うなじ)” の例文
が、姿は雨に、月のおぼろに、水髪の横櫛、うなじ白く、水色の蹴出し、蓮葉はすはさばく裾に揺れて、蒼白あおじろく燃える中に、いつも素足の吾妻下駄。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ウーム……そうか」と、越前守は、うなじの毛が二人に見えるほど深くさし俯向いた。——沈思、ややしばらくの後、こういい渡した。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なにとして今日けふはとうなじばすこゝろおなおもてのおたか路次口ろじぐちかへりみつ家内かないのぞきつよしさまはどうでもお留守るすらしく御相談ごさうだんすることやまほどあるを
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
香料の匂う束髪そくはつの額を胸につけて、死んだように動かない翠子の様子に、すっかり安心して、目の前にほの白く見えるうなじに軽く接吻した。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
女はうなじに懸けたるきんくさりを解いて男に与えて「ただつか垣間かいま見んとの願なり。女人にょにんの頼み引き受けぬ君はつれなし」と云う。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼の視線は、その指先から袖口のレースに移り、ついで、うす水色の半衿からのぞいた清楚なうなじ……。彼は、頭がしびれるやうに思つた。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
白い肩掛を引掛ひっかけたせいのすらりとした痩立やせだちの姿は、うなじの長い目鼻立のあざやかな色白の細面ほそおもて相俟あいまって、いかにもさびし気に沈着おちついた様子である。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一筋の日光が落ちかかって、首を下げている浪江のうなじの、後れ毛を艶々つやつやしく光らせていたが、いたいたしいものに見えなされた。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うなじは白鳩の如く、髪は香草の如く、目は宮殿の池の如く、鼻は城門の櫓の如くだつたと言ふのですから、万人に一人もない美人だつたのでせう。
結婚難並びに恋愛難 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼はうなじの上に振上げられた白刃はくじんをまざまざと眼に見るような気がした。同じように感ずればこそ、理兵次もはじを含んで遁亡とんぼうしたものに相違ない。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
彼の暗いいろの髮は柔らかだつた。さうして彼が頭を下げると、女のやうにその髮がうなじのまはりに擴がつた。ランゲナウびともそのときふと目に入れた。
夫人は友の手を握りて謝すと見えしが、そのやはらかき兩臂は俄に我うなじを卷きて、我唇の上には燃ゆる如き接吻を覺えき。
少女は伸びあがりて、「御者、酒手さかては取らすべし。れ。一策ひとむち加へよ、今一策。」と叫びて、右手めてに巨勢がうなじいだき、おのれはうなじをそらせて仰視あおぎみたり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
マダム・シャリニは肱掛椅子の背にぐったりとうなじせて、夢見るひとのように、ぼんやり空間を見つめていた。
麻酔剤 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
それゆゑ彼女との無役むえきな時間が、退屈ではあつたが、むしろ退屈であるために私の心を和やかにした。しん/\と流れるものが私のうなじをとりまいてゐたのだ。
訣れも愉し (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
そう云って此度は、彼女は媚びるようなしなをしながら、首をかしげてみせた。白い耳朶みみが彼女の細りしたうなじの上に、山田の心を唆った。山田は急に顔を外らした。
掠奪せられたる男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
後なる男を引揚ぐると共に、己は身を躍らしてざんぶと逆捲く水に飛入り様、ながれ行く仙太のうなじに両手を搦みて、二人は濁に濁れる千丈の浪の底の底へと沈行しずみゆきけり。
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
笛吹くあるじは、笛のつやをみがいている生絹の白いうなじに眼をとめ、気品ゆたかな女を見入った。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
黒吉は、由子の柔かい肩に、顎を乗せて、その透きとおったような、白いうなじに見とれながら
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
見て、君がうなじをめぐらしつる態によりぞ、覆ひの布は脱ちたる。げにそは昔知りしところ。
抒情詩に就て (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
今夜の題は「月不宿つきやどらず」というのであった。この難題には当代の歌詠みと知られた堀川や安芸や小大進こだいしんの才女たちも、うつむいた白いうなじを見せて、当座の思案に打ち傾いていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
巌丈な椅子に腰かけてゐて、児は王の膝の上に乗りゐる。王は右の手で児の膝のところを抱き、左の手が児の後ろに廻つてうなじのところを支へてゐる。そして接吻するところである。
接吻 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
