崖下がけした)” の例文
父はもう片足の下駄げたを手に取っていた。そしてそれで母を撲りつけた。その上、母の胸倉むなぐらつかんで、崖下がけしたき落すと母をおどかした。
地震ぢしん場合ばあひ崖下がいか危險きけんなことはいふまでもない。横須賀停車場よこすかていしやばまへつたものは、其處そこ崖下がけした石地藏いしじぞうてるをづくであらう。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
嘗て魔界の一ときを経歴したあと、芝の白金でも、今里でも、隠逸の形を取った崖下がけしたであるとか一樹の蔭であるとかいう位置の家を選んだ。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私は静岡県の古い道路をあるいていて、ある一つの坂の崖下がけしたに、四角な穴を掘りくぼめて、本ものの馬の頭骨を安置したのを見たことがある。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
山手線の朝の七時二十分の上り汽車が、代々木よよぎの電車停留場の崖下がけしたを地響きさせて通るころ、千駄谷せんだがや田畝たんぼをてくてくと歩いていく男がある。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
坂を下りて、一度ぐっと低くなる窪地くぼちで、途中街燈の光が途絶えて、鯨が寝たような黒い道があった。鳥居坂の崖下がけしたから、ヶ窪の辺らしい。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
西願寺の崖下がけしたに、殆んど毀れかかった共同便所がある。ずっと以前から使われなくなったので、朽ち乾いた板切れをつくねたようにしかみえない。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
神田明神の崖下がけしたの、ケチな長屋。現在でいうなら、千代田区神田台所町……昔は、敬称をつけて、お台所町と呼んだ。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
宗助は自分が坂井の崖下がけしたの暗い部屋に寝ていたのでないと意識するやいなや、すぐ起き上がった。縁へ出ると、軒端のきばに高く大覇王樹おおさぼてんの影が眼に映った。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
崖下がけしたにある一構えの第宅やしきは郷士の住処すみかと見え、よほど古びてはいるが、骨太く粧飾かざり少く、夕顔の干物ひもの衣物きものとした小柴垣こしばがきがその周囲まわりを取り巻いている。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
金剛山を真正面にのぞみ、千早川ちはやがわ崖下がけしたにめぐらしている丘陵のここ一角は、庭といっては当らないほどな山間の自然を、ひっそりと、抱きかかえていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お雪は封筒の裏に自分の名も書かずに置いた。箪笥たんすの上にそれを置いたまま、妹を連れて、鉄道の踏切からずっとまだ向の崖下がけしたにある温泉へ入浴はいりに行った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
尤も南をうけた崖下がけしたの暖かいくまなぞには、ドウやらするとすみれの一輪、紫に笑んで居ることもあるが、二月は中々寒い。下旬になると、雲雀ひばりが鳴きはじめる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
なるほど、落ち葉に交じって無数のどんぐりが、てた崖下がけしたの土にころがっている。妻はそこへしゃがんで熱心に拾いはじめる。見るまに左の手のひらにいっぱいになる。
どんぐり (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その日も青二は、べんとうを放送局の裏口の受付にとどけ、守衛の父親から鉛筆を一本おだちんにもらい、それをポケットにいれて、崖下がけしたの道を引っかえしていったのである。
透明猫 (新字新仮名) / 海野十三(著)
南向きの障子には一ぱい暖かい日がして、そこを明けると崖下がけしたを流れている江戸川を越して牛込の窪地くぼちの向うに赤城あかぎから築土八幡つくどはちまんにつづく高台がぼうともやにとざされている。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
始めて引越して来たころには、近処の崖下がけしたには、茅葺かやぶき屋根の家が残っていて、昼中ひるなかにわとりが鳴いていたほどであったから、鐘のも今日よりは、もっと度々聞えていたはずである。
鐘の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
裏は崖下がけしたの広い空地で、厚くしげったささや夏草の上を、真昼の風がざわざわと吹き渡った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
崖下がけしたの岸に沿うて、山吹が茂り咲いている。そこへ鉋屑が流れて来たのである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
すると城の奥、二丈ばかりの崖下がけしたで敵と渡り合う源太を見つけた。
崖下がけしたのかの狂人きちがひの一軒家赤くかがやきかがやきやまず
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
けてゆく、雲のまつくろけの崖下がけしたを。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
