みぞれ)” の例文
寒中でもやはり湯巻き一つで、紛々と降りしきるみぞれの中を、まるで人面のうそのように、ざぶりと水へはいると云うじゃありませんか。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ばかりじゃない、そのもはや完全に近い今松の上へ、さらにいろいろさまざまの雨や雪やみぞれあられや炭を降らせた、そうして、いじめた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
戸外は相かわらず紺絣こんがすりを振るように、みぞれが風にあふれて降って、まばらに道ゆく人も寒そうに傘の下に躯を固くしながら歩いている。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
眼をつぶると、川船があらはれる。みぞれは雪に変りつゝある。それが川船の窓のところへ飛んで来たり、水の上へ落ちて消えたりして居る。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
夜半のみぞれで竹の葉が真白になっていることもあった。ラッケットをさばいて校庭に立っているかれのやせぎすな姿を人々はつねに見た。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その中でも雨と雪は最も普通なものであるが、ひょうあられもさほど珍しくはない。みぞれは雨と雪の混じたもので、これも有りふれた現象である。
凍雨と雨氷 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
みぞれが、では降ったのね。今はいい星夜です。九時ごろバラさんが外からかえって来たとき、ふるような星ですよ、と云っていた。
二つ三つは切り拂ひましたが、みぞれの如く飛んで來る錢、錢、錢、薄暗い上に、手も足も鼻も、眼も打たれて、思はず持つた刀を取落すと
夫婦乞食はみぞれの降る中を寒さに赤さつま芋色になった手をつなぎ合って、町の表通りから溝の橋を渡って遊郭へ入って行きます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
のきしたるは、時雨しぐれさつくらくかゝりしが、ころみぞれあられとこそなれ。つめたさこそ、東京とうきやうにてあたかもお葉洗はあらひころなり。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
雪がみぞれとなり、また白く雪になるような荒日和あれびよりに、宮がどんなに寂しく思っておいでになるであろうと想像をしながら源氏は使いを出した。
源氏物語:14 澪標 (新字新仮名) / 紫式部(著)
くるわの真中に植わった柳に芽が吹き出す雪解けの時分から、くろ板廂いたびさしみぞれなどのびしょびしょ降る十一月のころまでを、お増はその家で過した。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
夕方少しみぞれが降ってすぐに晴れた寒い晩だった。周平は村田や橋本など三四人の友人と、蓬莱亭の階下の室で雑談していた。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そのうちにみぞれが降りつゞき、やがて雪がちら/\降り出した。さうすると、又根を囲つてやるんで一しきり忙しくなつた。
(新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
みぞれの降るある朝私らは一台の車には荷物をのせて山に登りました。野原のようなところや、枯れ樹立こだちばかりの寒そうな林の中などを通りました。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
およそ天よりかたちしてくだものあめゆきあられみぞれひようなり。つゆ地気ちき粒珠りふしゆするところしもは地気の凝結ぎようけつする所、冷気れいき強弱つよきよわきによりて其形そのかたちことにするのみ。
さっきから今にも泣き出しそうにどんより曇っていた低い空からみぞれがパラパラと降って来たが、それさえほんの一瞬間しきりで、止んだ後は尚さびしい。
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
文治はそれと心付きまして、手燭てしょくを持って台所の戸を明けますと、表はみぞれまじりにふりしきる寒風に手燭は消えて真黒闇まっくらやみ
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
やっと持ちこたえていた暗灰色の空からは、もうまち切れぬように、身を切るようなみぞれが荒涼たる原一面を覆って、しょぼしょぼと降り出して来た。
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「九月のなかばになると、もう金峰の上にはみぞれが来るッていうぜ。いつまで待ち合していても果てしがねえから、明日あたりは、立とうじゃねえか」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もうみぞれが降る季節であった。けれど婆さんの坐っている傍の古ぼけた火鉢にはたえず火種のあったことがない。絶対的に火をおこさないものと思われた。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
から風の幾日も吹きぬいた挙句あげくに雲が青空をかき乱しはじめた。みぞれと日の光とが追いつ追われつして、やがて何所どこからともなく雪が降るようになった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そして最後に、指紋の無効果と、円蓋ドームには烈風と傾斜とでみぞれの堆積がないこと——などで、すべてが空しかった。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
みぞれが降っているようだ。やがて、手頸、それからひじだ。ダニが無数に殖え、腕から肩へ食い上がって行く気持だ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
春先とはいえ、寒い寒いみぞれまじりの風が広い武蔵野むさしのを荒れに荒れて終夜よもすがらくら溝口みぞのくちの町の上をほえ狂った。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
