襟巻えりまき)” の例文
旧字:襟卷
学校へ行く時、母上が襟巻えりまきをなさいとて、箪笥たんす曳出ひきだしを引開けた。冷えた広い座敷の空気に、樟脳しょうのうにおいが身に浸渡るように匂った。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
中央まんなかに腰掛けて帽子を冠っている少年が橋本の正太、これが達雄、これが実、後に襟巻えりまきをして立ったのが森彦などと話して聞かせた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
白い毛糸の、ボヤボヤした温かい襟巻えりまきに包まれながら、姉に抱かれながら、この、本郷の通りをくるまに乗つて走つてゐたことがある。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
現代では人絹じんけんというものがある。人絹製の帯や襟巻えりまきなどに、上等のものよりも数等感心すべきさっぱりとした美しい柄を発見する。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
時々——半年に一度くらい——寒い季候には茶色のむくむくした襟巻えりまきと、同じ色のとぼけた様な(御隠居ごいんきょさん帽子)を冠ったり
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
鶯色うぐいすいろのコートに、お定りのきつね襟巻えりまきをして、真赤まっかなハンドバッグをクリーム色の手袋のはまった優雅な両手でジッと押さえていた。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
男は、目の前にたまげた顔で立ちすくんでいるおかみさんを見ると、あわてて、襟巻えりまきのはしで口のあたりをかくそうとあせった。
或る婦人団体の幹事さんたちがきつね襟巻えりまきをして、貧民窟の視察に行って問題を起した事があったでしょう? 気を附けなければいけません。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
黒の靴下に高踵靴ハイヒイルだけの着付けだった。すこしせいの低い前列は、それに一様に黒い毛皮の襟巻えりまきをして、つばの広い黒い帽子をかぶっていた。
往来に氷が張っているかん中でも堂々と店をつづけていて、さすがに客は滅多に見受けなかったが、それでも時々二重回しに襟巻えりまきをした客が
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
その時待ち佗びた人の影法師がそろって洋食店の門口を出た。敬太郎けいたろうは何より先に女の細長いくびを包む白い襟巻えりまきに眼をつけた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
くびには黒い襟巻えりまきひしとまとい、白い髪をし、若々しい眼で自分をやさしく見守みまもり、寛容にゆったりと落ち着いてる母の、その顔をながめていた。
る大名華族の屋敷の門長屋が詰所にあてられた。外套がいとうを着、襟巻えりまきをした彼は、和服に二重廻にじゅうまわしの隣人を引張って出かけた。
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
だが次の瞬間には、足元の白く乾いた砂の上に、襟巻えりまきのやうなものが、おつぽり出されてあつた。それが鹿の仔であつた。額に血がにじんでゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
小さい新聞紙の包を大事そうにかかえて電車を下りると立止って何かまごまごしていたが、薄汚い襟巻えりまきで丁寧に頸からあごを包んでしまうと歩き出した。
まじょりか皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
と、老人は女物の古裂こぎれで作った色のさめたお納戸縮緬なんどちりめん襟巻えりまきの中へ寒そうに首をちぢめて、やに下った形で云った。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その冬お見舞として駱駝らくだの毛糸で襟巻えりまきを編んで差上げたら、大変お喜びで、この冬は風も引くまいとの礼状でした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
寒の内には草鞋わらじばきの寒行かんぎょうの坊さんが来ます。中には襟巻えりまきを暖かそうにした小坊主を連れているのもあります。日が暮れると寒参りの鈴の音も聞えます。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
白い襟巻えりまきのようなものをぐるぐると首に巻き、空色の長い上衣を著て、半袴はんばかま穿いた、眼の非常に大きい男は
新婦人協会の請願運動 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
長手ながてな重みのある、そしてどこかなまめかしいところのある顔を見せて、洋服の男の背後うしろの方から出ようとするふうで、長い青っぽい襟巻えりまきの襟をき合せていた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あつい毛の襟巻えりまきをまき、足には足袋を二つ重ねてその上に毛布と外套ぐわいたうをかけて、お父さんお母さんの背なかにしつかり負はれてゐるのですが、それほどにしても
(新字旧仮名) / 土田耕平(著)
こんな寒い朝早くからどこへ行ったのか深い襟巻えりまきをしてこちらへ歩いて来るのが、遠くから眼についた。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
茶っぽい襟巻えりまきと、の丸くなった古トンビを羽織っているので、最初は老人のようにみえたが……。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
君は小ざかしい邪魔者から毛糸の襟巻えりまきで包んだ顔をそむけながら、配縄を丹念におろし続ける。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
二人とも綿めんの交つた黒の毛糸の無意気ぶいき襟巻えりまきを首に巻付けて、ふるい旧い流行後れの黒の中高帽を冠つて(学生で中高帽などを冠つて居るものは今でも少い)それで、そばで聞いては
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
果物屋の店の中は一面に曇った硝子ガラスの壁にとり囲まれ、彼が毛糸の襟巻えりまきの端で、何んの気なしにSと大きく頭文字を拭きとったら、ひょっこり靄の中から蜜柑みかんとポンカンが現われた。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
