かたえ)” の例文
かえって夫人がさしうつむいた、顔を見るだにあわれさに、かたえへそらす目の遣場やりばくだんの手帳を読むともなく、はらはらと四五枚かえして
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お杉は消えかかる焚火を前にして、かたえの岩に痩せた身体をせかけたまま、さながら無言のぎょうとでも云いそうな形で晏然じっと坐っていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その翌十九日古派の寺でターサン・ゴンパという大きな寺のあるその山の麓を通り抜けて溪川のかたえに泊りました(この日の行路八里)。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
客は微笑ほほえみて後を見送りしが、水に臨める縁先に立ちでて、かたえ椅子いすに身を寄せ掛けぬ。琴の主はなお惜しげもなく美しき声を送れり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
かたえの棚をさぐりて小皿をとりいだし懐にして立出でしが、やがて帰り来れるを見れば白き砂糖をその皿に山と盛りて手にしたり。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
見ればこの人はまだ眼を開かないけれど、炬燵こたつの中から半身を開いて、かたえに置いた海老鞘えびざやの刀を膝の上まで引寄せているのでありました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その言葉の通りに妻木君は影のように動いて四ツの鼓を未亡人と私の間に並べ終ると、そのかたえにすこし離れてかしこまった。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
茶縁ちゃべりの畳を境に、二尺をへだてて互に顔を見合した時、社会は彼らのかたえを遠く立ち退いた。救世軍はこの時太鼓をたたいて市中を練りるいている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と無理強談ごうだん折柄おりから暮方くれかたの木蔭よりむっくり黒山の如き大熊が現われ出でゝ、蟠龍軒が振上げた手首をむんずと引ッつかみ、どうとかたえに引倒しました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ソレッ! というのでさんみだし、奥の間さして駈け入ろうとすると、かたえの廊下のまがかどから、静かな声がいて来て
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
わがすくひにゆかむとするを待たで、かたえなる高草の裏にあと叫ぶ声すと聞くに、羊飼のわらべ飛ぶごとくに馳寄はせより、姫が馬のくつわぎはしかと握りておししずめぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「知らいで何とするものか、こりゃ唐草……」軽く肩を叩いて、かたえの庭石へ腰をおろし、久濶きゅうかつの声なつかしげに
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
喬介は振り返って、遠去とおざけてあった矢島五郎の側まであゆると、かたえの警官には眼もれず、こう声を掛けた。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
失ふなり。故にかたえに暫し置きて、彼が命をも延ばし、且は厳しく教戒をもせば、善心に立ち返ることもやありなんと思ふが故なり、と言へば、悪僧このことを
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
「はっ」と加藤次は飛び上がりかたえ藤蔓ふじづるを掴んだが、そのまま白萩に走り寄り、両手を背中へねじ上げた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
向ふ側の床机に集ひし町内の、若い衆達の笑止がり。いかに青葉好ましき夏なればとて、葉桜に魂奪はれて、かたえの初花に心注かぬとは、さてもそそくさき男かな。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
言いながら、いま芝居噺でお江戸の人気を一身に集めている若い落語家はなしかの三遊亭圓朝は、かたえの切子のお皿から、葛ざくらのようなものをつまみあげて、不機嫌に口へ運んだ。
円朝花火 (新字新仮名) / 正岡容(著)
少年しょうねんは、つかれたあしきずりながら、まだいえうちには、燈火ともしびもついていない、むさくるしいかたえのきひくいえまえにさしかかりますと、つばめが三いえうちから、そと往来おうらいしました。
海のかなた (新字新仮名) / 小川未明(著)
応接室にては三郎へいげんと卓子テエブルを隔てて相対し、談判今や正にたけなわなり。洋妾ラシャメンかたえに侍したり。かれは得々としてへいげんの英語を通弁す。
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
定基は其のかたえに昼も居た、夜もして、やるせない思いに、が身の取置きも吾が心よりとは無く、ただ恍惚こうこつ杳渺ようびょうと時を過した。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
重太郎ははり黙っていた。が、やがてかたえの岩蔭にそびえたる山椿の大樹に眼をけると、彼はたちまち猿のようにの梢にするすると攀登よじのぼった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
飛び込んで無茶苦茶に安田一角を打据うちすえました、これを見た悪漢わるものどもは「それ先生が」と駈出して来ましたが側へ進みません、花車はかたえを見向き
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
当人は気がつかないで澄ましていたが、かたえの老人はこの場合にもおかしさを噛み殺さずにはいられませんでした。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
汽車が動き出してから気が付くと私のかたえに東京の夕刊が二枚落ちている。それを拾って見ているうちに「鶴原子爵未亡人」という大きな活字が眼についた。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
