元結もとゆい)” の例文
藤左衛門は幾度となく、駕籠のうしろや天井へ頭をぶっつけた。白鉢巻はしているものの元結もとゆいねて、髪はざんばらに解けかけている。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中にも慎ましげに、可憐に、床しく、最惜いとしらしく見えたのは、汽車の動くままに、玉の緒の揺るるよ、と思う、かすか元結もとゆいのゆらめきである。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それから鏡台の一番下の曳出ひきだしに詰まっているスキ毛を掴み出して元結もとゆいで頭にククリ付けた。その上から手拭を冠って今一度鏡を覗いてみた。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その根を細く強い元結もとゆいで引きしめて、頭に力を入れたろうかと思いますと、いちがいにそれをはやりおくれの古くさい風俗として笑えません。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しらべ」のために残された後、モニカは白無垢しろむくの装束を着け、したたるごとき黒髪を一ところ元結もとゆいで結び、下げ髪にしてしずしずと現われた。
男でも女でも構わねえ、まげの中が湿っているか、元結もとゆいが濡れている者があったら、その場で縛り上げるんだ、解ったか
毛の付いた皮肌かわ饂飩うどんのような脳髄のうみそ、人参みたいな肉の片などがそこら中に飛び散って、元結もとゆいで巻いた髷の根が屍骸の手の先に転がっていたりした。
姫の手紙をしっかり元結もとゆいにかくしこんで、有王は身軽な装立ちで都をあとにした。両親にも知人にも、誰にも知らさず、こっそり出発したのである。
同じような旅装束よそおい。年恰好は四十あまり、ただし頭は総髪に取り上げ元結もとゆいの代りに紫の紐でキリキリとたぶさを結んでいるのがいささか異様に思われた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その間に、ジリジリと押す捕方のすべては、いよいよ真蒼になって、髪の元結もとゆいね切れたものさえあるようです。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
店内には、強いびんつけ油のにおいがただよい、ときどき、元結もとゆいをしめる、キュ、キュ、という音、髪をく櫛の、シュウ、シュウという音が聞える。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
き立てられ、孝助は止むを得ず形見の一刀腰に打込み、包を片手に立上り、主人のめいに随って脇差抜いて主人の元結もとゆいをはじき、大地へどう泣伏なきふ
最前さいぜんはただすぎひのき指物さしもの膳箱ぜんばこなどを製し、元結もとゆい紙糸かみいとる等に過ぎざりしもの、次第にその仕事の種類を増し、下駄げたからかさを作る者あり、提灯ちょうちんを張る者あり
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
どやしつけられた、背中せなかいたさもけろりとわすれて、伝吉でんきちは、元結もとゆいからけて足元あしもとらばったのさえ気付きづかずに夢中むちゅう長兵衛ちょうべえほうひざをすりせた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
鶏卵たまごの白味を半紙へしいたのを乾かして、火をつけて燃して、その油燻ゆくんをとるのに、元結もとゆいでつるしたお小皿をフラフラさせてもたせられていたことがあった。
市中繁華な町の倉と倉との間、または荷船の込合こみあう堀割近くにある閑地には、今も昔と変りなく折々紺屋こうや干場ほしばまたは元結もとゆい糸繰場いとくりばなぞになっている処がある。
半ばひらいている眼はうつろで、なにを見ているともなく、浅く短い呼吸をするたびに、元結もとゆいの切れたさんばら髪の幾筋かが、かすかに、一定のまをおいて揺れていた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
恐れと悲しみとにわなわなとふるえているのは、今下げたかしら元結もとゆいの端の真中に小波さざなみを打っているのにも明らかであり、そして訴願の筋の差逼さしせまった情に燃えていることと見える。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
髪は白元結もとゆいできりりと巻いた大髻おおたぶさで、白繻子しろじゅすの下着に褐色無地の定紋附羽二重じょうもんつきはぶたえ小袖、献上博多白地独鈷とっこの角帯に藍棒縞仙台平あいぼうじませんだいひらの裏附のはかま黒縮緬くろちりめんの紋附羽織に白紐しろひもを胸高に結び
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
きれいに血のあとをぬぐい取った一つの首が廻って来ると、此の女はそれを受け取って、先ずはさみもとどり元結もとゆいり、ついで愛撫あいぶする如く髪を丹念にくしけずって、或る場合には油を塗ってやり
女はちょっと考えて、「あの元結もとゆいではいかがでございましょう」と云った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
元結もとゆいで結い上げた、艶々つやつやしい若衆まげの、たわわなびんの黒髪は、こころもち風で乱れて、夢見るような瞳はの華か! 丹花の唇はほのかにほころび、ふっくら丸いあごの下に、小娘のように咽喉のど元が
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
髪は、元結もとゆいが切れたらしく、乱髪になり、着物が裂け、顔も、頭も血まみれで、乱髪が、頬に、額に、血と共に、こびりついていた。深雪は、自分がそうしたと思うと、何かしら、恐ろしさを感じた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
バチンバチンと元結もとゆいった。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
髪を洗い、くしを入れ、丈より長く解捌ときさばいて、緑のしずくすらすらと、香枕こうまくらの香に霞むを待てば、鶏の声しばしば聞えて、元結もとゆいに染む霜の鐘の音。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
半蔵は二人の友だちと同じように飯田の髪結いに髪を結わせ、純白で新しい元結もとゆいの引き締まったここちよさを味わいながら一緒に旅籠屋はたごやを出た。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼はそれに困って、浴室の隅にあるかけひの下にゆき、髪の元結もとゆいを解いて、一塊ひとかけの粘土を毛の根にこすり、久しぶりで、ざぶざぶと髪を洗いほぐした。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
