直垂ひたたれ)” の例文
男は、樺桜かばざくら直垂ひたたれ梨打なしうち烏帽子えぼしをかけて、打ち出しの太刀たち濶達かったついた、三十ばかりの年配で、どうやら酒に酔っているらしい。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その深夜をおかし、雨を冒して来た客の二人は、二人とも、直垂ひたたれからはかまごし、太刀の緒まで、片袖ずつ、ぐっしょり濡れて坐っていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
結局は甲冑の如く床の間に飾られ、弓術の如く食後の腹ごなしにもてあそばれ、烏帽子えぼし直垂ひたたれの如く虫干むしぼしに昔しをしのぶ種子となる外はない。
この烏帽子えぼし直垂ひたたれの祭主殿がすなわち、さいぜんから声のみを聞かせて姿を見せず、心ある人に気をもませたこれが道庵先生でありました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女は年頃十八あまり、頭には黄金の烏帽子えぼしを冠ぶり腰に細身の太刀たちき、萌黄色もえぎいろ直垂ひたたれを着流した白拍子しらびょうしろうたけた姿である。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
此時の義元の軍装は、赤地の錦の直垂ひたたれ、胸白の具足、八竜打った五枚冑を戴き、松倉郷、大左文字だいさもんじの太刀脇差を帯びて居た。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
(桂は頼家の仮面を持ちて顔には髪をふりかけ、直垂ひたたれを着て長巻を持ち、手負ておいの体にて走り出で、門口に来たりて倒る。)
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
羽織袴はおりはかまの役人衆の後ろには大太鼓が続き、禰宜ねぎの松下千里も烏帽子えぼし直垂ひたたれの礼装で馬にまたがりながらその行列の中にあった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この日経正は、紫地むらさきじの錦の直垂ひたたれに、萌黄匂の鎧、長覆輪ながふくりんの太刀をはき、切斑きりふの矢負い、重籐の弓小脇にかいばさんだ雄々しい出で立ちであった。
従四位といへば、絵で見る天神様のやうにかんむりて、直垂ひたたれでも着けてゐなければならぬ筈だのに、亡くなつた八雲氏はまがひもない西洋人である。
頼政よりまさおおせをうけたまわりますと、さっそく鎧胴よろいどうの上に直垂ひたたれ烏帽子えぼうしかぶって、丁七唱ちょうしちとなう猪早太いのはやたという二人ふたり家来けらいをつれて、御所ごしょのおにわにつめました。
(新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ちょうどその頃、先輩の玄洋社連が、大院君を遣付やっつけるべく、烏帽子えぼし直垂ひたたれ驢馬ろばに乗って、京城に乗込んでいるんだぜ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
徳川家康とくがわいえやす(従五位上侍従このとき三十一歳)は紺いろにあおいの紋をちらしたよろい直垂ひたたれに、脛当すねあて蹈込ふみこみたびをつけたまま、じっと目をつむって坐っていた。
死処 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
直垂ひたたれに月がさして、白梅の影が映っても、かかる風情はよもあらじ。お夏の手は、愛吉の焼穴だらけの膝をさすった。愛吉たらたらと全身に汗を流し
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
赤地にしきの直垂ひたたれ緋縅ひおどしのよろい着て、頭に烏帽子えぼしをいただき、弓と矢は従者に持たせ、徒歩かちにて御輿みこしにひたと供奉ぐぶする三十六、七の男、鼻高くまゆひい
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
烏帽子えぼし直垂ひたたれとでもいったような服装をした楽人達が色々の楽器をもって出て来て、あぐらをかいて居ならんだ。
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
烏帽子えぼし直垂ひたたれ伶人れいじん綾錦あやにしき水干すいかんに下げ髪の童子、紫衣しいの法主が練り出し、万歳楽まんざいらく延喜えんぎ楽を奏するとかいうことは、昔の風俗を保存するとしてはよろしいかもしれぬが
教育と迷信 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
長くなった白髪しらが梨打烏帽子なしうちえぼしをかぶり、水色の直垂ひたたれを召した聖人様がお輿から出て、舟にお乗りなされた時のおいとしいお姿は、まだ私の目の前にあるようでございます。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
