西日にしび)” の例文
からになつた渡船とせんへ、天滿與力てんまよりきかたをいからしてつた。六甲山ろくかふざんしづまうとする西日にしびが、きら/\とれの兩刀りやうたう目貫めぬきひからしてゐた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
そのとき、母親ははおやのやせた姿すがたが、西日にしびけて、屋根やね灰色はいいろながかげをひきました。のつやもなく、脾腹ひばらのあたりは骨立ほねだっていました。
どこかに生きながら (新字新仮名) / 小川未明(著)
窓に当る西日にしびは白い窓掛に遮られていたが、それでもへやの中を妙に明るくなしていた。そしてその明るみで室の中が一層狭苦しくきたなく見えた。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
西日にしびかわ井戸端ゐどばた目笊めざるに、のこンのさむさよ。かねいまだこほの、きたつじ鍋燒なべやき饂飩うどんかすかいけいしひゞきて、みなみえだつきすごし。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
二階は天井の低い六畳で、西日にしびのさす窓から外を見ても、瓦屋根のほかは何も見えない。その窓際の壁へよせて、更紗さらさぬのをかけた机がある。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
仲人役の郡医師会長、栗野医学博士夫妻は、流石さすがにスッキリしたフロックコートに丸髷まるまげ紋服で、西日にしびの一パイに当った縁側の障子しょうじの前に坐っていた。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
東京は賑やかで面白い。賑やかで面白い東京から帰って来ると、田舎も中々悪くない。西日にしびに光る若葉の村々には、あかい鯉が緑の中からふわりと浮いて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
朝顔あさがほの花が日毎ひごとに小さくなり、西日にしびが燃えるほのほのやうにせま家中いへぢゆう差込さしこんで来る時分じぶんになると鳴きしきるせみの声が一際ひときは耳立みゝだつてせはしくきこえる。八月もいつかなかば過ぎてしまつたのである。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そのどちらもの顔一ぱい西日にしびと共にてり渡つた事でした。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
西日にしびを受けたトタン屋根は波がたにぎらぎらかがやいています。そこへ庭の葉桜はざくらの枝から毛虫が一匹転げ落ちました。
手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
アネモネは、午後ごご西日にしび障子しょうじうえらすのをたばかりで、自身じしんは、らされることがありませんでした。
花と人の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
鈴生すゞなりにひとせたふねが、對岸たいがんくまで、口惜くやしさうにしてつた天滿與力てんまよりきの、おほきなあかかほが、西日にしびうつつて一そうあか彼方かなたきしえてゐた。——
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
じつ土手どて道哲だうてつ結縁けちえんして艷福えんぷくいのらばやとぞんぜしが、まともに西日にしびけたれば、かほがほてつて我慢がまんならず、土手どてくことわづかにして、日蔭ひかげ田町たまちげてりて、さあ、よし。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
雲をれて、西日にしびの光がぱっとして来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そのあをざめたかほうへには、たけまじつたすぎむらのそらから、西日にしびひとすぢちてゐるのです。わたしはこゑみながら、死骸しがいなはてました。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
まち郊外こうがいには、おかうえに、はたけなかに、オレンジが、うつくしく、西日にしびかがやいていました。青黒あおぐろい、あつみのあるあいだから、黄色きいろ宝石ほうせきつくられたたまのようにられました。
気まぐれの人形師 (新字新仮名) / 小川未明(著)
東光院とうくわうゐんの堂塔は、汽動車きどうしやの窓から、山の半腹はんぷくに見えてゐた。青い木立こだちの中に黒く光るいらかと、白く輝く壁とが、西日にしびを受けて、今にも燃え出すかと思はれるほど、あざやかな色をしてゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
二人ふたりは、西日にしびのさす、かわいて、しろくなった往来おうらいをいきました。ほどなく、あちらの水色みずいろそらへ、えんとつから、くろけむりが、もくら、もくらと、のぼるのがえました。
かたい大きな手 (新字新仮名) / 小川未明(著)
現在この夜のカッフェで給仕とテエブルを分っている先生は、宛然えんぜんとして昔、あの西日にしびもささない教室で読本を教えていた先生である。禿げ頭も変らない。紫の襟飾ネクタイも同じであった。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かつぐやうにした蝙蝠傘かうもりがさ西日にしびが當つて、お光の顏は赤く火照ほてつて見えた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
二人ふたりおしえられた牛乳店ぎゅうにゅうてんへいきましたが、みせさきに、西日にしびたってテーブルのうえには、新聞しんぶんひろげられていました。そして片方かたほうのたなにはきびんがずらりとならんでいました。
野菊の花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
『四時だツたね、汽車は。』と、小池こいけ懷中時計くわいちうどけいを見い/\歩くあとから、お光が小股走こまたばしりに停車場ステーシヨンの方へいて行くのを、女房は西日にしびを受けつゝ店頭みせさきに立つて、まぶしさうにぼんやりと見送つてゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
おりから西日にしびのさしたまちうちは、この楽隊がくたいおとで、いっそうあかるくえました。
クラリネットを吹く男 (新字新仮名) / 小川未明(著)