藍色あいいろ)” の例文
とうとう、半蔵らの旅は深い藍色あいいろの海の見えるところまで行った。神奈川かながわから金沢かなざわへと進んで、横須賀行きの船の出る港まで行った。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
幾個いくつかの皿すでに洗いおわりてかたわらに重ね、今しも洗う大皿は特に心を用うるさまに見ゆるは雪白せっぱくなるに藍色あいいろふちとりし品なり。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
富士の影がなぎさを打って、ひたひたと薄くかぶさる、藍色あいいろの西洋館のむねたかく、二、三羽はとはねをのして、ゆるく手巾ハンケチり動かすさまであった。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
川をはさんだ山は紅葉と黄葉とにすきまなくおおわれて、その間をほとんど純粋に近い藍色あいいろの水が白いあわいて流れてゆく。
日光小品 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「よく見たまえ、この回数券は戦前もずっと前の、藍色あいいろの表紙じゃないか、あと三枚きりしかない。こんな物いまどき通用するもんかね。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
目の前に湖水が濃い藍色あいいろたたえられている。そこにあったベンチに腰を掛けて、い心持ちになって、鏡のように平かな水のおもてを見渡した。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
海はその向うに、白や淡緑色の瀟洒しょうしゃな外国汽船や、無数の平べたいはしけや港の塵芥じんかいやを浮かべながら、濃い藍色あいいろはだをゆっくりと上下していた。
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
谷をおおう黒ずんだ青空にはおりおり白雲が通り過ぎるが、それはただあちこちの峰に藍色あいいろの影を引いて通るばかりである。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
まさかりを手にし、鉄の面と鉄のくつと鉄の手袋をつけ、一つは黄色の馬飾りを施し、一つは藍色あいいろの馬衣を置いて、互いに相まみえた。
それ以上深くなると、こい緑色となり、三十尋(五十五メートル)以上では、藍色あいいろ。それからは黒っぽい色がましてくる。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
ただこはすっきりとせてみえた。藍色あいいろのぼかしに菖蒲しょうぶの模様の帷子かたびらを着、白地にやはり菖蒲を染めた帯をしめていた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あなたはブランコが揺れるままに、何時いつかしら、藍色あいいろのキモノに身を包んで藍色の大海原を帆走る一個の船夫かこであった。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
すなわち Delphinium grandiflorum L. と呼ぶ陸生宿根草本りくせいしゅっこんそうほんで、藍色あいいろ美花びかを一花穂かすいに七、八花も開くものである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
この匂は藍色あいいろ大空おおぞらと、薔薇色ばらいろの土とをて、暑き夏の造りかもせしものなれば、うつくしき果実の肉のうちには、明け行く大空の色こそ含まれたれ。
津田は竪横たてよこに走る藍色あいいろわくの上にくずれ散ったこの粉末に視覚を刺撃されて、ふと気がついて見ると、彼は煙草を持った手をそれまで動かさずにいた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
明智が指で土をかきのけて行くと、その奥から、黒髪を乱した藍色あいいろの死人の顔が現れ、プンと異臭が鼻をついた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
……畑中の並木が紫に烟り、昼間は藍色あいいろに見えていた遠くの山々が、今は夕栄ゆうばえの光りを受けてほとんど淡紅色と云い得るまでに淡く薄い色になってゆく。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
藍色あいいろに黒ずんだ二十間ほどの幅の潮の流れが瀬波のような音をたて、流木やごみが船といっしょに流れている。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
藍色あいいろの夕闇がうっすらと竹の林に立ちこめて、その幹の一つ一つに、西ぞらの残光が赤々と照り映えていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
けれどもあの透きとおるような海の藍色あいいろと、白い帆前船などの水際みずぎわ近くに塗ってある洋紅色ようこうしょくとは、僕の持っている絵具えのぐではどうしてもうまく出せませんでした。
一房の葡萄 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
これもおそろいの、藍色あいいろの勝った湯帷子ゆかたそでひるがえる。足に穿いているのも、お揃の、赤い端緒はなおの草履である。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
わたしは、利助りすけさくがたまらなくきだ。まあ、この藍色あいいろえていてみごとなこと。金粉きんぷんいろもその時分じぶんとすこしもわらない。上等じょうとうのものを使つかっていたとみえる。
さかずきの輪廻 (新字新仮名) / 小川未明(著)
仏は、ネラと呼ばれる女と、藍色あいいろようやく濃い研究所の庭を、砂利をふみつつ、奥の方へ歩いていった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
空にかかった大鷲の影も、遠き夕照ゆうでりをうけて金羽きんうさんらんとして見えるかと思えば、またたちまち藍色あいいろの空にとけて、ただものすごき一点の妖影ようえいと化している。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