衣冠いかん布衣ほいを着ていなければならないはずの大宮人達は新興の勢力に媚びて武家の着る筈の直垂ひたたれなどを着て大宮人の優美な風俗を無くしてしまい、そうして遂には都らしい優美に
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
よくると荒っぽい手法で刻み上げた烏帽子直垂ひたたれ姿のいかめしい武夫が、大紋の袖を束ねて稽首しているさまがある。一段高く黒岳の尖った兜の鉢が雲の幔幕まんまくの前に銀鋲の光を輝かしている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
鎧を着るには、鎧下と云って、にしきや練絹などで出来ているものをる。はかま短く、裾やそで括緒くくりおがあって之を括る。身分の低い者のは錦などでは無いが、先ずは直垂ひたたれであるから、鎧直垂とも云う。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
めた顔は、いとどあどけないほど若々しくて、ただまぶしげにニヤリと笑う。そして、直垂ひたたれの袖ぐちで、あごのよだれを横にこすった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これに直垂ひたたれを着せ、衣紋えもんをただし、袴をはかせて見ると、いかなる殿上人てんじょうびともおよび難き姿となって、「おとこ美男」の名を取る。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
五位は綿の四五寸もはいつた、黄いろい直垂ひたたれの下に、楽々と、足をのばしながら、ぼんやり、われとわが寝姿を見廻した。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
祖先らの遺物と伝えらるる古い直垂ひたたれから、武具、書画、陶器のたぐいまで、何百年となく保存されて来たものはかなり多い。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこには藍摺あいずり直垂ひたたれに、折烏帽子おりえぼしの、色の黒いやせた男が、じっと立っているのであった。その人こそ、奥方が夢にも忘れたことのない重衡であった。
上杉輝虎うえすぎてるとらは、けいけいたる双眸そうぼうでいち座を見まわしながら、大きく組んだよろい直垂ひたたれひざを、はたと扇で打った。
城を守る者 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
錦の直垂ひたたれ緋縅ひおどしよろい明眸皓歯めいぼうこうしの大若衆、眼も覚めるばかり美しい中に勇気と気高さとを兼ね備えた、天晴れ勝れた大将振りに、一同はハッと頭を下げた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今はたとい足許が水になって、神路山の松ながら人肌を通すながれに変じて、胸の中に舟をもやう、烏帽子えぼし直垂ひたたれをつけた船頭なりとも、乗れとなら乗る気になった。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
月のいいなつばんでした。牛若うしわか腹巻はらまきをして、その上にしろ直垂ひたたれました。そして黄金こがねづくりのかたなをはいて、ふえきながら、五条ごじょうはしほうあるいて行きました。
牛若と弁慶 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
烏帽子えぼしをかぶったり、直垂ひたたれを着たり、太刀をいたりして、一体どんな格好をしてどんな芝居をするであろうと、わたしは一種の興味を以て招待の桟敷からのぞいていた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
其の兵七十騎を従えて、錦直垂ひたたれを着用すとある。宗全雀躍して是を迎えて奉仕したと云うが、詳しい御事蹟は記録にないが、大衆文学の主人公としては、面白い存在ではないか。
応仁の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
すでに夜も明け方になりしかば、武蔵坊弁慶は居たところへずんと立ち、いつも好むかちん直垂ひたたれ、水にをしどり脇楯わきだてし、三引両みつひきりやう弓籠手ゆごてさし……
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おん直垂ひたたれのまま、鞍に錦で包んだはこをお置きになっているのが、天皇だとわかって、初めて警固の隊を組むような有様だった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて清盛は、赤地錦あかじにしき直垂ひたたれに、黒糸縅くろいとおどしの腹巻、白金物しろかなもの打った胸板むないたを着け、愛用の小長刀こなぎなたをかいばさんだ物々しい装立いでたちで、側近の貞能を呼びつけた。
