際立きわだ)” の例文
それは一つには、上に懸けてある羽根布団のけばけばしさに対照されて、病人の複雑な不健康さが一層際立きわだってもいたのであろう。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
際立きわだって明暸めいりょうに聞こえたこの一句ほどお延にとって大切なものはなかった。同時にこの一句ほど彼女にとって不明暸なものもなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
時は九月の中旬、残暑はまだえ難く暑いが、空には既に清涼の秋気がち渡って、深いみどりの色が際立きわだって人の感情を動かした。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そのひとの際立きわだった不思議な美しさの原因は、もっと厳粛な、崇高といっていいほどのせっぱつまった現実の中にあったのです。
東京だより (新字新仮名) / 太宰治(著)
正面に待乳山まつちやまを見渡す隅田川すみだがわには夕風をはらんだ帆かけ船がしきりに動いて行く。水のおもて黄昏たそがれるにつれてかもめの羽の色が際立きわだって白く見える。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのうちにかすかに酔が学士の顔に上った。学者らしい長い眉だけホンノリと紅い顔の中に際立きわだって斑白はんぱくに見えるように成った。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうして小鼻がちんまりとしている。さぞ舞台でも横顔が、際立きわだって美しい事だろう。口は薄手で大型である。で何んとなく刻薄こくはくに見える。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
で、住宅なども四囲に際立きわだって宏壮なものである。多くはふるくからの家柄で、邸の内外には数百年の老樹が繁っているのを見受けるのである。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
たぷたぷと揺れる乳房、男のように緊縛している下帯のために、かえって際立きわだって見える下腹や、広い腰や、肉のもりあがった豊かな臀部でんぶなど。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「然うとも。一体君のところも僕のところも光りものだよ。同業の中でも際立きわだって光っているんだから、僕達はやりにくい」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
お延にしても、謙蔵に対する気兼から、際立きわだって彼に味方をすることはなかったが、心の中では彼の肩を持ってくれている一人に相違なかった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
庸三の少し後ろの方につつましく坐っていたが、そうした明るい集りのなかで見ると、最近まためっきり顔や姿のやつれて来たのが際立きわだって見えた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
高等学校を卒業していよいよ熊本を引上げる前日に保証人や教授方にいとまごいに廻った。その日の暑さも記憶の中に際立きわだって残っているものである。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
道端みちばたの子供等は皆好奇の目を円くして此怪し気な車を見迎え見送って、何を言うのか、口々に譟然がやがやわめいている中から、忽ち一段際立きわだって甲高かんだか
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
二人とも際立きわだって小さく見える。あとについて這入って戸を締める興行師も、大きい男ではないのに、二人の日本人はその男の耳までしかないのである。
花子 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
こころみに誰にも知られている手近な実例をあげてみるならば、たとえば、ポーの「天邪鬼」に扱われているスリルなどはその際立きわだった一つであろう。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
新嘗と神今食との慣例には共通点が多く、ただその食料の新穀であることが、特に前者を際立きわだたせたのではないか。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
なまじい際立きわだった御馳走などをしては、どうもいつもと違うた御馳走を今夜に限ってするのは、少し変だなと万事に警戒している落武者おちむしゃの事であるから
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
江戸ではその分業が一々際立きわだって、店の仕事が多忙いそがしいとまでは行かないが、中古から(徳川氏初期からをす)京都の方では非常に盛大なものであった。
その以前、信長の在世中には、柴田、丹羽にわ、滝川と、際立きわだって、羽振りのよかった一人だけに、かれの没落は、また一歩の時の推移を思わせたものだった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近頃『猟友』といふ雑誌で飯島博士が独逸ドイツで銃猟した事の話が出て居るが、これはよほどこまかく書いてあるので、ほかのよりは際立きわだつて面白いことが多い。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ひたいは透き通った青みのある白さで、二つのアーチ形をした睫毛の上にのび、おのずからなる快活な輝きを持つ海緑色のひとみをたくみに際立きわだたしているのでした。
暗うなりたる境内の、うつくしくいたる土のひろびろと灰色なせるに際立きわだちて、顔の色白く、うつくしき人、いつかわがかたわらにゐて、うつむきざまにわれをば見き。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
此の五人の印度女の内で一段際立きわだって見えるカシミヤ代表の秘書の夫人は細くすんなりとした体に桃色絹のインド服を頭や腕や腰にはめた黄金造りのバンドで締めつけ
ガルスワーシーの家 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
アダリーは小さな黒い鉄兜てつかぶと形の婦人帽に灰色の皮膚をクッキリと際立きわだたせた卵色の散歩服、白靴下、白靴。二人とも胸に揃いの黄金色のバラの花をさしていたではないか。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
