種子たね)” の例文
どれほど、このなかることをねがったであろう。あのかたつちしたにくぐっている時分じぶんには、おなじような種子たねはいくつもあった。
明るき世界へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
怪我をした時に赤土を押し当てて血を止める事。渋柿を吊して露柿ほしがきを造る事。胡栗くるみを石で割って喰べる事。種子たねいて真瓜うりを造る事。
猿小僧 (新字新仮名) / 夢野久作萠円山人(著)
教会へは及ばずながら多少の金を取られてる、さうして家庭かない禍殃わざはひ種子たねかれでもようものなら、我慢が出来るか如何どうだらう
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
杉や松の大木は天を摩するものもある。併し其の種子たねは二指を以て撮みて餘り有るものである。植福の結果は非常に大なるものである。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
お角はその時、はじめて甚三郎の膝の上の短銃に気がついて、そうしてその可愛らしい種子たねしまであることに、驚異の眼を向けました。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかもその醜い争いの種子たねをまいたのは葉子自身なのだ。そう思うと葉子は自分の心と肉体とがさながら蛆虫うじむしのようにきたなく見えた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「三つの心は百までも」「老馬みちを忘れず」という。青年時代に植えた種子たねは、よかれ、しかれ、いつまでも身辺にまといつく。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
梅雨のあがった或る日、持って帰ったまま手もつけずにあった荷を少しずつ片付けはじめていると、思わぬところから種子たね袋が出てきた。
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それを飯の種子たねとして取り扱うのならとにかく、宇宙観や人生観を導き出すにはあまりに非科学的で、身につきそうはなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「いや何、まことに、しおらしいお慰みと存じます。ですが、草花の種子たねをおろすのは、たいがい春か秋の彼岸をよしと伺っていますが」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしそれが新しい床であったならば、古い床から菌の種子たねを持って来て、それを新しい床に植え付けるのだということである。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
うなわれた畑には化学肥料がほどこされた。それからその次ぎには種子たねかれた。先生が自分の畑でして見せるように生徒達はそれを真似まねた。
まづしい店前みせさきにはおほがめかふわに剥製はくせい不恰好ぶかっかううをかはつるして、周圍まはりたなには空箱からばこ緑色りょくしょくつちつぼおよ膀胱ばうくわうびた種子たね使つかのこりの結繩ゆはへなは
怪談くわいだんといふものをこしらへて話したいと思ふ時分じぶんの事で、其頃そのころはまだ世の中がひらけないで、怪談くわいだんの話のれる時分じぶんだから、種子たねを探して歩いた。
塩原多助旅日記 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
また、すでにその漂流器にすがって空間をただよっている乗組員たちの姿をとらえることもできた。それはどこかタンポポの種子たねににていた。
怪星ガン (新字新仮名) / 海野十三(著)
だん池谷いけのやしんらう骰子サイツ頭上づじやうにかざして禮拜らいはいする。ぼくなど麻雀マージヤンはしばしば細君さいくん口喧嘩くちけんくわ種子たねになるが、これが臨戰前りんせんまへだときつと八わるい。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
しかるにその妻は生れつき心臓が弱い。———この心臓が弱いと云う事実の中には、既に偶然的危険の種子たねが含まれています。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その中にあるのが種子たねなのだ。天気の穏やかな日は、此の白毛が木の根の下に落ち積つて、雪のやうに白い綿毛の床になる。
教育のちがい、気質の異なり、そはもちろんの事として、先妻の姉——これが始終心にわだかまりて、不快の種子たねとなれるなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ソコでその写本と云うことが又書生の生活の種子たねになった。当時の写本代は半紙一枚十行二十字詰で何文なんもんと云う相場である。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
唄いながら、草や木の種子たねを諸国にく。……怪しい鳥のようなものだと、その三味線が、ひとりで鳴くようにじった。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今秋は御地おんちより山百合やまゆり二千個、芍薬種子たね三升程、花菖蒲はなしやうぶ五百株送附し来る都合に相成居り候間、追つて明年の結果御報知申上ぐべく候。(後略)
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
たいてい自分の望む種子たねさえけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のようにからもないし十倍も大きくて匂もいいのです。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
田園の人は、きょう耕した畑に、あすは種子たねをまこうと思って楽しく眠る。織りかけている機は、あすは終わるであろうと、ある人は待ちのぞむ。
最も楽しい事業 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
例へば最初の種子たね、「大」なら「大」といふ字を彫刻した凸版(雄型)に一度この法を用ひて雌型(凹字)の「大」をとり、いま一度繰り返して
