森々しんしん)” の例文
三河様の邸跡は大樹が森々しんしんとして、細川邸とつづき塀越しに大川の水がすぐ目の前にあり、月見に有名な土地で、中洲は繁華になった。
旧聞日本橋:17 牢屋の原 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
御堂おどうさっと松風よりも杉のひのきの香の清々すがすがしい森々しんしんとした樹立こだちの中に、青龍の背をさながらの石段の上に玉面の獅子頭の如く築かれて
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
呟きながらたたずんだ所は、上松宿から横へそれた、巨木森々しんしんたる山の中であったが、あんまり周章あわてて走ったので、どうやら道を間違えたらしい。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
夜はいよいよ森々しんしんとしている。燕作は、なんだかゾッとして手がだせないでいた。そして、顔のしずくをなでまわした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
虎答えていわく、汝毛ちて森々しんしんたり、諸畜中下極たり、猪汝速やかに去るべし、糞臭堪ゆべからずと。
わらって、冷たい夜風が、こうこうと、淋しく溢れる堤に立って、薄雲に下弦の月は隠れているが、どんよりとした空の下に、森々しんしんと眠っている村落を見晴るかす。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
対岸には大きな山毛欅ぶなもみが、うす暗く森々しんしんと聳えてゐた。稀に熊笹がまばらになると、雁皮がんぴらしい花が赤く咲いた、湿気の多い草の間に、放牧の牛馬の足跡が見えた。
槍ヶ岳紀行 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
二百の谷々をうずめ、三百の神輿みこしを埋め、三千の悪僧を埋めて、なお余りある葉裏に、三藐三菩提さまくさぼだいの仏達を埋め尽くして、森々しんしんと半空にそびゆるは、伝教大師でんぎょうだいし以来の杉である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
本坊の前から炊谷かしきだにへかけて森々しんしんたる老杉ろうさんの中へ駕籠かごが進んで行く時分に、さきほどから小止みになっていた雨空の一角が破れて、そこから、かすかな月の光が洩れて出でました。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ある商人あきんど深更よふけ赤坂あかさかくに坂を通りかかった。左は紀州邸きしゅうてい築地ついじ塀、右はほり。そして、濠の向うは彦根ひこね藩邸の森々しんしんたる木立で、深更と言い自分の影法師がこわくなるくらいな物淋しさであった。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
余は桜花満開の日青木森々しんしん君と連れ立って大学の中を抜けておると医科大学の外科の玄関に鳴雪翁が立っておられて我らを呼びとめられた。翁の気色けしきが常ならんので怪みながら近よって見ると
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
城には喬木が森々しんしんと繁り、三方の池には白鳥がのどかに泳いでいる。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そらざまに取って照らすや、森々しんしんたる森のこずえ一処ひとところに、赤き光朦朧もうろうと浮きづるとともに、テントツツン、テントツツン、下方したかたかすめてはるかにきこゆ)
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
で、ご機嫌の変らぬうちに、よろしく下山をすすめようと思っていると、不意に、森々しんしんとした空気を破って
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その雪持ちの森々しんしんたる樹立こだちは互いに枝を重ね合い段々たる層を形成かたちづくって底に向かってなだれている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「すると公園内の老木は森々しんしんとして物凄ものすごいでしょう」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すぐその御手洗のそばに、三抱みかかえほどなる大榎おおえのきの枝が茂って、檜皮葺ひわだぶきの屋根を、森々しんしんと暗いまで緑に包んだ、棟の鰹木かつおぎを見れば、まがうべくもない女神じょしんである。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
清澄な空気、耳なれぬとりの声、森々しんしんと深まさる山また山。行けども山である、行けども山である。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
続いて「ヤッ」という気合の声! それに答える「エイッ」という声! 森々しんしんと更け渡った深夜ではあり、巨木矮林わいりん茂り重なった、木曽の山路であるだけに、恐ろしさも一層であった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
前棒さきぼう親仁おやじが、「この一山ひとやまの、見さっせえ、残らずとちの木の大木でゃ。皆五抱いつかかえ、七抱ななかかえじゃ。」「森々しんしんとしたもんでがんしょうが。」と後棒あとぼうことばを添える。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
導かれてそこに到れば、長松大柏ちょうしょうたいはく森々しんしんおくをおおい、南国の茂竹もちく椰子樹やしじゅ、紅紫の奇花など、籬落りらくとして、異香を風にひるがえし、おもわず恍惚とたたずみ見とれていた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下邸の夜は森々しんしんと更け、間毎々々の燈火ともしびも消え、わけても奥殿は淋しかった。
善悪両面鼠小僧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
