そう)” の例文
縄をつかむとその力で、舟はグルグルしおに巻かれた。そして飛島の岩の蔭からも、それに曳かれてまた一そう渦に誘われて廻ってくる。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
皆は三そうの舟にのっていた。三艘ともたがいに追い抜こうとして間近につづいていた。人々は舟から舟へ、快活な冗談を言い合った。
そこにはもう他に一組の鵜飼うかいがいて、がやがやと云いながら一そうの舟をだしているところであった。四方あたりはもうすっかりと暮れていた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
時折、言問橋ことといばしを自動車のヘッドライトが明滅めいめつして、行き過ぎます。すでに一そうの船もいない隅田川すみだがわがくろく、ふくらんで流れてゆく。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
こうして二人が海岸の石原の上に立っていると、一そうの舟がすぐ足もとに来て着きましたが、中には一人も乗り手がありませんでした。
柳の枝や蘆荻の中には風が柔らかに吹いている。あしのきれ目には春の水が光っていて、そこに一そうの小舟が揺れながら浮いている。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
帆柱が二本並んで、船が二そうかかっていた。ふなばたを横に通って、急に寒くなった橋の下、橋杭はしぐいに水がひたひたする、隧道トンネルらしいも一思い。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
横浜に碇泊ていはくしていた外国軍艦十六そうが、摂津の天保山沖てんぽうざんおきへ来て投錨とうびょうした中に、イギリス、アメリカと共に、フランスのもあったのである。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
平次は三囲みめぐりの前に来た時、堤の下を覗きました。そこにつないだ一そうの屋根船の中には、上を下への大騒動が始まっているのです。
丁度譚のこう言いかけた時、僕等の乗っていたモオタア・ボオトはやはり一そうのモオタア・ボオトと五六間隔ててすれ違った。
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
砂浜にもやわれた百そう近い大和船は、へさきを沖のほうへ向けて、互いにしがみつきながら、長い帆柱を左右前後に振り立てている。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
梅雨つゆ上がりの、田舎道いなかみちがまの子が、踏みつぶさねば歩けないほど出るのと同じように、沢山出ているはずの帆船や漁船は一そうもいなかった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
「同じ海でもカムサツカだ。冬になれば——九月過ぎれば、船一そうも居なくなって、凍ってしまう海だで。北の北のはずれの!」
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
じつは唐船からふねが相変らず停ったも同様なので、自分で船を二そうもってみました。株を買ったのか。いや、と信助は口をにごした。
それから年々来るようになって、ある年は唐船三、四十そうを数え、ある年は蘭船らんせん四、五艘を数えたが、ついに貞享じょうきょう元禄げんろく年代の盛時に達した。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さざなみさえ打たない静かな晩だから、河縁かわべりとも池のはたとも片のつかないなぎさ景色けしきなんですが、そこへ涼み船が一そう流れて来ました。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
東京名物の一銭蒸汽の桟橋につらなって、浦安うらやす通いの大きな外輪そとわの汽船が、時には二そうも三艘も、別の桟橋につながれていた時分の事である。
雪の日 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その湖は大変景色がよかったので、小僧はぼんやりと見とれていると、やがて沖の方から一そうの帆掛船が来るのが見えた。
猿小僧 (新字新仮名) / 夢野久作萠円山人(著)
そう端艇ボートは、早朝から、海霧を破って猟に出かけるが、夜半には、いずれも満船して戻ってくる。船長はじめ、乗組員たちはハリ切っている。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
肌寒い秋の大川おおかわは、夏期の遊山ゆさんボートは影を消して、真に必要な荷船ばかりが、橋から橋の間に一二そう程の割合で、さびしく行来しているほかには
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と先刻は、鉄を断つ勢いを示したにもかかわらず、その紅琴が、なぜかものさびしく微笑ほほえんで、一そうの小船を仕立てさせた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
たちまち、暗澹あんたんたる海上かいじやうに、不意ふい大叫喚だいけうくわんおこつたのは、本船ほんせんのがつた端艇たんていあまりに多人數たにんずうせたため一二そうなみかぶつて沈沒ちんぼつしたのであらう。
見ているうちに小舟が一そういそを離れたと思うと、舟から一発打ち出す銃音つつおとに、游いでいた者が見えなくなった。しばらくして小舟が磯にかえった。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
春の水に浮んでいる一そうの舟が水上をいで行くと、その水面に起った波動がしまいに岸まで及んで、その岸根をちゃぶちゃぶと打つというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
……よろしいか。要するに、あれは一そうのヨットでしかない。毎朝、きまった時間にやって来て、きまったところに停まっているヨットに過ぎない。
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
