輪廓りんかく)” の例文
しかも、その細長い眉や、濃い睫毛や、クローバ型の小さな唇の輪廓りんかくのすべては、初めの通りの美しい位置に静止したままであった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今までのよりずっとその輪廓りんかくがはっきりしていて、そしてその苦痛の度も数層倍はげしいものであることを知って私はおどろいたのであった。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
鼻が三角で、口が三角、眉を払ったあとがまた三角なりで、おとがいの細った頬骨の出た三角をさかさまにして顔の輪廓りんかくの中に度を揃えてならんでいる。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
Oは昔し林檎りんごのように赤い頬と、人一倍大きな丸い眼と、それから女に適したほどふっくりした輪廓りんかくに包まれた顔をもっていた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と思ったらその輪廓りんかくが急に崩れだした。身体が輪廓の方から内部へ向って溶けだしたように見えたが、最後に顔面だけが残った。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
資料を古くひろく求めてみればみるほど輪廓りんかくは次第に茫漠ぼうばくとなるのは、最初から名称以外にたくさんの一致がなかった結果である。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一男は、縦横に組み上げられた鉄材の間から、遠く澄んだ空へ眼をはなった。上総かずさ房州ぼうしゅう山波やまなみがくっきりと、きざんだような輪廓りんかくを見せている。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
しまりのない肉づきのいい体、輪廓りんかくの素直さと品位とをいている、どこか崩れたような顔にも、心をきつけられるようなところがあった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は立ちどまった。女も私に気がいたのか、ななめに後をり返った。その顔の輪廓りんかくから眼のあたりが、どうしてもお八重であった。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
角ばった、ごッつい顔だと思っていたのに、笑うと輪廓りんかくがほころんで、眼尻に人なつッこい柔味が浮かんだ。それは思いがけないことだった。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
むれの人がぴったりぎ合って入日の方に向いて行くのが、暗い形に見えるのだ。多くは自分の輪廓りんかくされているように背中を曲げている。
妙見の長い山脚を越えて、千々岩岳、吾妻岳、九千部くせんぶ岳などが蒼茫そうぼうとして暮行くれゆく姿を見せ、右方うほう有明海の彼岸ひがんには多良たら岳が美しい輪廓りんかくを描く。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
早川の対岸に、空をくぎってそびえている、連山の輪廓りんかくを、ほの/″\とした月魄つきしろが、くっきりと浮き立たせているのであった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そのまた奥の方には、めったに好くは見えないが、かすか遠山とおやまのぼんやりした輪廓りんかくが現われている。家の前には階段がある。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
眼が大きく、唇が厚く、そして何処までも純日本式の、浮世絵にでもありそうな細長い鼻つきをした瓜実顔うりざねがお輪廓りんかくでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その岡の上に麦酒ビール会社の建築物が現われて、黒い輪廓りんかくがあざやかに、灰色の空を区画くぎったところなど、何とはなしに外国とつくにの景色を見るようである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
広重は従来の日本画の如く輪廓りんかくの線を描くにはことごと墨色ぼくしょくを用ひ、彩色は唯画面の単調を補ふ便宜となしたるに過ぎず。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と絹子さんは少時しばらく目を離さなかったも道理、く写っていた。銅版にすると輪廓りんかくが崩れるものだけれど、鼻筋まで極めて鮮明に写っていたのである。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
国から態々わざわざいに出て来た大石という男を、純一は頭の中で、朧気おぼろげでない想像図にえがいているが、今聞いた話はこの図の輪廓りんかくを少しもきずつけはしない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
極く遠方の屋根、窓、樹木までが、銅版画の如き輪廓りんかくを以て一つ一つはっきりと見えて来た。視覚ばかりではない。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
第一結晶が極めて美しく、繊細を極めたその枝の端々までが手の切れそうな鮮明な輪廓りんかくを持っていることである。
男の児はどれも、どんぐりでも、何かくっきりした輪廓りんかくをもっている。粒々がある。だから面白い。女の児は女の児という一般性の中に流れこんでいて。
奇異なる面貌の土偶はうたがひも無く遮光器を着けたる形なり。輪廓りんかくは遮光器の周縁しうゑんにして、横線は透かしなるのみ。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
たいがいこの筆法で、画の筆者の輪廓りんかくさえ過っているのが殆どである。——にも関わらず、武蔵の画については
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女にはわずかにその輪廓りんかくだけしか想像されずにゐた長い争闘によつてきずついた青年がそこによこたはつてゐた。彼女はあわれむやうに青年の姿を改めて見直した。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
やがてその二階の窓際には、こちらへ向いたらしい人影が一つ、おぼろげな輪廓りんかくを浮き上らせた。生憎あいにく電燈の光がうしろにあるから、顔かたちは誰だか判然しない。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
満月の輪廓りんかくはにじんでいた。めだかの模様の襦袢じゅばん慈姑くわいの模様の綿入れ胴衣を重ねて着ている太郎は、はだしのままで村の馬糞ばふんだらけの砂利道じゃりみちを東へ歩いた。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