よるの樹立の森々しんしんとしたのは、山颪やまおろしに、皆……散果ちりはてた柳の枝のしなふやうに見えて、鍵屋ののきを吹くのである。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
御林の旗幡きはんは整々と並び、氷雪をあざむくほこや鎗は凛々りんりん篝火かがりびに映え、威厳いげん森々しんしんたるものがあるので、さすがの蛮王も身をすくめてただらんたる眼ばかりキョロキョロうごかしていた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さかさになったまま掌に吸いつき、独楽は森々しんしんと廻っている。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
右斜めに、鉾形かまぼこがたの杉の大樹の、森々しんしんと虚空に茂った中にやしろがある。——こっちから、もう謹慎の意を表するさまに、ついた杖を地から挙げ、胸へ片手をつけた。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
禅定寺峠ぜんじょうじとうげ——、あの頂から少しくだって、森々しんしんたる日蔭へ入ると、右は沢へなだれて、密生したならの傾斜で、上にも、とちや松がい茂っており、旅馴れた者にも気味悪い暗緑な木下闇このしたやみ——。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜は森々しんしんと更けている。
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
山王様のおやしろで、むかし人身御供ごくうがあがったなどと申し伝えてございます。森々しんしんと、もの寂しいお社で。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、その時にはもう深い決意が範宴のはらにはすわっていた。彼の姿はやがて叡山えいざん森々しんしんと冷たい緑の気をたたえている道をのぼっている。大きな決意を抱いて一歩一歩に運ぶ足だった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
樹立こだち森々しんしんとして、いささかものすごいほどな坂道——岩膚いわはだを踏むようで、泥濘ぬかりはしないがつるつるとすべる。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はや森々しんしんたる華岳の参道を踏み登っていたのである。奏楽が起る。喨々りょうりょうと笛の音、金鈴きんれいのひびき。そして身は仙境を思わせるこうのけむりと一山の僧衆がしゅくと、整列するなかをすすんでいた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大楠おおくす老樫ふるかし森々しんしんと暗くそびえて、瑠璃るり瑪瑙めのうの盤、また薬研やげんが幾つも並んだように、わだかまった樹の根の脈々、いわの底、青い小石一つの、その下からも、むくむくとも噴出さず
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
森々しんしんと深まさるひのきさわ、タッタとそろう足音が、思わず足をかるくさせる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある寺に北辰ほくしん妙見宮のまします堂は、森々しんしんとした樹立こだちの中を、深く石段を上る高い処にある。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
地べたをさぐって般若丸はんにゃまるをひろい、果心居士かしんこじ右腕みぎうでにからみつくと、居士はわらでも持つようにフワリと竹童のからだを小脇こわきにかかえ、やがて、八神殿しんでん裏宮うらみやから境内けいだいをぬけ、森々しんしんたる木立こだちのおくへ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
森々しんしんと樹の茂った、お城の森の奥深く、貴女様、高く上りますのでござりますが、またこの石段がこわれごわれで、角の欠けた工合ぐあいこけの蒸しました塩梅あんばい、まるで、松のうろこ
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一歩一歩、山は森々しんしんと深くなってくる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
胎毒たいどくですか、また案じられた種痘うえぼうそうの頃でしたか、卯辰山うたつやまの下、あの鶯谷うぐいすだにの、中でも奥の寺へ、祖母に手をひかれては参詣をしました処、山門前の坂道が、両方森々しんしんとした樹立こだちでしょう。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
森々しんしんつるぎ
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勿体もったいつけるで、国々で名高い、湖や、潟ほど、大いなものではねえだがなす、むかしから、それを逢魔沼おうまぬまと云うほどでの、樹木が森々しんしんとしてすごいでや、めったに人が行がねえもんだで
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
森々しんしんたる日中ひなかの樹林、濃く黒く森に包まれて城の天守は前にそびゆる。茶店ちゃみせの横にも、見上みあげるばかりのえんじゅえのきの暗い影がもみかえでを薄くまじへて、藍緑らんりょくながれ群青ぐんじょうの瀬のある如き、たら/\あがりのこみちがある。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
森々しんしんたる日中ひなかの樹林、濃く黒く森に包まれて城の天守は前にそびゆる。茶店の横にも、見上るばかりのえんじゅえのきの暗い影がもみかえでを薄くまじえて、藍緑らんりょくながれ群青ぐんじょうの瀬のあるごとき、たらたらあがりのこみちがある。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
正面おなじく森々しんしんたる樹木の梢。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)