いわ)” の例文
旧字:
城下より来たりて源叔父の舟頼まんものは海に突出つきいでいわに腰を掛けしことしばしばなり、今は火薬の力もてあやうき崖も裂かれたれど。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それは、いわの根にかくれたので、やがて、縁日ものの竜燈のごとく、雑樹ぞうきこずえへかかった。それは崖へ上って街道へ出たのであった。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
千山はとうの時代に開いた梵刹ぼんさつで、今だに残っているのは、牛でもなければ豚でもない、ただ山と谷といわと御寺と坊主だけであるから
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それをいわの角へ持って行って軽く当てると、すんなりと延びたのを、そのまま口へ持って行って、頭からガリガリとかじりました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何故なぜかともうすに、いわうえから見渡みわたす一たい景色けしきが、どうても昔馴染むかしなじみ三浦みうら西海岸にしかいがん何所どこやら似通にかよってるのでございますから……。
また那智で一丈四方ほどの一枚いわ全くこの藻をかぶりそれから対岸の石造水道を溯って花崗石作りの手水鉢ちょうずばちの下から半面ほど登りあるを見た
そりゃ、あなた、日本の国情がどうあろうと、こっちの言い分が通るまでは動かないというふうに——槓杆てこでも動かないいわのような権幕けんまくで。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
真先まっさきに立ちたる未醒みせい君、立留たちどまって、一行を顧みた。見ればまさしく橋は陥落して、碧流へきりゅういわむ。一行相顧みて唖然あぜんたり。
そう云って、忠左衛門と対した時には、すでに、この大危局を肩にのせて、いわか人間かのように坐っている国家老の内蔵助ではあったが——。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この神秘を知っている若いサラリーマン達の間には、このエレヴェーター附近を「佐用媛さよひめいわ」と呼び慣わしていた。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
向いの小島へ落ちる夕日は極楽の光のように空を染めていた。漁夫の身体つきからして昔はいわのようだったり枯木のようだったりしておもしろかった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
かかる町にイエスは来られ、いわをかんで流れる奔湍ほんたんのそばに下り立ち給うたのです。ああ、はるばるも来たものだ。
風はいわも動かすという言葉に真理がある、慎み深い貴女きじょも風のために端へ出ておられて、自分に珍しい喜びを与えたのであると中将は思ったのであった。
源氏物語:28 野分 (新字新仮名) / 紫式部(著)
どうしてこんな奇体きたいな名前がついたのか、それをいちばんはじめから、すっかり知っているものは、おれ一人だと黒坂森のまんなかのおおきないわが、ある日
狼森と笊森、盗森 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
一部は橋のたもとから突出たいわさまたげられてこゝにふちたたえ、余の水は其まゝ押流して、余が立って居る岬角こうかくって、また下手対岸の蒼黒い巌壁がんぺきにぶつかると
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それが俺のあやまりであったよ、その翌晩あくるばんになると、俺はまたふらふらと岬の下へ往ったが、だ月が出ていないので、いわに腰をかけて待っていた、しかしその時は
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
成経 わしは昨日きのういわの上に立って、一そうの船も見えない、荒れ狂う海を見ていたとき、強い強い誘惑ゆうわくを感じた。わしは足がすべって前にのめりそうな気がした。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
雪田までが誘れ気味にヨロヨロと起ち上って、屋根ほどの大きないわもたれかかりさま向うを覗いている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
いわ屏風びょうぶのように立っている。登山をする人が、始めて深山薄雪草みやまうすゆきそうの白い花を見付けて喜ぶのは、ここの谷間である。フランツはいつもここへ来てハルロオと呼ぶ。
木精 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
天狗てんぐの話も山陰方面にすくなくない。因州には天狗いわというものがある。その場所は網代浦である。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
当日尊者はそのコンボ河畔の大なるいわの上に白装束のまませられて居ります。そこはいわゆる死刑に処する場所でありますので、尊者は静かにお経を読まれて居った。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「余のもんがこすったんじゃア、はえがすべってるほどにも感じねえというんで、こちとら真っ赤になってフウフウいって流すんだが、イヤまったくいわみてえなからだだよ」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
恐ろしい大きな高いいわ前途ゆくてに横たわっていて、あのさきへ行くのか知らんと疑われるような覚束おぼつかない路を辿たどって行くと、かろうじてその岩岨いわそばいとのような道が付いていて
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
最初は、眼にもとまらぬ狭い小島で、水面とすれすれになってるいわである。それらのものの周囲には、夜が明けゆく薄ら明りの中に、静かに大きい水脈がずっとひろがってゆく。