路を扼する侍は武士の名をる山賊の様なものである。期限は三十日、かたえの木立に吾旗を翻えし、喇叭らっぱを吹いて人や来ると待つ。今日も待ち明日あすも待ち明後日あさっても待つ。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もとよりところの習にては、冬になりて交際の時節ぬ内、かかる貴人あてびとに逢はむことたやすからず、隊附の士官などの常の訪問といふは、玄関のかたえなる一間にかれて
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
その腰壁の下を悠々と通って、ややしばらく行くと中門、そこでまた手間どる狂言は面倒と、隙を見てかたえかえでの木から、ひらりと築地塀ついじべいをおどり越え、奥庭深く入り込んだ。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、返辞いらえてかたえの襖をそろそろと開けた次の間から、貴人のご前をもはばからず裸体一貫の大男武兵衛はノシノシ現われたがそのままムズとそこへ坐りさすがに手を突いて平伏した。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
悪僧は今わがかたえを離るれば、忽ち捕はれて罪人とならんも計り難し。さすれば……
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
そのかたえの壁の柱には同国製の雄壮なる大獅子の面が掛けられてあります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
かたえに苦笑する二三の人あるにも心注かず。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
鶯谷うぐいすだにを下りて御院殿をかたえに見て、かの横町へ入ると中ほどの鴨川の門の前に、二頭立の馬車が一台、幅一杯になって着いていた。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
巡査は慌てて飛退とびのくと、石はかたえの岩角にあたって、更に跳ね返っての𤢖の上に落ちた。𤢖のきずつける顔は更に微塵みじんに砕けて、怪しい唸声うなりごえは止んだ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おもしろきさまの巌よと心留まりて、ふりかえり見れば、すぐそのかたえの山の根に、格子しつらい鎖さし固め、みだりに人の入るを許さずと記したるあり。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と云われてかたえの岸辺を見ますと、二重の建仁寺けんにんじの垣にくゞり門がありましたが、是はたしかに飯島の別荘と思い
といって米友は、胸一ぱいに抱えた草花を桶の中へさし込みながら、かたえの手桶を横目でながめました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「罪あるを許さずと誓わば、君がかたえに坐せる女をも許さじ」とモードレッドはおくする気色もなく、一指を挙げてギニヴィアの眉間みけんす。ギニヴィアはと立ち上る。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると、あやめは赤毛氈を掛けた、かたえの台から大独楽を取上げ、それへ克明に紐を捲いたが、がぜん左肩を上へ上げ、独楽を持った右手を頭上にかざすと、独楽を宙へ投げ上げた。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それよりふつか三日過ぎて、国務大臣フォン・ファブリイス伯の夜会に招かれ、墺太利オーストリア、バワリア、北亜米利加アメリカなどの公使の挨拶おわりて、人々こほり菓子にさじを下すすきうかがひ、伯爵夫人のかたえに歩寄り
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
が、一雪のお京さんはたしかに前条のごとくに祈念したのである。精確な処は、かたえ真白まっしろに立たせたまえる地蔵尊に、今からでも聞かるるがい。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
誰人もかたえぎらんをだに忌わしと思うべし、道しるべせん男得たまうべきたよりはなしとおぼせという。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この化物と、矢庭に右手めてに持ったる提灯を投げ捨てて、小僧の襟髪掴んで曳とばかりに投出すと、かたえのドンドンの中へ真逆まっさかさまに転げ墜ちて、ザンブと響く水音
河童小僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お浜は寝入った郁太郎を、かたえにあった座蒲団ざぶとんを引き寄せてその上にそっと抱きおろし、炬燵の蒲団のすそをかぶせて立とうとすると、表道おもてさわやかな尺八の音がします。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
といいながらかたえに有った粗朶そだを取上げ、ピシリと打たれるはずみに多助は「アッ」といいさま囲炉裏のそばへ倒れる処を、おかめは腕を延ばし、たぶさを取って引ずり倒しながら
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
えぬ白さに青味を含む憂顔うれいがおを、三五の卓を隔てて電灯のもとに眺めた時は、——わがかたえならでは、若き美くしき女に近づくまじきはずの男が、気遣きづかわしに、また親し気に
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かたえ灌木かんぼく茂木しげみを分けてヌッと現われたのは紋十郎であった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
停車場のかたえより、東の岸辺をはしらす。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
小使うやうやしく入来いりきたりて卓子テエブルの上にそれをせつ、一礼して退出すさりいずるを、と見れば毎晩新聞なり、綾子はかたえ推遣おしやりて
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
帝のかたえには黄子澄こうしちょう斉泰せいたいあり、諸藩を削奪さくだつするの意、いかでこれ無くしてまん。燕王えんおうかたえには僧道衍どうえん袁珙えんこうあり、秘謀を醞醸うんじょうするの事、いかでこれ無くして已まん。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それをお角は口惜しそうに手に取ると、はずみをつけてポンとかたえのお仕置場のやぶの中へほうり込んで
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)