光をかかぐる人々 (旧字旧仮名) / 徳永直(著)
只文化十四年に景樹が難波人なにはびと峰岸某から朝顔の種子たねを得た歌を見出したのみであつた。そしてそれは勿論異歌ことうたであつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
南瓜かぼちや甜瓜まくはうりと、おなじはたけにそだちました。種子たねかれるのも一しよでした。それでゐてたいへんなかわるかつたのです。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
それでは何でもお考えつきの事を、というと、『私は学校の長としても、一家の主婦としても多忙な身で新聞の種子たねなど考えている閑暇ひまはなかった。』
職業の苦痛 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
種子たねだけをいて逝こう、「われは恨みを抱いて、慷慨こうがいを抱いて地下に下らんとすれども、汝らわれの後に来る人々よ、折あらばわが思想を実行せよ」
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
その中央部に五室に分かれた部分があって、その各室内には二個ずつの褐色かっしょく種子たねならんでいる。そしてその外側に区切りがあって、それが見られる。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
それから荒井城内あらいじょうないの十幾年いくねん武家生活ぶけせいかつ……随分ずいぶんたのしかったおも種子たねもないではございませぬが、なにもうしてもそのころ殺伐さつばつ空気くうきみなぎった戦国時代せんごくじだい
『房総志料』を唯一の手品の種子たね箱とする『八犬伝』の歴史地理の穿鑿の如きはそもそも言うものの誤りである。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
甘い洪水でひたしつゝあるのです——其處に僕は好意と自己否定の計畫の種子たねをあんなに熱心に蒔いたのですよ。
きのう庭になげすてた豆の種子たねから、芽が生えて、ひと晩のうちに、ふとい、じょうぶそうな豆の大木が、みあげるほどたかくのびて、それこそ庭いっぱい
ジャックと豆の木 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
多くの人の見る前で、砂を盛つた植木鉢へコスモスの種子たねなどをいて、じつと祈祷きたうこらす。すると種子たねはじけて芽はぐん/\砂を持上げて頭を出して来る。
すると、お柳は、西瓜の種子たねの皮を床の上へ吐き出しながら、「何を馬鹿なことを饒舌しゃべっているの。」というように、厚い鼻翼をぴこぴこふるわせて嘲弄した。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
書洩らし? 冗談じょうだんではない、書かれなかった事は、無かった事じゃ。芽の出ぬ種子たねは、結局初めから無かったのじゃわい。歴史とはな、この粘土板のことじゃ。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
私たちは誰でも、人格完成の種子たねを、生れながらに持っている(一切衆生ことごとく仏性ぶっしょうあり〔涅槃経ねはんぎょう〕)
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
中野の友人も来て、岸本の方から頼んで置いた茶と椿つばきの実を持って来てくれた。岸本はその東洋植物の種子たねを異郷への土産として旅の鞄にれて行こうとした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうしてまた現在の疑惑の種子たねであります。是からの日本にきて行こうとする人々に、おふるでないものをさし上げたいと、私だけは思っているのであります。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ちやんと、するだけのことをして種子たねをおろしても、似ても似つかぬ、変てこな物が生えて来るのぢや。
汝等のさがは、その種子たねによりてこと/″\く罪ををかすに及び、樂園とともにこれらの尊き物を失ひ 八五—八七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
三娘子はさらにまた、ひと袋の蕎麦そば種子たねを取り出して木人にあたえると、彼はそれをいた。すると、それがまた、見るみるうちに生長して花を着け、実を結んだ。
それを無面目にも言破ッて立腹をさせて、我から我他彼此がたびし種子たねく……文三そうはたく無い。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
帰られるとその儘直ぐに参禅をきかれて、それから茶礼されいに残ったこともあった。こんなことは何れも昔を偲ぶ種子たねである。亡くなられてからは、東慶寺は大いに淋しい。
殘忍で貪慾どんよくで、狡猾かうくわつで、手のつけやうのない兇賊團でしたが、二、三年前東海道を荒し拔いて江戸に入り、それから引續き諸人の恐怖と迷惑の種子たねになつてゐたのでした。
銭形平次捕物控:239 群盗 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
あなたの丹精しておまきなされた法の種子たねは、すでに至るところによき芽ばえを見せています。仏様のみ名はあなたの死によってますますめられるのでございましょう。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
自分が一家をせば、また弟子をも丹精して、種子たねいて、自分の道を伝える所の候補者をこしらえよ。そして、立派な人物を自分の後に残すことをも考えなくてはならぬ。
しかしながら善良なる風俗、善良なる教育の目的は、日本に古来無い事であっても、日本に移し得られぬことはない。日本の畑は、持って来て種子たねを蒔くと、何でも発生する。
女子教育の目的 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ただ此処に一つ不思議なことは、死んでいる老人の右の手が草花の種子たねを握っていることで、或は老人が裏の耕地へ草花そうかの種子を下している所を狙い撃ちされたのかも解らない。
死の復讐 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)