うた)” の例文
旧字:
長く務めているので、長峰界隈かいわいでは評判の人望家ということ、道楽は謡曲で、暇さえあれば社宅の黒板塀くろいたべいからうたいの声が漏れている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
と、誰が陣中で作ったか、俗歌の節をつけてうたいながら、旗鼓堂々きこどうどう大寄山おおよせやまをこえ、野村、三田村方面をさして来るとのことだった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしそんなことよりも見も知らぬ人のまえでこんな工合ぐあいに気やすくうたい出してうたうとぐにそのうたっているものの世界へおのれを
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その顔の色、その目の光はちょうど悲しげな琵琶の音にふさわしく、あのむせぶような糸の音につれてうたう声が沈んで濁ってよどんでいた。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
と、丘の上で、大勢の子供がうたふ唄が聞えました。二人の姉妹きやうだいは、急に悲しくなつて、わツと地べたへ泣き伏してしまひました。
仲のわるい姉妹 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
懐中から小菊こきくを取出して鮮血のりを拭い、鞘に納め、おりや提灯を投げて、エーイと鞍馬くらまうたいをうたいながら悠々ゆう/\と割下水へ帰った。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「チックヮラケー。」とうたひました。けれどもその声がいかにも力がなくて、例の疱瘡はうさうの神もげ出すほどの勢がありません。
孝行鶉の話 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
それはモノトナスな、けれどもなつかしいリズムをもつた畳句でふくのある童謡で、またうたの心持にしつくりとはまつた遊戯であつた。
天気がいいと、四つ辻の人通りの多い所に立って、まず、その屋台のような物を肩へのせる、それから、鼓板こばんを叩いて、人よせに、うたを唱う。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
米国の詩人ロングフェローが、その『向上の詩』において、それ人生は夢ならずとうたったのも、もっとも至極の観察である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
瓢箪ひょうたんに宿る山雀やまがら、と言ううたがある。雀は樋の中がすきらしい。五、六羽、また、七、八羽、横にずらりと並んで、顔を出しているのが常である。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
唄でもうたふ時はうぐひすのやうになめらかだが談話はなしをすると曳臼ひきうすのやうな平べつたい声をするのは、咽喉を病んでゐる証拠ださうだ。
びた美音でうたい出したのは「大江山」の一ふしであった。と、今度は右のほうへヒョロヒョロヒョロヒョロとよろめいた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
顔に小じわは寄つて居るが、色の白い、目の晴やかに大きい、伯爵夫人と言つても好い程のひんのある女である。博士も何か謡曲の一せつうたはれた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
馬籠まごめの宿場では、毎日のようにうた囃子はやしに調子を合わせて、おもしろおかしく往来を踊り歩く村の人たちの声が起こった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この日は沢山御馳走を拵えてそうして昼のうちはみなあそび戯れて踊りを踊る、歌をうたう、それはそれは誠に陽気な日です。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
うたう人の姿を見ないで、拡声器の中から響く声だけを聞く事によって、そういう感じがかえって切実になるようである。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
住居すまひと、店を二つももつてゐるほどのはたらき人で、うたをうたふことの大好きな、おどけ上手の、正直ものでした。
ざんげ (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
伯母さんはそれから家で根気よくそのうたを教へて下稽古をやらせ、それが立派にできるやうになつてからある日また私をお向ふの門内へつれていつた。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
機嫌のいい時には、これまで口にしたこともなかった、みだらな端唄はうたの文句などを低声こごえうたって、一人ではしゃいでいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それが、おのが口ずさむうたいの声を消してしまいそうだから、玄蕃が、一段と声を高めて……これなるまつにうつくしきころもかかれり、とやった時!
