きじ)” の例文
「ざまあ見やがれ。きじも鳴かずば撃たれめえ。腕を一本放しちまえば、あとは出血多量で極楽へ急行だよ。じゃあ刑事さん、あばよ」
しかしもう梢から梢へくぐり抜ける小鳥たちの影には春らしい敏捷びんしょうさが見られた。暮方になると、近くの林のなかできじがよくいた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
 きじはやさしき姿ながらおそろしき声を出すもの故、あたかもたはれに袖引かれたる生娘が覚えず高声を発したるにも似たりとなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
虎口ここうに似た湾外へ、寺船の帆はうすれ出している。しかも数十艘の舟手は、なお送り狼のように、知夫ちぶきじヶ鼻へんまで尾行していた。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木の葉を被り、草に突伏つッぷしても、すくまりましても、きじ山鳥やまどりより、心のひけめで、見つけられそうに思われて、気が気ではありません。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
成光が画いた鶏を真の鶏がり、黄筌こうせんが画いたきじを鷹が打たんとし、曹不与誤って筆を屏風に落し点じたのを蠅に作り直せしを
きじき竜戦ふ、みづからおもへらく杜撰なりと。則ち之を摘読てきどくする者は、もとよりまさに信と謂はざるべきなり。あに醜脣平鼻しうしんへいびむくいを求むべけんや。
猟天狗「なかなか面倒な料理ですな、セリー酒を入れたり葡萄酒を入れたりしてはきじ一羽のお料理でも大層高くなりますね」中川
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「昔、この辺に蛇身鳥じゃしんちょうやいばきじという怪物が出没いたしました。何がさて蛇体に刃の羽を生やした怪鳥でございますから……」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
二人とも紅いしょうの鉢巻をして、もとどりきじの尾を挿し、紫の小袖を着、腰に緑の錦を束ね、一方の手にはじきゆみを持ち、一方の手に青いひじかけをしていた。
西湖主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして猟をすると、きじはと山鶏やまどりうさぎ穴熊あなぐまなど、面白いほどとれましたし、ときには、大きな鹿しかゐのししなどもとれました。
悪魔の宝 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
と思ふと又箸をつけない内に、丸焼きのきじなぞが羽搏はばたきをして紹興酒せうこうしゆの瓶を倒しながら、部屋の天井へばたばたと、舞ひ上つてしまふ事もあつた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その時彼の背後うしろの方からふくろうの啼き声が聞こえて来た。つづいてきじの啼き声がした。呼び合い答え合っているようである。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
舞台では菊五郎の権八が、したたるほどのみどり色の紋付を着て、赤い脚絆きゃはん、はたはたと手を打ち鳴らし、「きじも泣かずば撃たれまいに」とつぶやいた。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
斎藤にも柳樽やなぎだるに瓦器盛りの肴を添えて送ることもある。きじねぎを添えてやったこともある。がんをやったこともある。太刀一腰の進物のこともあった。
渓流の音が聞こえるので、そこへ降りて行くと、突然一羽のきじが私達を驚かして横さまに木の間をかすめ飛び去ったのも、時に取っての一興であった。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
女はきじを膝へ載せ、綺麗な鳥ね、これ雉なのねと言ひながら、塵紙をだして掌についた血を拭ひ、わりに血の出ないものね、これつぽちかしらと呟いた。
(新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
くまきじやまたは名人上手達の勝負事を大好きなイギリス人」はこの必死のゲームに好奇心の全部をけた。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
十二月に入ると山のきじは畠へ下りて来る、どうかすると人の足許あしもとより飛び立つことがある。兎も雪の中の麦をいに寄る。こうした話が私達にはめずらしい。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
きゞすと言うのはきじだ。かひといふのはにわとり。パラパラ降つて来て、野山では雉が鳴き、家ではにはとりが鳴きだした。もうはやウツスラと夜が白んで来た。
浮標 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
百分の一近辺のものは猩々しょうじょう、鹿、猫など、それから下って百分の一より千分の一の間にあるのが麒麟きりん、象、羚羊かもしか、獅子、袋鼠、鷲、白鳥、きじ、鼠、蛙、鯉など
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
恰度ちょうどきじが大地震を予感します様に。……誰かが私達一家をのろってでもいる様な。今にも私達一家のものが、何かの恐ろしい餌食えじきになる様な。そんな気持ですのよ
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
大伴家持作、暁に鳴くきぎしを聞く歌、という題詞がある。山が幾重にもたたまっている、その山中の暁にきじが鳴きひびく、そして暁の霧がまだ一面に立ちめて居る。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
きじなんぞは、土用中、おとりにして一時間も置くと死んでしまうけれど、千鳥だけは、土用中でも、かんのうちでも、何時間おいてもビクともしないそうです——しかし
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