うなじとりに似て鬣髪たてがみ膝を過ぎ、さながら竜に異ならず、四十二の旋毛つむじは巻いて脊に連なり、毛の色は白藤の白きが如しと講釈の修羅場では読むという結構な馬に、乗人のりてが乗人ですから
そう云って居るうちに、三平のうなじはぐたりとなり、其処へたおれてしまいました。
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
貴方、そんなうなじの上などはくすぐっとうございますわ。ねえ、耳たぶへ……貴方……
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
テムプル先生が夜明け方、お室に歸つていらつしやると、顏をヘレン・バーンズの肩に押し付け、兩手を彼女のうなじに𢌞したまゝ、あの小さな寢臺ベッドに寢てゐた私をお見付けになつたのであつた。
大きい方の僧侶はうなだれた彼のうなじで、うなずいて見せてから言った。
官能の甘きうなじを捲きしむる悲愁かなしみかひなに似たり。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
無限はうなじより腰にかけてぞ真白に巡る
しどけなき、なれがうなじは虹にして
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
圓きうなじをかきなでて
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
籠は上に、棚のたけやや高ければ、打仰うちあおぐやうにした、まゆの優しさ。びんの毛はひた/\と、羽織のえりに着きながら、肩もうなじも細かつた。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
未知の人の好意を喜んで、月江は目にその礼をいいながら、白いうなじをのばして、ゴックリと一口冷めたい天泉をのどに通しました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いちじるしく目立つのはその帽子だ。それは深紅の土耳古トルコ帽で、帽子を洩れて漆黒の髪がうなじへ幾筋かかかっている。匂うばかりの愛嬌を持った。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
別して、私眼を驚かし候は、里、両手にてひしと、篠うなじを抱き居り、母の名とはるれやと、代る代る、あどけ無き声にて、唱へ居りし事に御座候。
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
馭丁ぎよていに「カバン」持たせて梯を登らんとする程に、エリスの梯を駈け下るに逢ひぬ。彼が一声叫びて我うなじを抱きしを見て馭丁は呆れたる面もちにて、何やらむひげの内にて云ひしが聞えず。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
黒吉は、その遅れ髪のかかったうなじを、燃えるように見詰めると
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
うなじをめぐる珠飾たまかざり、譬へばそれが、鳴響き
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
髪束かみたばが風情をあたへる彼女等の、しろうなじ
ただ力なく、女はうなじかたむけて髪くしけづる。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
かごうへに、たなたけやゝたかければ、打仰うちあふぐやうにした、まゆやさしさ。びんはひた/\と、羽織はおりえりきながら、かたうなじほそかつた。
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
こわひげがザラザラと、彼女の頬を所きらわず刺した。湯みたいな液体をもった瞼が、夢中になって、白いうなじをこすり廻った。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まあ」と、栞は、思わず感嘆の声を上げ、水仙の茎のような、白い細いうなじを差し延べ、眼を見張り、刀身を見詰めた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ただ、一突き——あの赤く皮のたるんでいるうなじを、ただ、一突き突きさえすれば、それでもう万事が終わってしまう。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
馭丁ぎょていに「カバン」持たせてはしごを登らんとするほどに、エリスの梯をおりるにいぬ。彼が一声叫びてわがうなじいだきしを見て馭丁はあきれたる面もちにて、なにやらんひげのうちにて言いしが聞こえず。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
うなじ巻く毛のぬくみ、真白ましろなるほだしのたまき
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
何ものかうなじさしのべひた吸ひぬ。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
いまあはたゞしくつた。青年わかもの矢庭やにはうなじき、ひざなりにむかふへ捻廻ねぢまはすやうにして、むねまへひねつて、押仰向おしあふむけたをんなかほ
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そして、その白いうなじを抱きすくめようとしたが、屏風びょうぶの角に、剣の佩環はいかんが引っかかったので、思わず足をすくめてしまった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土耳古トルコ婦人はいつの場合でも面紗ヴェールで顔を隠すそうです。顔やうなじが焼けなくて手首だけ焼けるのはそのためでしょう」
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)