法水のりみず麟太郎りんたろうと支倉検事が「鷹の城ハビヒツブルグ」を訪れたのは、かれこれひるを廻って二時に近かったが、陽盛りのその頃は、漁具の鹹気しおけがぷんぷん匂ってきて、いわは錆色に照りつけられていた。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そこは恐ろしいほど切り立った崖で、下を見下みおろすと約百米突メートルばかりの深い絶壁で、その下には大きないわに波が恐ろしいいきおいで打ちつけている。たぶんそこへ投げ捨てたものと思われる。
すずりの海の底深ういわのやうにこびりつきたる墨のかす洗ひ落すには如何いかにすればよき。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
燦爛さんらんと飛び込めば海が胸につかえる泳げば流るる力いつぱいんばれいわうへの男
真珠抄 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
白帆は早やなぎさ彼方かなたに、上からはたいらであったが、胸より高くうずくまる、海の中なるいわかげを、明石の浦の朝霧に島がくれく風情にして。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがてきついたところはそそりおおきないわいわとのあいだえぐりとったようなせま峡路はざまで、そのおくふかふか洞窟どうくつになってります。
根をふかく土にかくしているいわみたいに、今日の彼は、いつもの正成ともみえず何かうごかぬものをその姿にもっていた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
残りの三人宙を飛んでけつけた。岩にせばまれたる一条の水路、懸崖百尺の九天よりすさまじき音響を立て、落下する。いわに飛び散る霧は雨のよう。
夜勤やきんの署員たちは、熊岡の声に、一斉いっせいに入口の方を見た。しかし今しがたまでギーッ、ギーッと動いていた重い扉はピタリと停っていわのように動かない。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかしその粟餅も、時節がら、ずいぶん小さくなったが、これもどうも仕方がないと、黒坂森のまん中のまっくろなおおきないわがおしまいに云っていました。
狼森と笊森、盗森 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
と言って、清吉と呼ばれた若い男が、いわの上に立っていた人から遠眼鏡を受取りました。受取って危なかしい手つきをしながら、眼のふちへ持って行って
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
掘崩ほりくずした土の上に悠然ゆうぜんそばだって、吾らのために道を譲る景色けしきはない。向うで聞かぬ上は乗り越すか、廻らなければならん。いわのない所でさえるきよくはない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
背後うしろの方で老宰相のあえぎあえぎ云うのが聞えた。小さな青い鳥が左側のいわとがりにとまって、く、く、くと耳にみるように鳴いた。李張の眼がそれに往った。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
尊を葬ったてふ花の窟または般若の窟土俗オ○コ岩と称う。高さ二十七間てふいわに陰相の窟を具う。
作品を読んで慕って来た大石に逢ったときは、その人が自分の想像にえがいていた人と違ってはいないのに、どうも険しいいわの前に立ったような心持がしてならなかった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
少年はごつごつしたいわの上を通ったり、谷を通ったりして岬の方へ進んだ。
幾たびか岩かどにつまずきては倒れ、また起きあがる。息をきつつ後ろを透かしながめ、よろめきつつ岩をよじのぼり、けわしきいわかどに突き立つ。手足、顔のところどころ傷つき血痕けっこん付着す。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
松の根はいわの如く、狭い土地一面に張り出していて、その上には小さい木箱のような庚申塚こうしんづか、すこし離れて、冬枯れした藤棚ふじだなの下には、帝釈天たいしゃくてんを彫り出した石碑が二ツ三ツ捨てたように置いてある。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
小村さんは一旦外へ出たが、出ると、すぐ、横の崖かいわを滴る、ひたひたと清水の音に、用心のため引返して、駅員に訊いたのであった。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ると、水辺すいえんの、とある巨大おおきいわうえには六十前後ぜんごゆる、一人ひとり老人ろうじんが、たたずんで私達わたくしたちるのをってりました。
かの松浦佐用媛まつうらさよひめが、帰りくる人の姿を海原うなばら遠くに求めて得ず、遂にいわに化したという故事こじから名付けたもので
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
試みに風ぎたる日、いわの上にたたずんで遠く外洋そとうみの方をながむる人は、物凄き一条のうしおが渦巻き流れて、伊豆の方へ向って走るのを見ることができましょう。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
英田川あいだがわの上流をなしている奔湍ほんたんは、その脚下、百尺のいわから巌へぶつかって、どうどうと、吠えくるッている。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
筑摩川ちくまがわの上流の何とかいう所から河を隔てて向うの山を見ると、いわの上に熊がごろごろ昼寝をしているなどはまだ尋常の方なので、それが一層色づいて来ると
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山の中程には大きな巌石がんせき屏風びょうぶを立てたようにそびえた処があった。宣揚はそこまでおりて来ると疲労くたびれて苦しくなって来たので、みちぶちのいわに腰をかけて休んでいた。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
行くこと数里、深山幽谷深かく分け入ると、谿川の流れいわに激しく、奔流矢を射るごとき淵に出た。