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「拙者は長谷倉甚六郎、西国の浪人者だ。十年越しこの町内に住み、うたいや碁の手ほどきから、棒振り剣術、物の本の素読そどくなどを少しばかり教えている」
この男がやがて、いやあ、はああと呑気のんきな声を出して、妙なうたをうたいながら、太鼓をぼこぼん、ぼこぼんとたたく。歌の調子は前代未聞の不思議なものだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
妙音清調会衆はな天国に遊びし心地ここちせしが主人公もまた多年のたしなみとて観世流の謡曲羽衣はごろもうたい出しぬ。客の中には覚えず声に和して手拍子を取るもあり。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
杻陽ちゅうようの山、獣あり、その状馬のごとくして白首、そのもん虎のごとくして赤尾、その音うたうがごとし、その名鹿蜀ろくしょくという〉と出で、その図すこぶる花驢に類す。
上のうたの「まこもの中にあやめ咲くとはしおらしい」のアヤメは、マコモの中に咲かなく、つまらぬ花を持った昔のアヤメ(ショウブ)が咲くばかりであるから
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
彼はすっかり韻文の調子で云って、それから、彼の旧作の詩らしいものを、昔風の朗吟の仕方でうたった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
例えばこの句の場合で、「酒屋」とか「うた」とかいう言葉を使えば、句の情趣が現実的の写生になって、句のモチーヴである秋風しゅうふう落寞らくばくの強い詩的感銘が弱って来る。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
この「お月さまいくつ」のうたは、みなさんがよく御存じです。私たちも子供の時は、よくあかまるいお月様を拝みに出ては、いつも手拍子をうつては歌つたものでした。
お月さまいくつ (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「少将の歌われた『葦垣あしがき』の歌詞を聞きましたか。ひどい人だ。『河口かはぐちの』(河口の関のあらがきや守れどもいでてわが寝ぬや忍び忍びに)と私は返しにうたいたかった」
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
西峠の北は赤瀬の大和富士やまとふじまで蓬々ぼうぼうたる野原で、古歌にうたわれた「小野の榛原はいばら」はここであります。
それは何をうたっているのやら、わけのわからないような歌で、おしまいに「や、お芽出めでとう」といって謡いおさめた。すると大抵たいていの家では一銭銅貨をさし出してくれた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「ここらだろうと思ってうろうろしていると、お前さんらしいうたいの声がきこえましたので……」
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
冥途めいど飛脚ひきゃく」の中で、竹本の浄瑠璃じょうるりうたう、あの傾城けいせいに真実なしと世の人の申せどもそれは皆僻言ひがごと、わけ知らずの言葉ぞや、……とかく恋路にはいつわりもなし、誠もなし
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ゆうべ宿場端れの居酒屋で、花見帰りの漁師といつしよになつて、レコードのうたを聞いて浮れ過ぎたが、まさかその余韻が斯んなにはつきりと残つてゐるとも思はれなかつた。
書斎を棄てゝ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
ただ一人故障をいう者もなければ、それより昼夜のきらいなく、鼻歌などうたいつつ、夜を日に継ぎて、ガチガチコツコツと、あるいは棚を釣り、まきを割り、ほとんど十二、三日間
私がうたわねばならぬことになった時、席上には、えらい先生方や先輩の上手な方がずらりと並んでおり、ちょっと最初は謡いにくく思っていますが、少し経つと何もかも忘れて
うたいうたうとか、角力すもうを見るとか、芝居を見に行くというくらいに、政治の趣味がないといかぬ。今度の内閣はうまいことをやるとかなんとか始終批評をする。正直に批評をする。
政治趣味の涵養 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
くろんぼのからだには、青い腰蓑こしみのがひとつ、つけられていた。油を塗りこくってあるらしく、すみずみまでつよく光っていた。おわりに、くろんぼはうたをひとくさり唄った。
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)
グウス夫人の名すらも英国その他の英語本位の国々では忘れられて、子供たちはいわゆるお母さんがちょうのうただと思っている。読まれるということよりも歌いはやされている。
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
奇妙な謡曲をうたう者、流行節を唄い唄い座ったままおどり出しているもの……不安とか、不吉とかいう影のミジンもしていない、醇朴じゅんぼくそのもののような田舎いなかの人々の集まりであった。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そうして、王宮からは、もそろ諸白酒もろはくざけが鹿や猪の肉片と一緒に運ばれると、白洲の中央では、薏苡くさだまの実を髪飾りとなした鈿女うずめらが山韮やまにらを振りながら、酒楽さかほがいうたうたい上げて踊り始めた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「むつとして帰ればかど青柳あおやぎの」と端唄はうたにもうたはれたれば世の人は善く知りたらん。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
時は涼秋りょうしゅうげつ、処は北海山中の無人境、篝火かがりびを焚く霜夜の天幕、まくそとには立聴くアイヌ、幕の内には隼人はやと薩摩さつま壮士おのこ神来しんらいきょうまさにおうして、歌ゆる時四絃続き、絃黙げんもくす時こえうた
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
夕焼があると、何時でも子供達が意味の解らぬなりに面白がって歌ふうたである。
奥間巡査 (新字旧仮名) / 池宮城積宝(著)
軍服の上へムク/\する如き糸織の大温袍おほどてらフハリかぶりて、がぶり/\と麦酒ビール傾け居るは当時実権的海軍大臣と新聞にうたはるゝ松島大佐、むかひ合へる白髪頭しらがあたま肥満漢ふとつちよう東亜滊船きせん会社の社長
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
あの土にすきを入れる時、口にうたが伴うように、用いる器には美が伴う。用は美を産み、美はさらに用を助ける。用とは不二なる物心への用である。この用に即する時、工藝があるのである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かの時代の志士ほど、世に堕落したる者はなしなど世の人にもうたわるるなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
書生風したる男のヴァイオリンひきて卑し気なる調子にて物うたふは、これを名づけて何節といふにや知らざれど、そのうたふところを聞くに賤しき語にて簡単に事の次第を伝へたるものあり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
にぎやかに合唱していると、となりの部屋から、太いバスの仏蘭西フランス語が≪セネ、カル、シャントプウ、アキタルポウ≫と同じ歌を、突然とつぜんうたいだしたのには、おどろきもしましたが、うれしくもなって
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)