頬骨ほおぼね)” の例文
見違えるほど痩せ細って、頬骨ほおぼねとがり、目は青隈あおぐまをとったよう、眉間みけんにも血、腕にも血、足にも血……。ふた目とみられぬ姿である。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう云われた堀尾一等卒は、全身の筋肉が硬化こうかしたように、直立不動の姿勢になった。幅の広い肩、大きな手、頬骨ほおぼねの高いあから顔。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
弥平は、頬骨ほおぼねの突き出た白髪の頭をお婆さん方へ寄せた。けれども、お婆さんは、まぶしそうに眼を開いたまま何も答えなかった。
蜜柑 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ことさららしく顔をしかめているのに、みなの頬骨ほおぼねのうえのところに美しい血の色がさし、さながら輝きだすようにさえ見えるのである。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
細君は大功名をしたように頬骨ほおぼねの高い顔を持ち上げて、おっとのぞき込んだ。細君の眼つきが云う。夫は意気地いくじなしである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
頬骨ほおぼねがやや高くて、口は結んで、脊梁骨せきりょうこつがしゃんとそびえ、腰はどっしりと落着いて、じっと眼をつぶって、さながらじょうったように見える人物。
それそれ俯向うつむいた頬骨ほおぼねがガッキととがって、あごくちばしのように三角なりに、口は耳まで真赤まっかに裂けて、色もはなだいろになって来た。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
果然はたして夫の病気はたたみの目一つずつ漸々快方に向って、九年の後死んだ。顔の蒼白い、頬骨ほおぼねの高い、眼のすごい、義太夫語りの様な錆声さびごえをした婆さんである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
広間へ戻った波瑠子は、棕櫚竹しゅろちくの鉢植えの陰になっているテーブルのほうへ行った。そこには頬骨ほおぼねの張った血色の悪い、三十前後の背広を着た男がいた。
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
身体は大きくないが、骨組はがつちりしてゐて、あご頬骨ほおぼねの張つてゐるあばたづらの老人が、老いさらばひ、夕闇に一人で飯を喰べて居る姿はさびしかつた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ひげを長く、頬骨ほおぼねが立って、眼をなかば開いた清三のがおは、薄暗いランプの光の中におぼろげに見えた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
口が大きくても構いません。頬骨ほおぼねが高くても苦にしません。これが宜いんですよ。目美人でも額美人でも、兎に角美人という信念があれば安心立命あんしんりつめいが得られます。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
クリストフの口は、霧にぬれたアーダの髪に触れ、彼女の眼や睫毛まつげや小鼻や脂肪太りの頬骨ほおぼねに接吻し、口の角に接吻し、くちびるを捜し求めて、そこにじっと吸いついた。
彼の汗にまみれた額、青ざめた頬骨ほおぼね、猛悪な鋭い鼻、逆立った灰色のひげ、などが暁の初光にほの白く浮き出して、ガヴローシュはそれがだれであるかを見て取った。
上向うわむきになった大きな鼻頭はながしらと、出張った頬骨ほおぼねとが、彼の顔に滑稽こっけいの相を与えていたが、が高いのと髪の毛が美しいのとで、洋服を着たときの彼ののっしりしたいかつい姿が
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
頬骨ほおぼねが秀でて、鉤鼻かぎばなは大きく、おとがいはこけて、下顎したあごは下り、白い大きな眼が突き出ている彼の顔の表情は、一般の事物に対する一種の頑固な無頓着さを示しているとはいえ
頬骨ほおぼねの高い、まゆい、いくらか南洋の血がまじっていそうな顔だちの、二十四五さいの青年が、ひざ両腕りょううでっぱり、気味のわるいほど眼をすえて、朝倉先生を見つめている。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
彼女の涼しい目は眠られないふた晩に醜くがり、かわいいえくぼの宿った豊頬ほうきょうはげっそりとせて、耳の上から崩れ落ちたひと握りの縺毛もつれげが、そのとが頬骨ほおぼねにはらりとかかっていた。
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
頬骨ほおぼねが出て、すっかり大人の顔である。ひどく醜い。どうにかしなければならぬ。僕は、もう役者なのだ。役者は、顔を大事にしなければいけないものだ。どうも、この顔は気にいらない。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
林泉りんせんのほとりに今日きょう若者わかものはひとりうっそりしゃがんでいた。かんむりはほころびくつにはあながあき、あごにははらはらとぶしょうひげがみられ、頬骨ほおぼねの下にはのみでえぐったようなくぼみがあった。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そのひとはまだ三十さいらぬわかおとこで、頬骨ほおぼねひろい、ちいさい、ブルネト、その祖先そせん外国人がいこくじんであったかのようにもえる、かれまちときは、ぜにったら一もんもなく、ちいさいかばんただ一個ひとつ
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
