蔓草つるくさ)” の例文
Kさんのその時分じぶんうたに、わがはしやぎし心は晩秋ばんしう蔓草つるくさごとくから/\と空鳴からなりするといふやうなこゝろがあつたやうにおぼえてゐます。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
娘の声は涙に咽んで、あやしくかき消されますが、繊手は蔓草つるくさのように父親の身体からだすがり付いて、死ぬまでもと争い続けて居ります。
悪人の娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
端隠しのような物に青々とした蔓草つるくさが勢いよくかかっていて、それの白い花だけがその辺で見る何よりもうれしそうな顔で笑っていた。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ふたりとも大きい蔓草つるくさすがったので、幸いに河のなかへ滑り落ちるのを免かれたが、そのあいだに勇造の姿は見えなくなってしまった。
麻畑の一夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
よくするためには蘡薁えびづるという蔓草つるくさくきの中に巣食すく昆虫こんちゅうを捕って来て日に一ぴきあるいは二匹ずつ与えるかくのごとき手数を要する鳥を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
南むきの菜園に、朝の日は淡くさし込んで、垣にかれ残る蔓草つるくさの、二葉、三葉しおらしく紅葉したのも、雪の近い佗びしさを思わせる。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
朱鷺色ときいろ扱帶しごきふので、くだん黒髯くろひげおほきなひざに、かよわく、なよ/\とひきつけられて、しろはな蔓草つるくさのやうにるのをた。
麦搗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
私は手持不沙汰てもちぶさたを紛らすための意味だけに、そこの棕櫚しゅろの葉かげに咲いている熱帯生の蔓草つるくさの花をのぞいて指して見せたりした。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
宇治をとらえる感じは別のものであった。その感じを胸に探りながら、彼は一歩一歩靴先を草叢くさむらに入れた。蔓草つるくさが足にからんで歩き難かった。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
初めは、足にからまッた厄介な蔓草つるくさをあしらうくらいな気持で、女を見ていられましたが、理智の鯉口を切ッた以上、もうそうではありません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが又、そのうちに一年も経ってその煙突に火のが通らない証拠に、何とかいう葉の大きい蔓草つるくさが、根元の方からグングン這い登り始めた。
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
余は一人尖つた巖角がんかくを踏み、荊棘けいきよくを分け、岬の突端に往つた。岩間には其處此處水溜があり、紅葉した蔓草つるくさが岩に搦むで居る。出鼻に立つて眺める。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
台所の流しの下には、根笹ねざさや、山牛蒡やまごぼうのような蔓草つるくさがはびこっていて、敷居しきいの根元はありでぼろぼろにちていた。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
余は一人とがった巌角がんかくを踏み、荊棘けいきょくを分け、みさきの突端に往った。岩間には其処そこ此処ここ水溜みずたまりがあり、紅葉した蔓草つるくさが岩にからんで居る。出鼻に立って眺める。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
されどこれも我がむかし蒔きて、久しく忘れ居たりし種の、今緑なる蔓草つるくさとなりて、わが命の木にまとへるなるべし。
た例の写生をして見ようかと思いついてふとそこにあった蔓草つるくさの花(この花の本名は知らぬが予の郷里では子供などがタテタテコンポと呼ぶ花である)
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
それが野茨のいばら蔓草つるくさにすっかりうずもれて、みた目にもなんとなく物悲しい気持がするのを、これこそ崇徳院の御墓であろうかと思うと、心も暗然とさせられて
その蓮華れんげ模樣もよう中央ちゆうおうほう非常ひじようおほきいかたちのものもあり、花瓣かべん恰好かつこうたいそううつくしく、蔓草つるくさかたち非常ひじようによく出來でき、そのりかたもつよ立派りつぱであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
そこは竹藪がかぶさっていて暗く、竹の枝に絡まった蔓草つるくさの先が、垂れかかってわたくしの顔に触った。
やぶからし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
父親に死なれたクニ子と実枝は、よりどころを失った蔓草つるくさのようにお互いにからみあって暮しているうち、歳月はいつか二人の芽を別々の方向へのびさせていた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
人家じんか栽培さいばいしている蔓草つるくさのアサガオは、ずっと後に牽牛子けんぎゅうしとして中国から来たもので、秋の七種ななくさ中のアサガオではけっしてないことを知っていなければならない。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
大藪の裾に佇んで、もう夕陽が消えたので、藪に搦まっている蔓草つるくさの花が、宵闇よいやみにことさら白く見える、そういう寂しい風物の中に、悄然といつまでも動かずにいた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一本の草よりも一すぢの蔓草つるくさ、——しかもその蔓草は幾すぢも蔓を伸ばしてゐるかも知れない。
「侏儒の言葉」の序 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「ヒトミちゃん。あれは木だよ、蔓草つるくさだよ。みんな植物だ。植物が、あんなに踊っているんだ。いや、ぼくたちを見つけて、突撃してくるんだ。おお、これはたいへんだ」
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
