日和下駄ひよりげた)” の例文
出し半合羽はんがっぱ日和下駄ひよりげたにて浅草山あさくさやま宿辺しゅくへん住居すまいより木挽町楽屋へ通ひ衣裳かつら大小だいしょうの道具帳を書きまた番附表看板とうの下絵を綺麗に書く。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
白足袋でない鼠足袋というのを穿き、上汐あげしおの河流れを救って来たような日和下駄ひよりげたで小包をげ、黒の山岡頭巾を被って居ります。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
微笑と共に、彦兵衛は規則正しく雷のような音の響いてくる納戸の方をちらと見返りながら歪んだ日和下駄ひよりげたの上へ降り立った。
一人はステツキを持ち草履ざうり穿き、一人は日和下駄ひよりげたを穿いて、藪蔭を通り墓地を拔けて、小松の繁つてゐる後ろの山へ登つた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
暗い中から驟雨ゆうだちのような初夏の雨が吹きあげるように降っていた。道夫は傾斜こうばいの急なこみち日和下駄ひよりげた穿いた足端あしさきでさぐりさぐりおりて往った。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
傘がないので私は、着物のすそ端折はしおって、低い日和下駄ひよりげたでぴちゃぴちゃと泥をはねながら家々の軒下のきしたを伝って小隊を訪ねた。
日和下駄ひよりげたですもの、よほど上ったでしょう」と背中せなかを向いて見せる。御母さんと露子は同時に「おやまあ!」と申し合せたような驚き方をする。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
くび白羽二重しろはぶたえを捲きつけて、折り鞄を提げ、爪皮つまかわのかかった日和下駄ひよりげたをはいて、たまには下宿へもやって来るのを、お庄もちょいちょい見かけた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
夜目に際立って白い浴衣のすらりとした姿をチラチラと店灯みせあかりに浮き上らせてお鶴はいつもの通り蓮葉に日和下駄ひよりげたをカラコロと鳴らしてやって来る。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
これは私が自分で玉蜀黍たうもろこしを蒔いてよく出来たから見にきてと此間いつてやつたからのことで、私の大中好だいなかよしの人たち故、日和下駄ひよりげた一件は一寸ちよつと忘れてしまひ
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
御意で、恐縮をいたします……さような行力ぎょうりきがありますかい。はッはッ、もっとも足は達者で、御覧の通り日和下駄ひよりげたじゃ、ここらは先達めきましたな。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは脚だけの生きものでしかなかった。脚だけの生きものが、きゅっとしまった白い足袋をはき、赤鼻緒あかはなおのすがった軽いきり日和下駄ひよりげたをつっかけている。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
醫者いしや特別とくべつ出來事できごとがなければくるまにはらないので、いつも朴齒ほうば日和下駄ひよりげたみじか體躯からだをぽく/\とはこんでく。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
私は言われるままに、土のついた日和下駄ひよりげたを片手に下げながら、グラグラする猿階子をすがるようにして登った。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
そして、終日銚子を指でつかんだり、料理皿を掌にのせて、日和下駄ひよりげたで湿つぽい店の土間を絶間なく、お互ひにぶつかりさうになりながら、忙しく動いてゐる。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
うに卒業して、学生でもなく生徒でもなく、受験生という変体名称へんたいめいしょうの下に甲羅こうらへた髯武者達が来て、入学しない中から日和下駄ひよりげた穿いて周囲あたり睥睨へいげいしていた。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だが私の場合は違っていた。どの橋でも真新らしい日和下駄ひよりげたの前を橋板に突き当てて、こんと音をさせ、その拍子に後歯を橋板に落してからりと鳴らす必要があった。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
小僧の一人が揃えて出した日和下駄ひよりげたを突かけて、新刊書類の建看板が未に生乾きのペンキのにおいを漂わしている後から、アスファルトの往来へひょいと一足踏み出すと
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼の穿いたのはその内の朴歯ほおば日和下駄ひよりげたであったが、若しそうでなく、もう一つのきり地下穿じかばきの方を穿いていたなら、或はあんなことにならなくて済んだのかも知れないのだ。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
嫌味のない棒ステッキ、毛皮のトンビに白の繻子しゅす足袋、ま新しい正の日和下駄ひよりげた、と云った一分の隙もないこしらえを与えられ、愈々いよいよ目的の家に向って、その不思議な使命を果すために
自殺を買う話 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
あたしたちが牢屋ろうやはらとよぶ、以前もとの伝馬町大牢のあった後の町から、夕方になると、蝙蝠こうもりにおくられて、日和下駄ひよりげたをならして弁当箱をさげて、宿とまり番に通って来てくれたのだった。
朝野光男の下駄のようなすり切れた歯をずるずるきずっているような音は、いやだが、いかにもなまめかしい足もとを想わせる、日和下駄ひよりげたの薄歯のキッキッといきに鳴っているのなどは
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
傘をおおげさにふり、朴歯ほおば日和下駄ひよりげたを踏石にかたかた鳴らして風を切るように駆けだすクニ子の後姿を見送り、実枝はふう、と声に出して息をついた。縁に腰をかけ、先刻さっきとはあべこべに
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
河岸の石垣の上から穿いて来た赤い鼻緒の日和下駄ひよりげたを穿いているが、これはどうやら身投みなげ女の遺留品らしい。成る程、実験用の犬屋というものはコンナ姿のもんかなと思ったから黙ってうなずいた。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
