かえ)” の例文
ただ人情は妙なものでこの軍曹が浩さんの代りに旅順で戦死して、浩さんがこの軍曹の代りに無事でかえって来たらさぞ結構であろう。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
追えば追うほど兎種々に走りかくれて犬ために身つかれ心乱れて少しも主命を用いず、故に狩猟の途上兎を見れば中途からかえる事多しと
この時は辰之助もさすがに冷静にかえったらしく、先刻ポンポン言ったのをひどく後悔した様子で、今度は妙にチヤホヤしてくれます。
それが大きな船の多人数でなく、またしばらく島人の中に住んでいて、やがてかえってったという話も一、二ではなかったように思う。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この世にかえしたいためではなかった。わしの学説の実験に使うためだ。だから、必要になれば、いつでも、おまえの肉体をもらうまでさ
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
然れども帝黙然たることやや久しくして曰く、けい休せよと。三月に至って燕王国にかえる。都御史とぎょし暴昭ぼうしょう燕邸えんていの事を密偵して奏するあり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「どうもまずいな。こんな物しか出来ないのかい。一体これでは御用が勤まらないといってもい。」こういって案を藤田にかえした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そうかといって職業上の名の小そのとだけでは、だんだん素人しろうとの素朴な気持ちにかえろうとしている今日の彼女の気品にそぐわない。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心がかえって来る。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
山風はしきりに、吹きおろす。枝・木の葉の相軋あいひしめく音が、やむ間なく聞える。だが其も暫らくで、山は元のひっそとしたけしきにかえる。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
葉子は初めて瑠美子だけでもかえしてくれるように哀願したのだったが、拒まれた——そう言って葉子は庸三に泣いていたものだったが
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかし私はこの量り難い宝が自己の外に尋ねらるべきものではなくて、ただ自己の根源にかえって求めらるべきものであることも知った。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
そして翌朝にはもう甲ノ尾から差廻しの一船に乗りこみ、解任の簿名ぼめいと頭かずの点検をうけた後、本土へ向ってその一ぱんかえり去った。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
外界の刺激に応じて過敏なまでに満干みちひのできる葉子の感情は今まで浸っていた痛烈な動乱から一皮ひとかわ一皮平調にかえって、果てはその底に
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼はこのままむなしくかえらないと決心して、病いと称してここに軍をとどめ、毎日四方を駈けめぐって険阻の奥まで探り明かした。
諭吉は母の病気に付き是非ぜひ帰国とうからその意に任せてかえすが、修業勉強中の事ゆえ再遊の出来るようそのほうにて取計とりはからえと云う文句。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
二人三人、世話人が、列の柵れにきつかえりつ、時々顔を合わせて、二人ささやく、直ぐに別れてまた一人、別な世話人とちょっと出遇であう。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかも残らずこちらへ移ってしまったと思うと、すぐに最初来たのから動き出して、もとの書棚へ順々に飛びかえって行くじゃありませんか。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこで夫人は元豊から取りあげてあったねだいもとの処へかえして、更めて寝床をしつらえて注意していた。元豊は自分の室へ入ると婢を出した。
小翠 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
高倉院の第二皇子守貞親王は、無理矢理に平家の手で連れ去られたまま、西国まで落ちていかれたが、やっと無事に都へかえることができた。
まだ夜の明けぬうちにそまがやって来て、そこにある松の木を伐り倒す。巨幹は地ひびきして倒れると、またもとの静寂にかえる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
ここで我々は様々の思いをめぐらしたり、平生の気楽な状態にかえったりすることが出来る。その証拠には各寺院の円柱をみよ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
東京にかえってからその年は冬になっても母子二人ともに風邪一つ引かなかったので、竜子は岸山先生の姿を見ずにもなく十七の春を迎えた。
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二度ばかり見舞に行って、それきり姉とは逢えなかったのだが、この姉の追憶はいつも彼を甘美な少年の魂にかえらせていた。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼はきとかえりの船旅を思い比べ、欧羅巴を見た眼でもう一度殖民地を見て行く時の千村を想像し、漠然ばくぜんとした不安や驚奇やは減ずるまでも
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
深くはなかったが、その穴のなかでは、二月の雪が底の方からけていた。たった今、雪から水にかえったこまかい粒が、集まってしずくとなった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