宗助そうすけ自分じぶん坂井さかゐ崖下がけしたくら部屋へやてゐたのでないと意識いしきするやいなや、すぐがつた。えんると、軒端のきばたか大霸王樹おほさぼてんかげうつつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
おなつの生れて育った組長屋は、願成寺という寺のある丘の崖下がけしたにあり、片方がかなり広い草原になっていた。
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お茶の水の崖下がけしたに死骸が引つ掛つて居るのを通行人に見付けられ、それから大騷動になつたといふことでした。
わが、辻三がこの声を聞いたのは、麹町こうじまち——番町も土手下り、湿けた崖下がけした窪地くぼちの寒々とした処であった。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この神田川の苦労の跡を調べることも哀れ深いが、もとこの神田川は麹町台こうじまちだい崖下がけしたに沿って流れ、九段下から丸の内に入って日本橋川に通じ、芝浦の海に口を開いていた。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それは旗男の東京の家の崖下がけしたに、小さな工場を持っている鍛冶屋の大将鉄造さんだった。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
南側の町裏に当たる崖下がけしたの位置に、静かな細道に添い、すぎえのきの木の影を落としているあたりは、水くみの女どもが集まる場所で、町内の出来事はその隠れた位置で手に取るようにわかった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その次には、喜いちゃんが、毛糸で奇麗きれいかがった護謨毬ゴムまり崖下がけしたへ落したのを、与吉が拾ってなかなか渡さなかった。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ね、驚くでせう親分。あの打ち殺しても死にさうも無い、ノラリクラリとしたうなぎ野郎の與三郎が、腦天なうてんを石で割られてお茶の水の崖下がけしたに投り出されてゐるんだ」
氷柱つららの結ぶ崖下がけしたの穴や、それから吹溜りに蠢動しゅんどうする熊の背などが、心をそそるように眼にうかぶ……熊がどの穴からどの道を通るか、鹿はどっちからどの林へ追込むか
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「いや、……崖下がけしたのあの谷には、魔窟があると言う。……その種々いろいろの意味で。……何しろ十年ばかり前には、暴風雨あらしに崖くずれがあって、大分、人が死んだところだから。」
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
亭の前の崖下がけした生洲いけすになっていて、竹笠たけがさかぶった邦人の客が五六人釣をしている。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
崖下がけしたには乗合馬車が待っていた。車の中には二三の客もあった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
崖下がけしたみち
透明猫 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「私が採って来たんですよ」佐久馬が不審そうに云った、「天神山の崖下がけしたに咲いているのをみつけて、あね上のお好きな花だから折って来たんです、忘れたんですか」
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「さあきて頂戴ちようだい」にかはだけであつた。しか今日けふ昨夕ゆうべことなんとなくにかゝるので、御米およねむかひないうち宗助そうすけとこはなれた。さうしてすぐ崖下がけした雨戸あまどつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
づおまをすが、唯今たゞいまさかの、われらが片寄かたよつて路傍みちばたちました……崖下がけしたに、づら/\となぞへにならびました瓦斯燈がすとうは、幾基いくだいところあかりいて、幾基いくだいところえてります。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
夜露にあてた方がよかろうと云うので、崖下がけしたの雨戸を明けて、庭先にそれを二つ並べて置いた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「——おらあ崖下がけしたの勘太てえもんだ、いくらおちぶれたって侍のはしくれなら竹光ぐれえは差してる筈だ、人をめやがって、浪人だと云えばおらっちが腰を抜かすとでも思やがるのか」
雪の上の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こだまいて、崖下がけしたなかふかく、画工ゑかきさんのぶのがこえて
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
夜露よつゆてたはうからうとふので、崖下がけした雨戸あまどけて、庭先にわさきにそれをふたならべていた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
始めはわずか二三軒かと思ったら、登るに従って続々あらわれて来た。大きさも長さも似たもんで、みんな崖下がけしたにあるんだから位地にも変りはないが、むきだけは各々めいめい違ってる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)