次郎はその時、月あかりに、汗にぬれた赤ひげと切り裂かれた樺桜かばざくら直垂ひたたれとを、相手の男に認めたのである。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
だが一方の鍬形が、真ん中どころから折れていた。鎧もまさしく着けていた。しかし草摺くさずりは千切れていた。よろい直垂ひたたれも着ているが、あちこちを鼠に喰われていた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おそらく直垂ひたたれか何かであったろう、茶渋のような色の着物を持ち出して、なにか講釈をはじめたので、わたしは実に我慢が出来なくなって、むやみにカステラを頬張って
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
烏帽子えぼし直垂ひたたれ着けたるもの、太郎冠者たろうかじゃあり、大名あり、長上下なががみしもを着たるもの、髪結いたるあり、垂れたるあり、十八九をかしらにて七歳ななつばかりのしのぶまで、七八人ぞたちならべる。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
烏帽子えぼしを冠り、古風な太刀たちを帯びて、芝居の「しばらく」にでも出て来そうな男が、神官、祭事掛、子供などと一緒に、いずれも浅黄の直垂ひたたれを着けて、小雨の降る町中の〆飾を切りに歩いた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこで、八幡太郎はちまんたろうにおいいつけになって、御所ごしょ警固けいごをさせることになりました。義家よしいえおおせをうけると、すぐよろい直垂ひたたれかためて、弓矢ゆみやをもって御所ごしょのおにわのまん中にって見張みはりをしていました。
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
すると、館の出口に、紺村濃こんむらご直垂ひたたれに、小具足を附けて、ひざまずいている若者がある。常胤の息子でもなし、孫とも見えないので
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤地の錦の直垂ひたたれを着て、髪は平紐で後ろへたれ、目のさめるほどの公達きんだちぶりで座をかまえておりましたが、やがて、その周囲へ集まったこの屋敷の頭株が
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は枯れたかやをたばねて松明たいまつの代りに振り照していた。その火に映った侍は三十五六の小肥りの男で、諸籠手もろこての上に朽葉色の直垂ひたたれを着て、兵庫鎖ひょうごぐさりの太刀を長く横たえていた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
重代のきせなが唐革縅からかわおどしよろいをかつがせ、自分は赤地の錦の直垂ひたたれ萌黄匂もえぎにおいの鎧を着こみ、金覆輪きんぷくりんの鞍置いた連銭葦毛れんせんあしげに乗った姿は、絵にも筆にも及び難しと人々は賞めそやした。
舟子ふなごたちはそれを乗せまいとする。とうとうしまいにあの女は、少将の直垂ひたたれすそつかんだ。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
赤地錦の直垂ひたたれに、色かんばしい緋縅ひおどしよろい、すなわちあさひ御鎧おんよろいを召された、大塔宮護良だいとうのみやもりなが親王は、白磨きの長柄をご寵愛の家臣、村上彦四郎義光よしてるに持たせ、片岡八郎その他を従え
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
公子 (と押す、ドアひらきて、性急に登場す。おも玉のごとくろうけたり。黒髪を背にさばく。青地錦の直垂ひたたれ黄金こがねづくりのつるぎく。上段、一階高き床の端に、端然として立つ。)
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紫地錦むらさきじにしき直垂ひたたれを着て、つづれの錦に金立枠きんたてわく弓小手ゆごてをつけて、白重籐しろしげとうの弓を持っていましたが、今なにげなく振仰いで笠の中から見た面を、お松は早くも認めて
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かりにその背広服を、直衣のうし直垂ひたたれにかえ、頭に冠をのせたら、人品すでに、その物である。学究臭いぎこちなさもなく、酒は余りけないが、話はすごくおもしろい。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)