こら)” の例文
と半分残っていた吸物椀を打掛ぶっかけましたから、すっと味噌汁が流れました。流石さすが温和の仁もたちまち疳癖が高ぶりましたが、じっとこら
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
微笑ほほえんだ法水の眼には、儀右衛門の意外な変り方が映った。それは、懸命に唇を噛んで、なにかの激奮をこらえているかに見えた。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それはどうやら特種とくしゅの薬品を浸みこませた濾気器ろききで、博士が唯一人毒瓦斯にこらえていたのも、そのせいであるかのように思われた。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私はいきなり立ち上って二人を蹴飛けとばしてやろうかと、むらむらとなったが、また手紙のことを思い出してじっと胸をさすってこらえた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
兄の多辯さに比べて、千萬無量の歎きを、ヂツとこらへてゐるお比奈は、心の中で泣いて/\、泣き崩れてゐるやうに思へてならないのです。
銭形平次捕物控:239 群盗 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
いずれも知らない、存じませんな、を言わるるたび、背後うしろから、噛着かみつくように叱言こごとをくッて、ほとんどこらえ切れなくなると、雨が降出した。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
このあわれなようすを見ると、森川夫人は我慢もこらしょうもなくなったように梓さんのそばに走り寄って、腕の中に抱きとり
「無理だ! 無理だ!」こらへ切れない苦しみのために、一時的ながら大人おとなびた力を喚び起されて、私の理性が、さう叫んだ。
ものがた良人おっとほうでも、うわべはしきりにこらこらえてりながら、頭脳あたま内部なか矢張やはりありしむかし幻影げんえいちているのがよくわかるのでした。
私は可笑おかしさが込み上げて来るのをこらえながら、相手の方を見ると、いかにも真面目な顔をしているので私は笑を忍んで
むかでの跫音 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
忽然こつぜんとして眼が嬉しそうに光り出すかと思う間に、見る見るこらえようにも耐え切れなさそうな微笑が口頭くちもとに浮び出て、ほおさえいつしかべにす。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
げに露西亜ロシアの農民はあはれなる生活を送るもの多く、酸苦こもごもせまれどもこらへ、能く忍ぶは、神の最後のまつりごとに希望を置くと見えたり。
トルストイ伯 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
かうして最初さいしよ大地震だいぢしんこらへる家屋かおくが、其後そのご三分さんぶんいち以下いか地震力ぢしんりよくによつてられることはないはずである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
『竹山さん。』と、遂々たうたうこらへきれなくなつて渠は云つた。悲し気な眼で対手を見ながら、顫ひを帯びて怖々おづおづした声で。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「いやそうでない。家来けらいどもが、毎日まいにちおれ苦痛くつうわすれてはならないという、忠義ちゅうぎこころからあつさをこらえさせるのであろう。」とおもわれたこともあります
殿さまの茶わん (新字新仮名) / 小川未明(著)
必死に歯を喰いしばって、必死に苦痛をこらえながら、手を合わさんばかりにお礼の百万遍を唱えました。——だが、退屈男は淡々たること水のごとし!
これまで自分は一緒にこの街道に働いてくれる人たちと共に武家の奉公をこらえようとのみ考え、なんでも一つ辛抱せという方にばかり心を向けて来たが
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
君江は噴き出したくなるのをこらえて、「ですからさ。もしも、万一の事があったらッて言うのよ。知れると面倒だから、今夜の事は誰にも絶対に秘密よ。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
栗梅くりうめの小さな紋附を着た太郎は、突然かう云ひ出した。考へようとする努力と、笑ひたいのをこらへようとする努力とで、ゑくぼが何度も消えたり出来たりする。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
バル まゝ、おこらへなされませい、いかうおいろあをざめて、物狂ものぐるほしげな御樣子ごやうす、ひょんなことでもあそばしさうな。
必死に悲しみをこらえながら——この事は後に察したのだが——端然と坐っていた凄愴せいそうな姿が浮び上って来た。
謀叛を許せば、今度乃公の分け前がないことはないじゃないか? 阿Qは思えば思うほど、イライラして来てこらえ切れず、おもうさま怨んで毒々しく罵った。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
泣けそうになるのをこらえながら、都留は身を起こし、もういちど主計の背に手を当てた。主計は黙って肩を任せたまま、暫く庭の櫟林のあたりを見まもっていた。
晩秋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は心の圧しつぶされそうなのをやっとこらえながら、表面だけはいかにももの静かな様子をいつわっていた。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
先刻せんこくより主税之助は聞居たりしがこらへ兼だまれ平左衞門今となりて然樣なる儀を口賢くちかしこくも申が此度このたびの事は皆其方のすゝめしに非ずや然すれば此惡事このあくじの元は其方なり夫を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかるに忽然こつぜんその顔へ、何かキラリと閃めいた。その時初めて田舎者の金剛不動の構えが崩れ、両足でピョンと背後うしろへ飛んだ。そうしてそこで持ちこらえようとした。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