五彩で美々びびしかきじどんがよかろ。そいでん、狩人かりうどどんに見つかってしまえば、それまでの命じゃ
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
或朝、一人の女がきじを手土産に訪ねて来た。始め叔孫の方ではすっかり見忘れていたが、話して行く中にすぐ判った。十数年前斉へ逃れる道すがら庚宗の地で契った女である。
牛人 (新字新仮名) / 中島敦(著)
かつては野生のインドのきじだったものの歌声はどの鳥にくらべても異彩をはなつものであり、もし人がそれを家禽にすることなくして自然のまま生かすことができたとしたら
夫婦ふうふして仲睦なかむつまじくおちやをのんでゐると、そこへきじを一つくわえてきて、おいてきました。それは裏山うらやま神樣かみさまからでした。なにいてありました。みると
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
むかしは矢羽根にきじまたは山鳥のはねを用いたが、それらは多く得られないので、下等の矢には鳶の羽を用いた。その鳶の羽すらも払底ふっていになった頃には、矢はすたれて鉄砲となった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
鶴御成というのは、十月の隅田川、浜御殿のかり御成、駒場野のうずら御成、四月の千住三河島せんじゅみかわしまきじ御成とともに将軍鷹狩のひとつで、そのうちにも鶴御成はもっとも厳重なものとされていた。
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
逆さにして荷にくくりつけられたのを見ると、眼は吊上って、赤い肉冠とさかは血汐が滲んだように気味悪く、鋭くとがった爪は、空を掻いて、きじに似た褐色の羽の下から、腹へかけて白い羽毛が
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
きじも啼かずば撃たれまいに……』ということわざの通りであの女は命を取られる運命を自分で招きよせたのでした。……あの手紙を読んでいるうちにあの女が、あの女の前の夫を馬鹿にしている。
継子 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
飛び立ったのはきじである。笹の蔭にでもいたらしい、はげしい羽ばたきの音と共に飛び立つと、一文字なりに枯木林のほうへゆき、枝をかすめて、つぶてのように、林の奥へと消え去った。
境内けいだいではしきりにきじが鳴いている。樹立こだちの繁みは深い。華厳寺の建物は堂々たるものであった。生憎あいにく金堂こんどうは今大修理中で見ることが出来ない。この寺は新羅しらぎ時代の石塔石燈せきとうを以てことに名がある。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
母の病気をわんために魚類を買い求め、これを携えて山路に入れば、鳥網にきじのかかりたるを見つけ、魚肉よりも鳥肉が勝っておるから取り替えておこうと思い、網の中へ魚を入れ雉を取って
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
貴女は貝でもない きじでもない 猫でもない
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
山のけんけんきじや何を泣くね
きじのくるまをくものは
とんぼの眼玉 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
名月や何に驚くきじの声 示右
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
野の鳥のきじは叫んでいる。
その豕の鼻よくき、きじ、熟兎等をよく見付けたが野兎には利かなんだと。またいわく、野猪は群を成して共同に防禦する。
ふかいひのきの沢には、まだ谷の雪が残っている。その渓谷へ向ってお通は、檜林の急な傾斜を、きじみたいに逃げ下りていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お旗下はたもとの葛西さんか、知ってるとも、私なんかは、あすこのかまうちやぶん中へ入って、きじや、うさぎをとったもんだ」
赤い花 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
きじ、山鳥、がんは七日目ないし八日目です。鹿、いのしし、熊、猿、白鳥、七面鳥は八日目以上を食べ頃としたものです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
その時どこからともなく、きじの啼き声が聞こえて来た。すぐに続いて梟の啼き声が、——こんな深夜だのにそれに答えて、どこからともなく聞こえて来た。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
豚肉の串焼くしやきの中にも、きじきも揚物あげものの中にも、こい丸煮まるにの中にも、その他いろんな見事な料理の中には、みな強い酒がまぜてありましたし、それを食べながら
天狗の鼻 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
バタバタやってるのをわけもなく捉えたが、かもきじちがって、真っ黒な烏じゃ、煮て食うわけにも行かねえ
きじでも打ちに行くらしいその猟師筒に春待つ心を語らせて、来たるべき時代のために勤王の味方に立とうとするものはここにも一人ひとりいるという意味を通わせた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
神戸の牛のミソ漬、下総しもうさきじ、甲州のつきしずく、伊勢のはまぐり、大阪の白味噌、大徳寺だいとくじの法論味噌、薩摩さつまの薩摩芋、北海道の林檎、熊本のあめ、横須賀の水飴、北海道のはららご
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
この、秋はまたいつも、食通大得意、というものは、木の実時なり、実り頃、実家の土産のきじ、山鳥、小雀こがら山雀やまがら四十雀しじゅうから、色どりの色羽を、ばらばらと辻にき、ひさしに散らす。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)