能高越えの深い断崖の下からは小やみもなしに、渓流のひびきとどろきわたってくるし、片側の高い崖土には、高い、細い蔓草つるくさっていて、白い、小さい花ばなをつけている。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
つまりはその天地にはしごを架ける一本の蔓草つるくさの、非凡な発育を念じたものに過ぎなかった。ただ後者はその瓜と青竹とが、もう離れ離れのものになろうとしていただけである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その旧道にはもみ山毛欅ぶななどが暗いほど鬱蒼うっそうと茂っていた。そうしてそれらの古い幹にはふじだの、山葡萄やまぶどうだの、通草あけびだのの蔓草つるくさが実にややこしい方法でからまりながら蔓延まんえんしていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
紅葉は木の葉ばかりでなく、足もとの草の葉の一枚一枚を皆貴重品にする。まったくにしきをふんで歩く外ない。平常つまらないと思っていたあわれな蔓草つるくさまでも威厳をもって紅葉する。
山の秋 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
鉄線蓮はよく人家にある蔓草つるくさで、これも紋様などにしてふるくから使われているもので、大変趣のあるもの、葉は三葉で一葉をし、春分旧根から芽を出し、夏になって一茎に一花を開く。
ただそれは蔓草つるくさが木の幹にまとい附こうとするような心であって、房帷ぼういの欲ではない。玄機は彼があったから、李の聘に応じたのである。これがなかったから、林亭の夜は索莫さくばくであったのである。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いずれも久しく手入をしないと見えて、いのぼる蔓草つるくさの重さに、竹藪たけやぶの竹の低くしなっているさまや、溝際どぶぎわの生垣に夕顔の咲いたのが、いかにも風雅に思われてわたくしの歩みを引止ひきとどめた。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この次男は、兄妹中で最も冷静な現実主義者で、したがって、かなり辛辣しんらつな毒舌家でもあるのだが、どういうものか、母に対してだけは、蔓草つるくさのように従順である。ちっとも意気があがらない。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いかなれば葉広き夏の蔓草つるくさのはなを愛して曾てそをきみの蒔かざる。
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
軒には品のいい半蔀はじとみを釣るんだ。……家のまわりには檜垣ひがきをめぐらしてもいい。それから、小ざっぱりした中庭を作ろう。切懸きりかけのような板囲いで仕切って、そいつには青々とした蔓草つるくさわせるんだ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
蔓草つるくさ隙間すきまからマチルドの顔を捜し、その頬に唇をあてる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
うつうつと林にいれば蔓草つるくさの首くくりせといひにけるかな
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
ふたつの犬はよぢのぼる蔓草つるくさのやうに
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
蔓草つるくさや蔓の先なる秋の風 太祇
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
芽ぐむ蔓草つるくさあり。
喜三郎はそれを、一ぺんにはね飛ばさうとしましたが、孝吉の腕は、蔓草つるくさのやうにからみついて、ズルズルと庭の上を引摺られるのです。
石動の町の医師をことづかりながら、三造は、見返りがちに、今は蔓草つるくさきずなったろう……その美女たおやめの、山のふもと辿たどったのである。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一方、いそぎにいそいでいった小文治こぶんじは、やがて道のせばまるにつれて、樹木じゅもく蔓草つるくさこま足掻あがきをじゃまされて、しだいに立場たちばがわるくなってきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の瞳と、照門と照星をつらぬく彼方に、窓の外に展がる密林の暗さがあった、太い幹や細い枝に蔓草つるくさがからみ、薄赤い小さな実が蔓のあちこちに点じている。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「どっちでもいいが、茄子は一本立ちだから木と云ってもいいだろう、しかしへちまは竹とか木なんぞに絡みつく蔓草つるくさだからな、どうこじつけても木たあ云えねえんだ」
へちまの木 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一本の草よりも一すじの蔓草つるくさ、——しかもその蔓草は幾すじも蔓を伸ばしているかも知れない。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
日本につぽんかはらはちょうど支那しなずいといふ時代じだいに、朝鮮ちようせんから輸入ゆにゆうせられたものでありまして、圓瓦まるがわらはしには蓮華れんげ模樣もようかざりにつけてあり、唐草瓦からくさがはらにも蔓草つるくさ模樣もようなどがつけてあります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
路は山の脊に出でゝ、裸なる巖にはすこし許りなる蔓草つるくさ纏ひ、灰色を帶びて緑なる亞爾鮮アルテミジアの葉は朝風に香を途りぬ。空には星猶輝けり。脚下には白霧の遠く漂へるを見る。是れ大澤たいたくの地なり。
と、いつの間にか蔓草つるくさが地をはってしのびよっていた。ヒトミはびっくりして、悲鳴をあげた。そのときはもうおそかった。ヒトミの腰から下は、蔓草のためにぐるぐるまきになってしまった。
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
護謨園の中を通っている水渠すいきょから丸木船を出して、一つの川へ出た。ジョホール河の支流の一つだという。大きな歯朶しだとか蔓草つるくさで暗い洞陰を作っている河岸から、少しわかれて、流れの中に岩石がある。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あの蔓草つるくさに似ているとでも言えようかしら。
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)