泉水のおもてには月があかるく照っていましてみぎわに一そうの舟がつないでありましたのは多分その泉水は巨椋おぐらの池の水を
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ただ今までは山丹人毎年一次ずつ小船にて二、三そうずつ唐太からふと島の南縁に副う所に在る島の西端「ソウヤ」という所へ渡来して土人と交易をするなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そのとき私達わたくしたち人数にんずはいつもよりも小勢こぜいで、かれこれ四五十めいったでございましょうか。仕立したてたふねは二そう、どちらも堅牢けんろう新船あらふねでございました。
わずかに九州山脈にとれる木炭や、日向米などの物資を収集するための、上方かみがた通いの帆船が二三そう、帆をおろした柱だけの姿をやすんでいるのに過ぎない。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
篠原「十日ばかりあとにもどったが。きょうはあんまりあついから。その宮崎と涼みに出かける約束だから今にくるだろう。屋根を一そう仕度したくしてくんな」
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
小船が一そうはるか遠くにただよって、潮の流れにまかせてゆっくりと河を下り、帆は垂れて帆柱にかかっていた。
また戦略上自分の一隊を引率して小船に乗り、ゼノアからやはりその海岸のある小さな港へ向かった時には、七、八そうのイギリス帆船の網の中に陥った。
二百万石は今日の相場で、一箇の大学でありまたは一そうの戦艦である。これは棄て置かない方が確かによいのだ。
見物客を満載した伝馬船てんませんが約二十そう、それらの間をおもいおもいな趣向にいろどった屋形船が、千姿万態の娘たちをひとりずつすだれの奥にちらつかさせて
彼女が進水してから三十年間というものは、その大きさの半分に達する船さえついに一そうも造られていない。
黒船前後 (新字新仮名) / 服部之総(著)
女はかんざしを抜いて水の中に投げた。と、見ると一そうの舟が湖の中から出て来た。女はそれに飛び乗って鳥の飛ぶようにいったが、またたく間に見えなくなった。
織成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
堤を見詰めている室子の狭めた視野にも、一そうのスカールが不自然な角度で自分の艇に近付いて来たことを感じた。彼女は「また源五郎かしらん」と思った。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
帆もかじも無い丸木舟が一そうするすると岸に近寄り、魚容は吸われるようにそれに乗ると、その舟は、飄然ひょうぜん自行じこうして漢水を下り、長江をさかのぼり、洞庭を横切り
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
(四)湖水を渡るつもりで舟を探したところ小さいのが一そうあったので、これに乗って西へ西へとぎ出した。西風はだんだん強くなって、船は中々進まない。
人間灰 (新字新仮名) / 海野十三(著)
軍艦一そうが何千万円も価する、弾丸一発が何千円もかかる、かくのごとく莫大ばくだいの入費を要することゆえ、経済の側から考えると戦争は容易にできるものではない。
戦争と平和 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
唐の貞元年中、漁師十余人が数そうの船に小網を載せて漁に出た。蘇州そしゅうの太湖が松江しょうこうに入るところである。
船長は、日本人の船員ばかりの乗り込んだ、一そうのボートの導索どうさくを、しっかりとつかまえながら叫んだ。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
浜方は船が一そう這入はいっても賑わう。まして仙台米をうんと積んだ金船が何艘となくはいってきたのだ。
それでも白山が見えるから、今に南東風くだりになるかも知れん。僕が沖を見ていたら、帆前船が一そう南東風くだりが吹いて来ると思うたか、一生懸命に福浦ふくうらへ入って行った。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
それが急にパッと消えると同時に外のアーク燈も皆一度に消えてまっ暗になった。船の陰に横付けになって、清水を積んだ小船が三そう、ポンプで本船へくみ込んでいた。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そう帆前船ほまえせんが岬へ集った。乗りこんだ生命知らずの土人は六十人。二百人みんなが「連れて行ってくれ。」とせがむのを断って、勇士の中の勇士をすぐった六十人だ。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
お千鶴さんとこの兄さんが外務大臣で、先方へ乗り込んで講和の談判をなさるでしょう、それから武男うちが艦隊の司令長官で、何十そうという軍艦を向こうの港にならべてね……
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
鉄橋を潜ると、左が石頭せきとう山、俗に城山である。その洞門のうがたれつつある巌壁がんぺきの前には黄の菰莚むしろ、バラック、つるはし、印半纒しるしばんてん、小舟が一、二そう、爆音、爆音、爆音である。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
上流の赤岩に煉瓦れんがを積んで行く船が二そうも三艘も竿を弓のように張って流れにさかのぼって行くと、そのかたわらを帆を張った舟がギーとかじの音をさせて、いくつも通った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
もよほしける然るに其夜こくとも覺敷頃おぼしきころかぜもなくして燭臺しよくだい燈火ともしびふツとえければ伊賀亮不審ふしんに思ひ天文臺てんもんだいのぼりて四邊あたり見渡みわたすに總て海邊かいへんは數百そうの船にて取圍とりかこかゞりたき品川灣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)