歯の曲がった日和下駄ひよりげたを鳴らして、万年門弟たちが、逃げ去った。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日和下駄ひよりげたの鼻緒が切れてしまいました。
真鬼偽鬼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
去年の暮巌谷四六いわやしろく君(小波先生令弟)とはからず木曜会忘年会の席上に邂逅かいこうした時談話はたまたまわが『日和下駄ひよりげた』の事に及んだ。
毛糸の手袋てぶくろめ、白足袋しろたび日和下駄ひよりげたで、一見、僧侶そうりょよりは世の中の宗匠そうしょうというものに、それよりもむしろ俗か。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庸三は日和下駄ひよりげたを突っかけて門を出たが、祝福の意味で二人を劇場近くにある鳥料理へ案内した。しかし二人の結婚が決裂するのに三月とはかからなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おまへもあの女に今まで可愛がつておもらひだつたから、日和下駄ひよりげたの一足もそれで買つておやりだといいネ。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
これにお菊の死骸を結んで沈めたのだから、桶一杯の水が紫色に濁っていたが、三次が足を掛けて水を溢すと、底から、お菊の黒塗の日和下駄ひよりげたが片方だけ出て来た。
ところがそれよりも先にけたたましい日和下駄ひよりげたの音が、改札口の方から聞え出したと思うと、間もなく車掌の何か云いののしる声と共に、私の乗っている二等室の戸ががらりと開いて
蜜柑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのすらりとした後姿を見せて蓮葉に日和下駄ひよりげたを鳴らして行くお鶴と、物を言わない時でも底深く漂う水のような涼しい眼を持ったお鶴とをことさら瞭然はっきりと想い出すことが出来る。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
下町へ行こうと思って、日和下駄ひよりげたなどを穿いて出ようものなら、きっと非道ひどい目にあうにきまっていた。あすこの霜融しもどけは雨よりも雪よりも恐ろしいもののように私の頭にんでいる。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
汽車の中で何も食べなかったためかお腹がいていたので、台所の戸棚を開けて食べものを探し、残り物で独り、御飯を食べていると、表通りに日和下駄ひよりげたの音がした。叔母が帰って来たのだ。
しかも下駄を買うのをわすれて古びた日和下駄ひよりげたをはいていったと——
声高に話し合って、カラカラと日和下駄ひよりげたを引きずって行くのや、酒に酔って流行唄はやりうたをどなって行くのや、至極天下泰平なことだ。そして、障子一重の家の中には、一人の女が惨殺されて横わっている。
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一人はステッキを持ち草履ぞうり穿き、一人は日和下駄ひよりげたを穿いて、藪蔭やぶかげを通り墓地を抜けて、小松の繁っている後の山へ登った。息休めもしないで一気に登ったので、二人の額からは汗がぼたぼた落ちた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
かくの如く私が好んで日和下駄ひよりげたをカラカラならして行く裏通うらどおりにはきまって淫祠いんしがある。淫祠は昔から今に至るまで政府の庇護を受けたことはない。
毛糸けいと手袋てぶくろめ、白足袋しろたびに、日和下駄ひよりげたで、一見いつけん僧侶そうりよよりはなか宗匠そうしやうといふものに、それよりもむしぞく
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
四十から五十代の女が、日和下駄ひよりげたをはいて手に袋をさげて、幾人となくその門をくぐって行った。中には相場師のような男や、意気な姿の女なども目に立った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
味噌蔵から勝手口まで長さ二間ばかりの杉並四分板を置いた粘土のならし、その土の上に、草鞋の跡と女の日和下駄ひよりげたの歯形とがはっきり着いている。二つとも新しい。
自分は門を出ると同時に、日和下駄ひよりげたをはいているのに心づいた。しかもその日和下駄は左の前鼻緒まえばなおがゆるんでいた。自分は何だかこの鼻緒が切れると、子供の命も終りそうな気がした。
子供の病気:一游亭に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「どこに」と孤堂先生は足をそろえる暇もなく、そのまま日和下駄ひよりげたの前歯を傾けて背延せいのびをする。先生の腰が中心を失いかけたところを、後ろから気の早い文明の民がしかかる。先生はのめった。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人並はずれてせいが高い上にわたしはいつも日和下駄ひよりげたをはき蝙蝠傘こうもりがさを持って歩く。いかにく晴れた日でも日和下駄に蝙蝠傘でなければ安心がならぬ。
おもはずわらつたが、これはわからなかつた。やつこはけろりとして、つめたいか、日和下駄ひよりげたをかた/\と高足たかあし踏鳴ふみならす。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ところがそれよりもさきにけたたましい日和下駄ひよりげたおとが、改札口かいさつぐちはうからきこしたとおもふと、もなく車掌しやしやうなにののしこゑともに、わたくしつてゐる二とうしつががらりといて十三四の小娘こむすめ一人ひとり
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
鉄漿溝おはぐろどぶというのについて揚屋町あげやまちの裏の田町の方へ、紺足袋に日和下駄ひよりげた、後の減ったる代物しろもの、一体なら此奴こいつ豪勢に発奮はずむのだけれども、一進が一十いっし二八にっぱちの二月で工面が悪し
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四、五年来、わたくしが郊外を散行するのは、かつて『日和下駄ひよりげた』の一書をあらわした時のように、市街河川の美観を論述するのでもなく、また寺社墳墓を尋ねるためでもない。
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
つづいて尻端折しりはしおり股引ももひきにゴム靴をはいた請負師うけおいしらしい男の通ったあとしばらくしてから、蝙蝠傘こうもりがさと小包を提げた貧しな女房が日和下駄ひよりげたで色気もなく砂を蹴立けたてて大股おおまたに歩いて行った。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)