の背後に迫った。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)