おさ)” の例文
旧字:
それはとてもおさへられないで思はず声に出してしまつたと言つた風だつた。寧ろ子供つぽいよろこびが生々と光代の心に燃えた。——
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ここのおさえは、越後にとっても絶対的なものであると等しく、甲斐の武田家にとっても、最大価値をもって見られているものだった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風船を両手でかき集め、しっかりおさえたい衝動に駆られた。だが私も、刑務所生活をして、いやにキョトキョトして来たものである。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ちょうど真蔵が窓から見下みおろした時は土竈炭どがまずみたもとに入れ佐倉炭さくらを前掛に包んで左の手でおさえ、更に一個ひとつ取ろうとするところであったが
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それでも箱の中が気にかかって、そわそわして手も震い、動悸どうきの躍るのを忘れるばかり、写真でおさえて、一生懸命になってふたを開けた。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「貴様は大事の/\わしの坊やを、其の石でおさへ殺したんだな。今にかたきうつてやるぞ!」と、叫びながら、鋭いきばを剥き出しました。
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
今日限りである、今朝が別れであると言ッた善吉の言葉は、吉里の心に妙にはかなく情なく感じて、何だか胸をおさえられるようだ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
そうして、胸をおさえると彼の姿は夜霧の中に消えていった。しかし、間もなく、彼の足音に代って石を打つ木靴きぐつの音が聞えて来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
まず、稚市ちごいちを階段の中途に裾えて足でおさえ、隠し持った二本の筒龕燈つつがんどうを、いつなんどきでも点火できるよう、両手に握り占めた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しゅうの威光で手代をおさえ付けた。二人は泣いて諦めるより他はなかった。縁談は滑るように進んで、婚礼の日は漸次しだいに近づいた。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さしもに猛き黄金丸も、人間ひと牙向はむかふこともならねば、ぢつと無念をおさゆれど、くやし涙に地は掘れて、悶踏あしずりに木も動揺ゆらぐめり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
だが敵もさるもの、投げ倒されると同時に、長い身体をローラーの様に、クルクルクルと転がって、次に来る敵のおさえ込みに空をうたせた。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
無論腕木うでぎの支柱があり、黒鉄の上下こうが横斜めに構えてはいた。その把手ハンドルを菜っ葉服の一人が両手でしっかと引き降しにおさえた刹那せつなである。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そして、一度負けたが最後頭の上がらない鶏のように、その後は、彼を永久におさえつける一種の不快な、重しになるであろう。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
新吉はいつもの生理的な不安な気持ちに襲われ胃嚢いぶくろおさえながら寝椅子から下りた。早くアッペリチーフを飲みたいものだ。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
まことにおそろしいと言うことを覚えぬ郎女にしては、初めてまざまざと、おさえられるようなこわさを知った。あああの歌が、胸に生きかえって来る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
鬼怒川畔の男女の悲劇は、人情味におされて、折角の凄いところが出て来ないのを遺憾に思つた。昔見た時には、もつと凄味が多かつたと思つた。
初冬の記事 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
それほど声はきびしくおさえつけるものがあった。われ知らず頭がさがって、心より先に身体が平たくかしこまったように見えた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
まだそのような未開野蛮時代の道徳で婦人をおさえ附けようとする教育家諸先生の頭脳あたまの古風なのに驚かねばなりません。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
平次は二人をおさえました。路地の奥から、軽い人の跫音あしおとがして、近づくままに、サヤサヤと衣摺れの音も聞えるのです。
銭形平次捕物控:126 辻斬 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
その静かさの強みに、五、六人の人の動きもその話し声もランプの光り鉄瓶てつびんの煮え音までが、静かに静かにと上からおさえつけられているようである。
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
身のたけに余る粗朶そだの大束を、みどる濃き髪の上におさえ付けて、手もけずにいただきながら、宗近君の横をり抜ける。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何のとりつくろひもないし自分をおさへると云ふやうな不快な感情なんかは少しもまじらないから厭なくだらない争闘なんかは決して起らずに済みます。
従妹に (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
「おや、まあ。」おさへつけた様な声で呟いた。そしてせつせと柴を折りくべる方に気を取られた振りをしたなり
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
彼女は失望と不安とをひておさへるやうにして、門の内を仕切つてあるへいについてゐる小い門のいてゐたのを幸ひに、そつと其処から庭へ入つて見た。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