どうしたんだねエ、此のは」と、お加女かめこらへず声荒ららぐるを、お熊はオホヽと徳利てうし取り上げ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「ええ、俺は殆ど二十年も信心して来た。こらえて来たんだ。縛られて生きて来た。バイブルに噛りついて来た。そして、気がついて見ると——こさえ事だ! 拵えごとだよ」
恐らく母はもうこらえきれなかったのだろう。いきなりその家の縁側えんがわから障子しょうじをあけて座敷に上った。明るいランプの下に、四、五人の男が車座くるまざに座って花札はなふだをひいていた。
(さびしくても、しばらくのこらえだよ。初霜の降りるまでには、きっと、迎えに来るからな)
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
爲方しかたがないから、ギリ/\齒噛をしながらも、つよい心でおツこらへてゐる。其れがまたつらい。其の辛いのを耐へて、無理に製作をつゞける。がて眼が血走ちはしツて來、心が惑亂わくらんする。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
彼女は刻一刻深まって行く恐しい疑惑と同時に、それと並行して、一方ではそのえたいの知れぬ人物に対する思慕の情も又、益々こらえ難きものに思われて来るのでありました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
とかかる事を言われてはお登和嬢いよいよ悲しさに堪えず「運命の決したとおっしゃるのはいよいよお代さんと御婚礼なさるのですか」大原も今までこらえしかなしみを包み切れず
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
わかりきったことでしたが、セエラはおかしさをこらえつづけました。セエラは心の中で
坂口も何をいう術もなく黙込んで、もすれば誘込まれそうな泪を、じっとこらえていた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
ルセアニア人は、死んだルセアニア人のように、彼女の体重にこらえて、声も立てなければ、身動き一つしないで、牧師のようにきちんと腰かけているのだ。それが私を笑わせた。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
さすがに心おもしろからずようやく癇癪の起り起りてこらえきれずなりし潮先、えられし晩食ゆうめしの膳にむかうとそのまま云いわけばかりに箸をつけて茶さえゆるりとは飲まず、お吉
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
摩擦を終つて、膚を入れ、手桶とバケツトをずンぶり流れに浸して満々と水を汲み上げると、ぐいと両手に提げて、最初一丁が程は一気に小走りに急いで行く。こらへかねて下ろす。
水汲み (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
昨年のクリスマスにも機械の破損せし懐中時計を子供の玩弄物おもちやに致すやうにと贈り遣りしことあるものなるに、昨日さくじつ門口にて出逢ひし時、可笑をかしさをこらへ居る如き顔付きを致し候。
こらえられなくなり、ひそかに井中へ囁き込むと、魚が聞いて触れ散らし角の噂が拡まったので王死んでしまい、二使人不死の水を持ち帰っても及ばず、共にこれを飲んで今に死なず
摩擦を終って、はだを入れ、手桶とバケツとをずンぶり流れに浸して満々なみなみと水を汲み上げると、ぐいと両手に提げて、最初一丁が程は一気に小走りに急いで行く。こらえかねて下ろす。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
実を云うと自分は相当の地位をったものの子である。込み入った事情があって、こらえ切れずに生家うちを飛び出したようなものの、あながち親に対する不平や面当つらあてばかりの無分別むふんべつじゃない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「うん、駒、かんはよいか。……えへん。」と定吉は道臣の眞似をしたが、どうもこらへ切れぬといふ風で、其の眞面目腐つた顏を崩して、大きな聲で笑つて了つた。お駒も共に笑ひ轉げた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
池上は、脣を噛んで、眉も、眼も、鼻も、くちゃくちゃに集めて、苦痛をこらえていた。指から、腕中、腕から、頭の真中へまで、痛みが、命を、骨を削るように、しんしんとして響いていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
出来得る限り忍耐したりしも、遂にこらへられずして、座蒲団を傍に
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
「あるいは一生のためになることだから、一日くらいこらえていよう。」
手が触つたり足が触つたりしても、お預けに会つた犬のように、じつとこらえていなければならないのだから、考えて見れば「雑魚寝」という制度ぐらい若い男に取つて、殺生極まるものはなかつた。
雑魚寝 (新字新仮名) / 吉井勇(著)
ところで犯人も到底とうていしれずにはいまいと考え、ほとぼりのさめた頃京都市を脱出ぬけだして、大津おおつまで来た時何か変な事があったが、それをこらえて土山宿つちやまじゅくまでようや落延おちのび、同所の大野家おおのやと云う旅宿屋やどやへ泊ると
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
津の国人の声は怒りをおしこらえた、無理をした声だった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
彼は腹の立つのをじっとこらえて嘲笑を浮べて言った。
令狐生冥夢録 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)