集っている踊子らもここのは数多くそろってみな美しかった。中でも一人際立きわだった若さで、眼の異様に大きく光る子が、もう相当に見えていた各国の旅客たちの的らしかった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
殺意の後に来る色を失っている皮膚の乾燥した、わずかなやつれがやっと際立きわだって見えた。
はつらつたる肉体にまじっての、年のいった、身体のくずれた踊り子の、なんと惨めな恰好よ。対比的に際立きわだつ醜怪もさることながら、敗残的なその姿は目をおおいたいくらいだ。……
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
四隣しりん氣味きみわるほど物靜ものしづかで、たゞ車輪しやりんきしおとと、をりふし寂寞じやくばくとした森林しんりんなかから、啄木鳥たくぽくてうがコト/\と、みきたゝおととが際立きわだつてきこゆるのみであつたが、鐵車てつしやすゝすゝんで
すべてがさわあひだつてさうして二人ふたり容子ようすわざとらしくえるまで際立きわだつてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
たとえば花が囁嚅ささやいたとか犬が欠伸あくびしたとかいうような文句や、前にもいった足利あしかが時代の「おじゃる」ことばや「発矢はっし!……何々」というような際立きわだった誇張的の新らしい文調であったので
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
灰吹きをたたく音も際立きわだって高い。しばらく身をそらして老人を見おろしていたが
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
石の廊下をコツコツ鳴らす跫音あしおと際立きわだたしく顳顬こめかみへ飛び込んできて、その静かさがむやみに神経を刺戟したが、時に何処からとも知れない光が階段の途中あたりで顔に流れかかってきて
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
雪之丞が、あらわれて、鳴り物も、うた声も一そう際立きわだって聴えて来た。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そして動物中に行われる現状打破の本能を際立きわだって著しいものと認めたのではなかったろうか。然しその時学者達の頭の中には、個性は社会を組織する或る小さな因子としてのみ映っていたろう。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
曇日くもりびなので蝙蝠かほもりすぼめたまゝにしてゐるせいか、やゝ小さい色白いろじろの顏は、ドンヨリした日光ひざしの下に、まるで浮出うきだしたやうに際立きわだってハツキリしてゐる。頭はアツサリした束髪そくはつしろいリボンの淡白たんぱくこのみ
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
襟足えりあしを見せるところに媚態がある。喜田川守貞きたがわもりさだの『近世風俗志』に「首筋に白粉ぬること一本足とつて、際立きわだたす」といい、また特に遊女、町芸者の白粉について「くびきわめて濃粧す」といっている。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
たちまともしびの光の消えて行くようにあたりは全体に薄暗く灰色に変色して来て、満ち来る夕汐ゆうしおの上を滑って行く荷船にぶねの帆のみが真白く際立きわだった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
我が艦上機が汕頭スワトウと潮州を空襲した記事を読んでいると、台所で沸かしている珈琲コーヒーにおい際立きわだって香ばしく匂って来るのに心づいて、突然
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
少年はせたすばしっこそうなからだつきだし、色こそしおやけで黒いが、おもながの顔は眼鼻めはなだちが際立きわだっていて、美少年といってもいいだろう。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
代助は戸の開いた間から、白い卓布の角の際立きわだった色を認めて、午餐は洋食だと心づいた。梅子は一寸席を立って、次の入口をのぞきに行った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
代表していた。そうしてこの自動車は進取主義も少し過激の方だ。背景が東海道の松原だから殊に対照コントラスト際立きわだっている
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
屋外そとでは音一つしなかった。以前の住居から持って来た古い柱時計の時を刻む音が際立きわだって岸本の耳に聞えた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
最も鮮明に神の去来の時期、迎え送りの感覚を際立きわだたせていたことは、こういう新らしい世の中になってからでも、なお或る程度までの立証が可能である。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その新たに延びた部分だけが際立きわだって生々しく見え、上の方の煤けた色とは著しくちがっているのであった。
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
夜着のえり天鵞絨びろうど際立きわだって汚れているのに顔を押附けて、心のゆくばかりなつかしい女の匂いをいだ。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
九郎右衛門の恢復かいふくしたのを、文吉は喜んだが、ここに今一つの心配が出来た。それは不断から機嫌の変わりやすい宇平が、病後に際立きわだって精神の変調を呈して来たことである。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
などと間伸まのびのした、しかも際立きわだって耳につく東京の調子でる、……その本人は、受取口から見たところ、二十四、五の青年で、羽織はおりは着ずに、小倉こくらはかまで、久留米くるめらしいかすりあわせ
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
次の間の風呂先の釜に向っているお軽のうしろ姿を、内蔵助は、じっと見つめた。妻のない家に際立きわだつ美しさである。彼の心は、ふと、彼らしくもない和やかな波紋をゆるがせていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これが新吉の耳には際立きわだって鋭く響く。むろんお国は今でもうちへ入り浸っている。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)