野中の六地蔵が雪みぞれれてござるのを、心の善い老人が見てお気の毒に思い、市へ売りに出て売れなかった笠を、六体の石地蔵に着せ申して還って来る。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
煕々ききとして照っていた春のはいつかはげしい夏の光に変り、んだ秋空を高くがんわたって行ったかと思うと、はや、寒々とした灰色の空からみぞれが落ちかかる。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
やがて峰々から吹いてくる風が、ゆきみぞれの先触れをして、冬籠りの支度は何処いずくの家でも、たいていもう整った。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
みぞれあられひょうなど沢山の種類があり、それらの生成機構はそれぞれ異った性質を持っているのであるが、霙や霰のことについては後に改めて触れることとする。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
二三日みぞれまじりの冷たい雨が降つたり小遏こやんだりしてゐたが、さうした或る朝寢床を出て見ると、一夜のうちに春先の重い雪は家のまはりをくまなく埋めてゐた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
流れの面に、落ちては輪を描くみぞれ白妙しろたえに、見紛う色のみやこ鳥をながめながら、透きとおるほどの白魚を箸につまんだ趣は、どんなに風流なことであったろう。
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
月が隠れたから、五つ半の闇黒やみ前方まえを行く駕籠をともすれば呑みそうになる。三次は足を早めた。ひやりと何か冷たいものが頬に当った。みぞれになったのである。
新造と金之助と一通り挨拶あいさつの終るのを待って、お光は例の風呂敷を解いて夫に見せた。きりの張附けの立派な箱に紅白の水引をかけて、表に「こしみぞれ」としてある。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
第三版トワジイム硬党新報アントラン夕刊巴里パリソワ」と触れ歩く夕刊売りの声も寒くあわただしく、かてて加えて真北に変った強風は、今や大束なみぞれさえ交えてにわかに吹きつのる様子。
僕は僕の配達区域に麻布本村町あざぶほんむらちやうの含まれてることを感謝するよ、僕だツて雨の夜、雪の夜、みぞれ降る風の夜などは疳癪かんしやくも起るサ、華族だの富豪だのツて愚妄ぐまう奸悪かんあくはい
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
五月になってもたびたびみぞれがぐしゃぐしゃ降り、七月の末になってもいっこうに暑さが来ないために、去年いた麦も粒の入らない白い穂しかできず、たいていの果物くだもの
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
突然——夕方が近いのに、そして冬の雪がまだ垂れさがっているのに、そして軒にはみぞれのような雨がしたたりおちているのに——光りのみなぎりがわたしの家をみたした。
道はもう闇の底に沈んだころ、途中からひそひそとみぞれが降りだした。外套の襟をたて、ときどき暗い雪空を振仰ぐと、街燈のまわりだけいつさんに落ちてくる花粉が見えた。
Pierre Philosophale (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
やがてあたりの空気も湿っぽくなってきて、前唐沢岳を越した頃にはばらばらっとみぞれが落ちてきた。そして霙は間もなく雪に変って、あたりの山さえぼっと霞んでしまった。
単独行 (新字新仮名) / 加藤文太郎(著)
行く路はそれに随い海岸のように曲りうねっていて、みぞれの降っているその突端の岬に見える所が火燧崎だ。このあたりは古戦場だから多分ここから火を打ちかけたものだろう。
雪かみぞれか雨か、冷たいものに顔を撲たれながら、彼は暗い屋敷町をたどってゆくうちに、濡れた路に雪踏せったを踏みすべらして仰向あおむきに尻餅を搗いた。そのはずみに提灯の火は消えた。
半七捕物帳:27 化け銀杏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
第五月すなわち十二月に入るとみぞれが降り、寒風が吹き込み、仮舎では暮らせなくなった。大工手間も近郊から出てくるようになり、資材も出回りはじめた。兄弟、従兄弟は協力した。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
さうして森を切れ/″\にちぎり、もの凄い響きを遠く響かせ、豪雨や渦卷くみぞれたびにいつも水嵩みづかさを増したのだつた。また流の土堤の林と云へば骸骨の行列としか見えなかつたのだ。
番傘を借りて出たが、もうみぞれはやんでいて、凍りついた地べたにあられほの白く残っていた。裏通に出て田圃たんぼ道を近道しながら、娘はきっとあのまま泣き崩れているに違いないなどと考えた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
みぞれゆきあめときとして彼等かれら勞働らうどうおそるべき障害しやうがいあたへて彼等かれらを一にちそのさむ部屋へやめた。一にち工賃こうちん非常ひじやう節約せつやくをしてもつぎ仕事しごとなければ一せん自分じぶんにはのこらなくなる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
案じたよりも釣れはよかつたが、十時頃からみぞれになつて来て、冷たい水が外套を通して下着に迄透つた。その代償か漁果はすばらしかつた。正午宿に引き上げて、ぬれしづくの着物を暖炉で乾した。
釣十二ヶ月 (新字旧仮名) / 正木不如丘(著)
西洋のある学者はみぞれの降る冬の日に蝙蝠傘かうもりがさをさして大学から帰る途々みち/\、家へ着いたなら、蝙蝠傘を壁にたてかけて置いて、自分は暖炉ストーヴに当つて暖まらうとたのしみに思つてゐるうち、うち辿たどり着く頃には
しとしとと雪の上に降るみぞれまじりの夜の雨の言つた事です。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
いちはやく冬のマントをひきまはし銀座いそげばふるみぞれかな
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
火用心火用心の声聞こゆ厠に起きしみぞれふる夜半
閉戸閑詠 (新字旧仮名) / 河上肇(著)