「びッくりして?」まず、平生通りの調子でこだわりのない声を出したかの女の酔った様子が、なよなよした優しい輪廓りんかくを、月の光で地上にまでも引いている。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
いやでも応でも彼は自分の髪の毛色の違い、皮膚の色の違い、顔の輪廓りんかくの違い、ひとみの色の違いを意識しない訳に行かなかった。う人ごとにジロジロ彼の顔を見た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たとえば、絵画については輪廓りんかく本位の線画であること、色彩が濃厚でないこと、構図の煩雑はんざつでないことなどが「いき」の表現に適合する形式上の条件となり得る。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
なるほど、鋳型いがたというものはあるでしょう。それを取っておけば、同じような輪廓りんかくをもち、同じような色彩いろをした像を幾つとなく造ることは出来るでありましょう。
(新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
みずみずしくふくらみ、はっきりした輪廓りんかくを描いて白く光るあの夏の雲の姿はもう見られなかった。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
鷺太郎にはその輪廓りんかくを読みとることが出来、一人はたしか山鹿だ、と断定はしたが、も一人の女性の方は、山鹿と交際していないので誰だったか解ろうはずもなかった。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
芸に伴って顔の輪廓りんかくが、人生の凋落ちょうらくの時になって整って来る。普通の人間なら爺顔になりかけの時が、役者では一番油の乗り切った頃である。立役はその期間が割に長い。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
何角だかは考えないで、ただ角なるゆえに四角というのである。輪廓りんかく円縁まるぶちであればただちに円いと言い、屈曲くっきょくさえあれば円いというも、そのまるというのは円形の意でない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
だいいち輪廓りんかくのぼんやり白く光ってぶるぶるぶるぶるふるえていることでもわかります。
ありときのこ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
と、そんなけちな肉感なんか、忽ちすッとんでしまうほど空はとろけそうに碧く、ギラギラ燃えていた。その空の奥に、あなたの顔の輪廓りんかくが、ぼおっと浮んだような気がしました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
下頬したほおの膨らんだ円い輪廓りんかくを幾度も画き直してから眼鼻をつけて最後に鼻柱の真中へ黒子ほくろを一つ打った。そうして出来上った南瓜かぼちゃのような顔の横へ「ネーサンノカオ」と書いておいた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
小さな築山と木枝の茂みや、池と庭草は、電灯の光は受けても薄板金で張ったり、針金で輪廓りんかくを取ったりした小さなセットにしか見えない。むことだけして吐くことを知らないやみ
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
若者の背後はいごには何ものにもまさって黒いかれ影法師かげぼうしが、悪魔あくまのように不気味な輪廓りんかくをくっきり芝生の上にえがいていた。老人は若者の背後にまわってそのかげのはしを両足でしっかりふまえた。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
蜑の裸身はだかみが、底の方にある時は、青い水の層の複雑な動揺の為に、その身体が、まるで海草の様に、不自然にクネクネと曲り、輪廓りんかくもぼやけて、白っぽいおばけみたいに見えているが、それが
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
水狐族なるものの発生とその宗教の輪廓りんかくとが朧気おぼろげながらも解って来た。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あをにごれるほほの肉よ、さらばへる横顔の輪廓りんかくよ、曇の懸れるまゆの下に物思はしき眼色めざしの凝りて動かざりしが、やがてくづるるやうに頬杖ほほづゑを倒して、枕嚢くくりまくらに重きかしらを落すとともに寝返りつつ掻巻かいまき引寄せて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
あの靄の輪廓りんかくに取り巻かれているあたりには、大船おおぶねに乗って風波ふうはを破ってく大胆な海国かいこくの民の住んでいる町々があるのだ。その船人ふなびとはまだ船のき分けた事のない、沈黙のうしおの上を船で渡るのだ。
窓の一つをじっと見つめているうちに、ぼくは、ふとなにやら白っぽい斑点しみに気がつく。そのしみは、ちっとも動かずいちめんに暗い茶色をした背景の上に、四角い輪廓りんかくをくっきり浮きたたせている。
かき (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
三千代の顔を頭の中に浮べようとすると、顔の輪廓りんかくが、まだ出来上らないうちに、この黒い、湿うるんだ様にぼかされた眼が、ぽっと出て来る。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
正直なところ、わしはデルマの黄金メダルの秘密については、おぼろげながらその輪廓りんかくを多少聞きかじっているにすぎない。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
餉台ちゃぶだいにおかれたランプの灯影ひかげに、薄い下唇したくちびるんで、考え深い目を見据みすえている女の、輪廓りんかくの正しい顔が蒼白く見られた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
丁度向いの所にミョンヒスベルヒやまと、そのいただきにある城とが、はっきりした輪廓りんかくをなして、そらにえがかれている。明りなぞをけるには及ばない。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
遠目は絹に近くまた肌ざわりも柔かである上に、何よりも女に嬉しかったのは、衣裳の輪廓りんかくの美しくなったことである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)