すく)” の例文
姫は悲しさに、もろ手を以てすくはうとする。むすんでも/\水のやうに、手股たなまたから流れ去る白玉——。玉が再び砂の上に並んで見える。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
侯爵はそこで体をかがめた。指で雪をすくひ上げてぢつと見詰めた。それから手首を外側へしなはせると雪片は払ふまでもなく落ちた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
とたんに、紙帳の裾がひるがえり、内部うちからすくうように斬り上げた刀が、廊下にころがったままで燃えている、燭台の燈に一瞬間輝いた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
親衛隊の二騎が馬から下りもせず、左右からさっと単于をすくい上げると、全隊がたちまちこれを中に囲んですばやく退いて行った。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
信長は、その間に、堂の横手に見える池へ寄って、暑熱にかわききッた足軽たちが、争って、すくった水を飲んでいるのを遠くながめ
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
千代子がかゆ一匙ひとさじずつすくって口へ入れてやるたびに、宵子はおいしい旨しいだの、ちょうだいちょうだいだのいろいろな芸をいられた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……すくい残りのちゃっこい鰯子いわしこが、チ、チ、チ、(笑う。)……青いひれの行列で、巌竃いわかまどの中を、きらきらきらきら、日南ひなたぼっこ。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其中を押し分けて行くと、歩くたびに足をすくわれて漸く谷底近くまで辿り着く間に、幾度となく前にのめったり横に倒れたりした。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
十分と経たないうちに死んでしまうから駄目なんですってよ……そうして二日目か三日目越しに、竹の耳掻きすくいずつやして行って
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
参木は宮子のピジャマの足をすくうように抱き上げると、絨氈の真中できりきり速度を加えて廻り出した。と、足が曲った。二人は倒れた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
洗面所のところで予科の学生が、ふだん畳んでしまわれてばかりいるのできっちり折目の立った銘仙の長い二つの袂を肩の上へすくいあげて
海流 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
自分のすぐと後ろの方へそのまま持って行くので、そうすると後ろに船頭がいますから、これが攩網たまをしゃんと持っていましてすくい取ります。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
午後から網で雑魚をすくいに行った。やなぎ、おかめ、ごま鮒、鮒、金こ、などが捕れた、それらのスケッチをした。今日は観艦式があった。
彼は昂然かうぜんとゆるやかに胸をらし、踏張つて力む私の襟頸えりくびと袖とを持ち、足で時折りすくつて見たりしながら、実に悠揚いうやう迫らざるものがある。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
それをそっくり鍋へ入れて弱い火で気長に煮るのですがアクが浮いて来ますから幾度いくたびもそれを匙ですくい取らないといけません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
母は慌ててそれをツケギですくい取るやら、そのあとを雑巾ぞうきんで拭くやら(恐らく父に内証にするため、大急ぎで)していたが
私の母 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
すると私もスコップを握り、同量の石炭をすくって投げ込みながら、火層の出来栄えについて納得するまで説明を繰り返した。
月光が彼のベッドのあらゆるくぼみに満ちあふれ、すくえると思いました。高橋は、両の眉毛をきれいにり落していました。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
(僕はそこへ金魚にやる孑孑ぼうふらすくひに行つたことをきのふのやうに覚えてゐる。)しかし「御維新ごゐしん」以前には溝よりも堀に近かつたのであらう。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
浅草公園のある演芸場に出ている「どじょうすくい」の女芸人に助ちゃんが夢中になっているといううわさを。越春さんは茶の間で祖母と話していた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
ハッとすると、何かしら柔かい物が彼の足をすくった。不意をうたれて、みじめにぶっ倒れた。冷い土が鼻面に、口の中に。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
銀子はそこで七八つになり、昼前は筏に乗ったり、攩網たもふなすくったり、石垣いしがきすきに手を入れて小蟹こがにを捕ったりしていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
藻の間をすくった叉手を、父がおかへほおりあげると、私は網の中から小蝦を拾った。藻とあくたに濡れたなかに、小さな灰色の蝦がピンピン跳ねている。
父の俤 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
おかみさんは赤漆塗あかうるしぬりのはちの上にざるを置いて、をけの中から半分つぶれた葡萄ぶだうの粒を、両手にすくって、お握りを作るやうな工合ぐあひにしぼりはじめました。
葡萄水 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
のみならず、鋭利な刃物ですくいとるように陰部を切りとって、陰毛をせた一片の肉塊が、かたわらの壁の根に落ちていた。そればかりではない。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