窓ぎわの、片肘かたひじの折れた肘掛椅子ひじかけいすすわっているのは、としころ五十ほどの、かみをむき出しにした器量のわるい婦人で、着古した緑色の服を着て、まだら色の毛糸の襟巻えりまきを首に巻いていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
マグロアールは筒襞つつひだのある白い帽子をかぶり、頭には家の中でただ一つの女持ちの飾りである金の十字架をつけ、大きい短かい袖のついた黒い毛織りの長衣からまっ白な襟巻えりまきをのぞかせ
その勢にこれ見そなはせ、尾の先少しみ取られて、痛きことはなはだしく、生れも付かぬ不具にされたり。かくては大切なるこの尻尾も、老人としより襟巻えりまきにさへ成らねば、いと口惜しく思ひ侍れど。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
ぽかり/\と駒下駄こまげた穿いて来る者は、立派な男でなり臘虎らっこの耳つきの帽子をかぶり、白縮緬しろちりめん襟巻えりまきを致し、藍微塵あいみじんの南部の小袖こそでに、黒羅紗くろらしゃの羽織を着て、ぱっち尻からげ、表附きの駒下駄穿き
しかもあかじみた萌黄色もえぎいろの毛糸の襟巻えりまきがだらりと垂れ下ったひざの上には、大きな風呂敷包みがあった。その又包みを抱いた霜焼けの手の中には、三等の赤切符が大事そうにしっかり握られていた。
蜜柑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かれ高野山かうやさんせきくものだといつた、年配ねんぱい四十五六しじふごろく柔和にうわな、何等なんらえぬ、可懐なつかしい、おとなしやかな風采とりなりで、羅紗らしや角袖かくそで外套ぐわいたうて、しろのふらんねるの襟巻えりまきめ、土耳古形とるこがたばうかむ
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
襟巻えりまきに深くうずもれ帰去来かえんなん
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
赤いわたしの襟巻えりまき
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
お照は毛織の襟巻えりまきを長々とコートの肩先からひざまで下げ手には買物の紙包を抱えて土間に立っていた。兼太郎は手を取らぬばかり。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
久留米絣くるめがすりの着物にハンチング、濃紺の絹の襟巻えりまきを首にむすんで、下駄だけは、白く新しかった。妻にもコオトがなかった。
姥捨 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この日雨が上って、日脚ひあしがさっと茶の間の障子しょうじに射した時、御米は不断着の上へ、妙な色の肩掛とも、襟巻えりまきともつかない織物をまとって外へ出た。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
背にかついでる大きなこりの中には、あらゆる物がはいっていた、香料品、紙類、糖菓類、ハンケチ、襟巻えりまき履物はきもの罐詰かんづめこよみ小唄こうた集、薬品など。
三吉は一旦いったん脱いだ白シャツに復た手を通して、服も着けた。正太は紺色の長い絹を襟巻えりまきがわりにして、雪踏せったの音なぞをさせながら、叔父と一緒に門を出た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
寒風に吹きさらされて、両手にひびを切らせて、紙鳶に日を暮した二十年ぜんの小児は、随分乱暴であったかも知れないが、襟巻えりまきをして、帽子を被って、マントにくるまって懐手ふところでをして
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は御免をこうむってと、ねずみの絹の襟巻えりまきをし、電気ストーブを背中に当てたり、電気布団を敷いたりして、風邪を引かぬ用心をしながら、物静かに、ぽつぽつ口をくのであったが
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、うしろから来て彼の左側をすれすれに通ってむこうへ往こうとする者があった。それはわかい小柄な女であった。女はり返るようにちょと白い顔を見せた。女は長い襟巻えりまきをしていた。
青い紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
自分の白いネルの襟巻えりまきがよごれてねずみ色になっているのを、きたないからと言って女中にせんたくさせられたこともあったが、とにかく先生は江戸ッ子らしいなかなかのおしゃれで
夏目漱石先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もう一人のスタアレット氏はずっと若い洒落者しゃれものだった。冬は暗緑色のオオヴァ・コートに赤い襟巻えりまきなどを巻きつけて来た。この人はタウンゼンド氏に比べると、時々は新刊書ものぞいて見るらしい。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
はなやかな声、あでやかな姿、今までの孤独な淋しいかれの生活に、何等の対照! 産褥から出たばかりの細君を助けて、靴下を編む、襟巻えりまきを編む、着物を縫う、子供を遊ばせるという生々した態度
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
と云いながら又作が無法に暴れながら、ずッと奥へ通りますと、八畳の座敷に座布団の上に坐り、白縮緬しろちりめん襟巻えりまきをいたし、くわ烟管ぎせるをして居ります春見丈助利秋のむこうおくしもせずピッタリと坐り
かれは高野山こうやさんせきを置くものだといった、年配四十五六、柔和にゅうわななんらのも見えぬ、なつかしい、おとなしやかな風采とりなりで、羅紗らしゃ角袖かくそで外套がいとうを着て、白のふらんねるの襟巻えりまきをしめ、土耳古形トルコがたぼうかぶ
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
襟巻えりまききつねの顔は別に
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
或時はあまりに世話を焼かれすぎるのに腹を立てて、注意される襟巻えりまきをわざときすてて風邪かぜを引いてやった事もあった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
女性の細胞の同化力には、実に驚くべきものがあるからである。きつね襟巻えりまきをすると、急に嘘つきになるマダムがいた。
女人訓戒 (新字新仮名) / 太宰治(著)