鷲尾が云うと、相手はこけた頬骨ほおぼねとがらせてさえぎるように
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
弥三左衛門は、その首を手にとって、下から検使の役人に見せた。頬骨ほおぼねの高い、皮膚の黄ばんだ、いたいたしい首である。眼は勿論つぶっていない。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
という声濁りて、痘痕とうこんてる頬骨ほおぼね高き老顔の酒気を帯びたるに、一眼のいたるがいとものすごきものとなりて、とりひしぐばかり力をめて、お香の肩をつかみ動かし
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いきなりこぶしをかためて、電火のごとき力まかせに、グワンと相手の頬骨ほおぼねをなぐりつけていったが、なにをッ! と引っぱらって鞍馬くらまの竹童、パッと身をかわしたので
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あおみがかった色白のせ形で、たけも中ぐらいであったが、大きな目の感じが好い割に、頬骨ほおぼねあごが張り加減で、銀子もお世辞を言われて、少し胸の悪いくらいであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
壺と、賽と、三人のな叫び声を聞いた自分は、次に三人の顔を見たんである。よくはわからない顔であった。一人の男は頬骨ほおぼねの一点と、小鼻の片傍かたわきだけが、に映った。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
へどもどしながらそばへ並んで坐ると、佐伯氏は頬骨ほおぼねの上のところをすこしあからめながら
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
背の高い頬骨ほおぼねの出た男で、手織りの綿衣わたいれかすりの羽織を着ていた。話のさなかにけたたましく声をたてて笑うくせがある。石川や清三などとは違って、文学に対してはあまり興味をもっていない。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
頬骨ほおぼねの肉が軽く薔薇ばら色を帯び、頬がふっくらとして、田舎いなか娘のような健康をもち、ややり返った小さな鼻、いつも半ば開いてる切れのいい大きな口、まっ白な円いあご、やさしく微笑ほほえんでる静安な眼
やや蔭になった頬骨ほおぼねのちっと出た、目の大きい、鼻のたかい、背のすっくりした、人品に威厳のある年齢ねんぱい三十ばかりなるが、引緊ひきしまった口に葉巻をくわえたままで、今門を出て
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二階には見晴しのいい独立の部屋が幾個いくつもあったが、どちらも明いていた。病身らしい、頬骨ほおぼねと鼻がたかく、目の落ちくぼんだ、五十三、四のあるじの高い姿が、庭の植込みの間に見られた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ひとりの男の拳骨げんこつが、ガン! と頬骨ほおぼねのくだけるほど、宮内くないの横顔をはり飛ばした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひゅうと風を切って飛んで来た石が、いきなりおれの頬骨ほおぼねあたったなと思ったら、後ろからも、背中をぼうでどやした奴がある。教師のくせに出ている、て打てと云う声がする。教師は二人だ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、主人はうなずきながら、両手を膝の上に組み合せると、網代あじろの天井へ眼を上げました。太いまゆ、尖った頬骨ほおぼね、殊に切れの長い目尻、——これは確かに見れば見るほど、いつか一度は会っている顔です。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
明け方近くに、ようやく寝入ったらしい叔母は、口と鼻の大きい、蒼白いその顔に、どこか苦悩の色を浮べて、優しい寝息をしながら、すやすやとねていた。頬骨ほおぼねが際立って高く見えた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
父親てておやの医者というのは、頬骨ほおぼねのとがったひげの生えた、見得坊みえぼう傲慢ごうまん、そのくせでもじゃ、もちろん田舎いなかには刈入かりいれの時よくいねが目に入ると、それからわずらう、脂目やにめ赤目あかめ流行目はやりめが多いから
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これが、御岳神文みたけしんもん三日みっかでなければ、とっくに、長安ながやす家来けらいあごをしゃくって抜刀ばっとうめいじたであろうし、気のみじかい忍剣にんけん禅杖ぜんじょうが、ブンと石見守の頬骨ほおぼねをおさきにくだいていたかもしれない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坑夫の顔はどんなだろうと云う好奇心のあるものは、行って見るより外に致し方がない。それでも是非説明して見ろと云うなら、ざっと話すが、——頬骨ほおぼねがだんだん高くそびえてくる。あごり出す。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると十二インチ砲塔ほうとうの前に綺麗きれいに顔をった甲板士官かんぱんしかん一人ひとり両手をうしろに組んだまま、ぶらぶら甲板を歩いていた。そのまた前には下士かし一人ひとり頬骨ほおぼねの高い顔を半ば俯向うつむけ、砲塔を後ろに直立していた。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)