クゥシェ母子の死体はアセチレン酸素のトーチ・ランプの強い炎で焼かれ、翌日の午前三時には、ショヴェルで三すくいほどの軽い灰になっていた。
青髯二百八十三人の妻 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
マヌエラは足もとをすくわれてずでんと倒れたが、夢中でつたにすがりつきほっと上をみると、今しも森が沈んでゆくのだ。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ラジオのスイッチを開けて、一方では音楽を聴きながら、一方ではその間も手を休めずに、牛乳をさじすくっては赤ちゃんに飲ましておられますの。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
胡頽子ぐみの樹の下で、お雪は腰をかがめて、冷い水を手にすくった。隣の竹藪たけやぶの方から草を押して落ちて来る水は、見ているうちに石の間を流れて行く。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と一杯すくい上げてこぼれない様に、たいらに柄杓のくわえて蔦蔓つたかづらすがり、松柏の根方を足掛りにして、揺れても澪れない様にして段々登って来る処を
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
『そら、そこに、湯の元があるだらう。そこで、柄杓ひしやくで湯をすくつて飲んだり何かしたんだよ。覚えてゐないかねえ?』
父親 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
彦は何かぶつぶつ口の中で呟きながら表の板戸をてようとしていた時、その彦兵衛の足をすくわん許りに突然いきなり一匹の大きな四つ足が飛び込んで来た。
『何だ何だあぶない! どうしたッ?』とすくうようにして僕を起こした。僕はそのまま小藪のなかに飛び込んだ。そして叔父さんも続いて飛び込んだ。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
先刻せんこくたきのやうに降注ふりそゝいだ雨水あめみづは、艇底ていてい一面いちめんたまつてる、隨分ずいぶん生温なまぬるい、いやあぢだが、其樣事そんなことは云つてられぬ。兩手りようてすくつて、うしのやうにんだ。
一人のむすめじょちゅうれて、枝に着いた梅の花をいじりながら歩いていた。それは珍らしい容色きりょうで、その笑うさまは手にすくってとりたいほどであった。
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
その足もとを何ものかにさッとすくわれた。不覚にも彼は、がばッと前のめりにぶッ倒れた。下に寝ていた朋輩の頭を、それでも手で押しのけていたが。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
それから静三をすくうようにして、前の方の席に乗せるのであった。詰襟の黒い服を着、細長いずぼんを穿いた笠岡はどこか敏捷で花車きゃしゃなところがあった。
昔の店 (新字新仮名) / 原民喜(著)
大きくなって舟に乗せると、不思議そうに山を見水を見て居たが、やがもみじのような手に水をすくってはこぼし掬ってはこぼして、少しも恐れる様子がない。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そしてそうした大きな鯉の場合は、家から出てきた髪をハイカラにった若い細君の手で、すくい網のまま天秤てんびんにかけられて、すぐまた池の中へ放される。
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
ね返した痕跡が割れ目を生じたころは、雪は一方にうずたかく盛り上られ、一方ではすくわれたようにげっそりとへこむ。
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
小川の魚をすくっては百姓達に怒鳴りちらされ、雲雀ひばりの巣を探っては、こえびしゃくで追っかけまわされた。そんな苦々しい思い出ばかりがいてくる。——
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
柵と櫻樹の間には一條の淺い溝があつて、すくはば凝つて掌上てのひらたまともなるべき程澄みに澄んだ秋の水が、白い柵と紅い櫻の葉の影とを浮べて流れて居る。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
立ち寄って覗くとその甕の内には七分目ほどの水が汲み込んであるので、かれは両手にすくってしたたかに飲んだ。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
池のおもてからすくわれたさざなみのように、風に吹かれた葉が空にただようかのように、優雅で繊細である。そのような類似が自然のうちには見られる。
「なんだろう、僕が取って上げよう。」と太郎は水の中に手をひたしますと底は浅いからぐ手は届きましたが、いくらすくって見ても光るものに当りません。
百合の花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
のどが乾いて居りますから一掬ひとすくい飲んで見ると手は縮み上がる程冷たいので、二度とすくって飲む勇気がなかった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
喧嘩にかけて敏捷ながんりきは、足をすくって組みついていた方の覆面の侍を打倒ぶったおして、今お角を蹴倒して刀を持って逃げようとする侍の行手に立ちはだかる。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さやの違いのあるのは気がつかない。精々二三円のところをすくって得意がっているから、仕事が小さい。僕は十円以下は問題にしない。相場師は要するに鞘師さやしだ。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
⦅と申しましても私は如何程酒精分を摂っても足許をすくわれる程所謂泥酔の境地はかつて経験した事無く
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
それから高一は、口の中で、「奥の山のぢぢばばア、金太の目へゴミが入つた、貝殻杓子かひがらじやくしすくうてくれ!」
栗ひろひ週間 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)