されど童らはもはやこの火にかえることをせず、ただ喜ばしげに手を拍ち、高く歓声を放ちて、いっせいに砂山のふもとなる家路のほうへせ下りけり。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しかしそれは何処までも此処ここから出て此処へかえり来る性質を有ったものでなければならない、いわば技術的意義を有ったものでなければならない。
絶対矛盾的自己同一 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
僕が帰ることになったとき、先に払った同人費をかえすからというとき、僕は心の中で、五円もうかった、と叫んだのです。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もしかするとこの絵巻物の神秘力を一挙に打ち破って、一切の迷いを真実にかえす程の力を持った者であるかも知れない。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その馬は半日ばかりの道を来て跡にかえし、それから我々は毎日毎日早くから遅くまで歩みましてその月の二十一日の夜ラクソールの停車場に着き
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
中には、世にかえって結婚した数年後まで、だれかがとびらをたたくたびごとに急いで「永遠に」と言う習慣を脱し得なかったような、そういう女もいた。
六十一は一廻ひとまわりそれからは赤ン坊から生まれかえった気持ですから、今日では鰹の刺身も口にするようになりました。
武士が相手に背後うしろを見せるとは天下の耻辱になる奴、かえせ/\と、雪駄穿せったばきにて跡を追い掛ければ、孝藏は最早かなわじと思いまして、よろめく足を踏みしめて
自分はとても生きてかえることはおぼつかないという気がはげしく胸をいた。この病、この脚気、たといこの病は治ったにしても戦場は大なる牢獄である。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「日本へ、出られるんですよ。……つまり、私は、諸君を、日本へかえしてあげようと、そういっているのです」
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
生憎あいにく大風が出て来て、たなご位のを三つ挙げた丈で、小一日暮らし、さて夕刻かえらうとすると、車は風に吹き飛ばされたと見え、脇の泥堀どぶの中へのめツてたです。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
はてはそばまつろうのいることをさえもわすれたごとく、ひとしきりにうなずいていたが、ふとむこずねにたかった藪蚊やぶかのかゆさに、ようやくおのれにかえったのであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「うむ、一党残らず死ぬ覚悟で乗りこむのだ。たといその場で討死せいでも、天下の御法ごほうそむいて高家へ斬りこむ以上、しょせん生きてはかえられぬ。だがな」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
「林をいでかえってまた林中に入る。便すなわち是れ娑羅仏廟さらぶつびょうの東、獅子ししゆる時芳草ほうそうみどり、象王めぐところ落花くれないなりし」
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
お糸さんを一足先へかえし、私一人あとから漫然ぶらりと下宿へ帰ったのは、彼此かれこれ十二時近くであったろう。もう雨戸を引寄せて、入口のおおランプも消してあった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「この女の代りにたからは皆袴野ノ麿に進ぜよう、と、そうおれが計っているところだ、だが、袴野は財は山割りにして女はみやこにかえした方がよいというのだ。」
山に憧憬あこがれながらもうつらうつらとして、遠く身辺を離れ得なかった魂は夜の寂寥を破って山々に反響する鋭い汽笛の音に、吃驚びっくりしてわれにかえったものらしい。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
それでシナの天子てんしさまが日本にっぽんかえすことをしがって、むりやりめたため、日本にっぽんかえることができないで、そのままこうで、一しょうらしてしまいました。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
その時どうしたはずみか桜の樹にいた毛虫が落ちて私の襟元えりもとにさわり、はっとした途端に私は書斎にかえされましたが不思議なことには今時分いる筈のない毛虫に
歪んだ夢 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
五十九分頃には三曲線は、再び同じ位の傾斜で動いています。扉がすぐに閉じられたため、室内の気象の変化は、また前のように立ちかえったせいでありましょう。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
勝ってかえる人達はとにかく元気でした。陸上の東田良平が、大きなかめの子を二ひき、記念にもらくびひもをつけ、ほがらかに引張って歩いているのが目立っていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
つぐみの群れが、牧場まきばからかえりに、かしわ木立こだちの中で、ぱっとはじけるように散ると、彼は、眼を慣らすために、それを狙ってみる。銃身が水気すいきで曇ると、袖でこする。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
夜はなわい草鞋を編み、その他の夜綯いを楽しみつ、夜綯いなき夜はこの家を訪い、温かなる家内の快楽をおのがもののごとくうれしがり、夜けぬ間にかえりて寝ぬ
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
本家から持ち出したものは、少しずつ本家へかえって往った。新家は博徒破落戸ならずものの遊び所になった。博徒の親分は、人目を忍ぶに倔強な此家を不断ふだんの住家にした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)