指さきでそれを軽くおさへると、それらの小さな虫は、青茶色の斑点をそこにのこして消えせてしまふほどである。
暗に『千載集』以前の智巧的傾向をおさえ、近き世に再び姿がかわって「花山僧正かざんそうじょう在原ありはら中将・素性そせい小町こまちがのち、絶えたる歌の様わづかに聞ゆる時侍る」
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
わたしは呼吸の切迫してくるのをおさえることができなくなった。わたしは今まで兄がこういう調子で父に対して物を言っていたのを聞いたことがないのだ。
三等郵便局 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
しかもその苦しさ切無せつなさといったら、昨夜ゆうべにも増して一層いっそうはなはだしい、その間も前夜より長くおさえ付けられて苦しんだがそれもやがて何事もなくおわったのだ
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
しからば帝食うただけの卵を出すべしとて、牛頭ごず人身じんしんの獄卒して、鉄床かなとこ上にしたる帝を鉄梁もておさえしむるに、両肩裂けて十余石ばかりの卵こぼれづ。
松竹をおさえ東京劇壇を振わすだけの方策は我輩の眼と頭にははっきりと分りながらそのままに見過していた。
生前身後の事 (新字新仮名) / 中里介山(著)
立木の枝をうならせ、戸をがたつかせ、埃を広い幅で駆けさせてゐたものが、しまひにはそれらをたゞ下界の騒々しさといふ中に押しこんでしまひ、おさへつけ
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
うなると何処どこか郊外へ出掛て思ふ存分日光に浴し新しい空気を吸つて、一月ひとつき以上陰気な巴里パリイの冬空と薄暗い下宿の部屋とにおさへられて居た気持を忘れたい。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それよりも自分の腸胃のまだなおっていないことを家の者に知られて、東京行を引止められるかもしれないのが恐ろしくて、腹をおさえてうめきながら我慢していた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
と、其の瞬間、私は両肩から腕にかけて、また両足ともに、身動きもならぬ程に強くおさへつけられてゐた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
彦右ヱ門并に馬一疋即死そくしさい嗣息せがれは半死半生、浅右ヱ門は父子即死、さいうつばりの下におされて死にいたらず。
次の瞬間には自分の席の背後の扉の前に倒れていた。どうしてここまで来たかは全く覚えていない。何とも云えぬ苦悶が全身をおさえ付けて冷たい汗が額から流れた。
病中記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
きいちゃんは人形を持っていた。大きな人形で、腹のあたりおさえると泣く。持主の真似をして泣くのだろう。どういう仕掛で泣くのかと思って、乃公は腹を裂いて見た。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
この病室にいると変に頭をおさえつけられるような、重苦しい気がするのが、つい眼の前に原因があるようでいて、それが何であるのやら突き止められなかったのを
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
十一人の子供を育て、恐ろしい吾儘者わがままものの良人に仕えて、しっかり家をおさえて行く婦人の尋常の婦人であるまいと云う事は、葛城家の偽使者も久しく想う処であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
しかも彼らがほかの民族におさえられている時、その絶望的な悲しみは、かかるあこがれの魂、遠い神のすくいの、メシヤの国の出現に対する、遠い願いとして、彼らの願いは
美学入門 (新字新仮名) / 中井正一(著)
東方はつい鼻の先から頭の上をおさえつけるような高い山の連亘れんこうしているのを見て、甚しく失望を感じたものだが、其折も銀山の右に円い頭の山が聳えているのが目に入った。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
告げしめ、おさえらるる者を放ちて自由を与えしめ、主の喜ばしき年を宣べ伝えしめ給うなり
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
幸兵衞夫婦は左右から長二の背中をのぞいて、互に顔を見合せると、お柳はたちま真蒼まっさおになって、苦しそうに両手を帯の間へ挿入さしいれ、鳩尾むなさきを強くす様子でありましたが、おさえきれぬか
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と亭主がおさえつけるように云う、刹那、正吉の足がたっと亭主の股間こかんを蹴上げた。
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
(三)は金港堂きんこうどう優勢いうせいおされたのです、それでも経済けいざいの立たんやうな事は無かつたのです、しからうおほくしてをさむる所がきはめて少いから可厭いやつてしまつたので、石橋いしばしわたし連印れんいん
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
此の重みにおされては身体は寸断寸断ずたずたであろうと思ったが、爾ほどでもなく、拾い集めずとも身体だけ纒って居る、扶けつつ起して見ると肩も腰も骨が挫けて居る様子で少しの感覚もない。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
が、その時投げ出していた足をお重の鼻先に突き出して黙ってお重をめつけていた。お重は顔を赤くして、口を堅く引きめて、じっとそれを見ていたが漸く怒をおさえ得たらしい様子で
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
小さい四角に切った紙を順にならべ、卦算をおさえにして、調合した散薬をさじで程よく分配するのです。終れば片端から外して折畳むのですが、よくれていて、見ていると面白いようでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
……こんな事をボンヤリと考えているうちに、又も右脚の膝小僧の処が、ズキンズキンと飛び上る程いたんだ。私は思わず毛布の上から、そこをおさえ付けようとしたが、又、ハッと気が付いた。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)