堤の直ぐ下には屠牛場や元結もとゆいの製造場などがあって、山谷堀へつづく一条ひとすじの溝渠が横わっていた。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
有王が元結もとゆいから取り出した文を俊寛は大切そうにひもどいて、むさぼるように瞳をこらした。
むごらしき縄からげ、うしろの柱のそげ多きに手荒くくくし付け、薄汚なき手拭てぬぐい無遠慮に丹花たんかの唇をおおいし心無さ、元結もとゆい空にはじけて涙の雨の玉を貫く柳の髪うらみは長く垂れて顔にかゝり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ピュウ/\と筑波下つくばおろしが吹き、往来はすこし止りましたが、友之助はびしょぬれの泥だらけ、元結もとゆいははじけて散乱髪さんばらがみ、面部は耳の脇から血が流れ、ズル/\した姿なりで橋の欄干に取付き
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「とても本当とは思えませんわ」とおつねは元結もとゆいを取りながら、また首を振った
ひとでなし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
日頃、心にあることが、うっかり口へ出ただけなのでしたが、その言葉と共に、お銀様の元結もとゆいを結ぶ手が、ブルッと異様にふるえたのを感づくと、電気に打たれでもしたようにハッとして
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お母様はその婆さんから折々油や元結もとゆいなぞをお買いになるほかは何一つ贅沢なものを手にお取りになるでもなく、かえってそのオセキ婆さんの方が、お母様のお作りになった絞りの横掛けや
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
薄い毛のびんを張って、細く前髪をとって——この時分、年配者は結上げてから前髪の元結もとゆいをきってしまって、びんの毛と一緒に束髪みたいにいていたのだが——鼈甲べっこうくし丸髷まるまげの手がらは
利助は案外素直に答えて、女の乱れかかった髪の中から、元結もとゆいを探しました。子分にはさみを持って来さして、嫌がるのを無理に切ると、たけなす黒髪が、サッと手に絡んで水のごとく後ろに引きます。
それから、髪を結い上げて、元結もとゆいを結んでしまうと、それが一つの作法だと見えて、くしの峰の方で、首の頂辺てっぺんをコツコツと軽く叩くのである。法師丸はそう云う彼女をたまらなく美しいと感じた。
その時、みなぎる心のはりに、島田の元結もとゆいふッつと切れ、肩に崩るる緑の黒髪。水に乱れて、灯にゆらめき、畳の海はもすそに澄んで、ちりとどめぬ舞振まいぶりかな。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その猶予は、これから髪をい直すためだった。元結もとゆいはかえなかったがこうがいや櫛をもって、ひとりで髪をなでつけていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
国への江戸土産みやげに、元結もとゆい、油、楊枝ようじたぐいを求めるなら、親父橋おやじばしまで行けと十一屋の隠居に教えられて、あの橋のたもとからよろいの渡しの方を望んで見た時。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
無理な笑顔えがおも道理なれ明日知らぬ命の男、それをなおも大事にして余りに御髪おぐしのとひげ月代さかやき人手にさせず、うしろまわりて元結もとゆい〆力しめちからなき悲しさを奥歯にんできり/\と見苦しからず結うて呉れたるばかり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「おやまた怒ったか、笑ってくれ、拝む。拝む、おっと笑った、さてさて御機嫌が取悪とりにくいぞ。またもや御意の変らぬうちだ。」と抱竦だきすくめて元結もとゆいふッつり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
逃げても逃げても天蓋の影、屈せずに後を慕ってくるので、周馬の元結もとゆいなしの総髪はベットリと汗にぬれ、頬、耳、手の甲、いばらに掻かれた血のすじで赤くなった。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お隅からは半蔵の妻へと言って、木曾の山家では手に入りそうもない名物さくらの油。それに、元結もとゆい
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
女の長い切髪の、いつ納めたか、元結もとゆいを掛けて黒い水引でしめたのが落ちていた。見てさえ気味の悪いのを、しずかに掛直した。お誓は偉い!……落着いている。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五十八歳まで年寄役を勤続して、村の宿役人仲間での年長者と言われる彼も、白い元結もとゆいで堅く髷の根を締めた時は、さすがにさわやかな、祭りの日らしい心持ちに返った。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
でまわして驚き顔をしている間に、根の元結もとゆいがほぐれて、びんの毛はばらりと顔にちらかった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きん元結もとゆい前髪まえがみにチラチラしている、浅黄繻子あさぎじゅすえりに、葡萄色ぶどういろ小袖こそで夜目よめにもきらやかなかみしもすがた——そして朱房しゅぶさのついた丸紐まるひもを、むねのところでちょうにむすんでいるのは
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
元結もとゆいに締められた頭には力が出た。気もはっきりして来た。そばにいる勝重を相手に、いろいろ将来の身の上の話なぞまで出るのも、こうした静かな禰宜の家なればこそだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
元結もとゆいは切れたから、髪のずるりとけたのが、手のこうまつはると、宙につるされるやうになつて、お辻は半身はんしん、胸もあらはに、引起ひきおこされたが、両手を畳に裏返して、呼吸いきのあるものとは見えない。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)