聞き兼ねた様子で、店先へ顔を出したのは、藍色あいいろあわせを着た、紫陽花あじさいのような感じのするお新でした。
彼の頭は嫁菜よめなの汁で染められた藍色あいいろからむしきれを巻きつけ、腰には継ぎ合したいたちの皮がまとわれていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
今、お雪は、自分の身を、藍色あいいろをした夕暮の空の下、はてしを知らぬ大きな湖の傍で見出しました。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
河水は、日増ひましに水量を加えて、軽い藍色あいいろの水が、処々の川瀬にせかれて、淙々そうそうの響を揚げた。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今日の日曜を野径のみち逍遙しょうようして春を探り歩きたり。藍色あいいろを漂わす大空にはまだ消えやらぬ薄靄うすもやのちぎれちぎれにたなびきて、晴れやかなる朝の光はあらゆるものに流るるなり。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
すなわち赤色、橙色だいだいいろ、黄色、緑色、青色、藍色あいいろ、紫色がこれでありまして、日光光線を分光器で分析しますと、いわゆるスペクトルとなって、これらの美しい色にわかれます。
紫外線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
少し西北には、青梅あおめから多摩川上流の山々が淡く見える。西南の方は、富士山も大山も曇った空にひそんで見えない。唯藍色あいいろの雲の間から、弱い弱い日脚ひあしが唯一筋はすに落ちて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
砂のような雲が空をさらさらと流れていた。そのとき不意に、何処からともなく風が立った。私達の頭の上では、木の葉の間からちらっと覗いている藍色あいいろが伸びたり縮んだりした。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
さて雲のみねは全くくずれ、あたりは藍色あいいろになりました。そこでベン蛙とブン蛙とは
蛙のゴム靴 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
彼らはそれに気づいて、藍色あいいろをふかめた彼方かなたの海を、はるかにそッとながめやった。背中にはこんなに暑い陽を受けていながら、こちらの鼻ッつらには迫り来る秋のけはいを感じている。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
私の眼は一時に視力を弱めたかのように、私は大きな不幸を感じた。濃い藍色あいいろに煙りあがったこの季節の空は、そのとき、見れば見るほどただ闇としか私には感覚できなかったのである。
蒼穹 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
故郷の陸地がついにひとすじの藍色あいいろの線になり、一点の雲のように水平線にかすかに消え去ってゆくのを見た時に、わたしは、わずらわしい世間のことについて書き記した一巻の書物をとじて
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
遠くの愛宕あたごから西山の一帯は朝暾あさひを浴びて淡い藍色あいいろに染めなされている。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
白山は、藍色あいいろの雲間に、雪身せっしんの竜に玉の翼を放ってけた。悪く触れんとするものには、その羽毛が一枚ずつ白銀しろがね征矢そやになって飛ぼう。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぐにあの上の方を見るのだ。あの藍色あいいろな処を見るのだ。おれにはそれが、なんだか気味が悪いようで出来ないから、お前に聞くのさ。」
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
下女は盥の中の単衣ひとえしぼってお婆さんに見せた。それが絞られるたびじれた着物の間から濁った藍色あいいろの水が流れた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その日は照り続いた八月の日盛りの事で、限りもなく晴渡った青空の藍色あいいろしたたり落つるが如くに濃く、乾いて汚れた倉の屋根の上に高く広がっていた。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
藍色あいいろに近い顔に、目は赤く血走っていた。アッと思うまに、克彦はクラクラと目まいがして、椅子からすべり落ちていた。ほおはげしい平手打ちをくったのだ。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この花束は、そんな自分、濃い藍色あいいろの海の中で、弘とともに死んでいた一人の自分からの、ちがう新しい自分への、切実な愛のしるしではないのかしら……?
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
そうしてまたみんな申し合わせたように眉毛まゆげをきれいにり落としてそのあとに藍色あいいろの影がただよっていた。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
隣室の線香が絶えんとする時、小野さんは蒼白あおじろい額を抑えて来た。藍色あいいろの煙は再び銀屏ぎんびょうかすめて立ちのぼった。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
乙姫おとひめは——彼はちょっと考えたのち、乙姫もやはり衣裳だけは一面に赤い色を塗ることにした。浦島太郎は考えずともい、漁夫の着物は濃い藍色あいいろ腰蓑こしみのは薄い黄色きいろである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
部屋のなかは、濃い褐色セピアと黒っぽい藍色あいいろのなかに沈んでいるのに、外景には三鞭酒シャンパン色の明るい光が氾濫している。夏の、あのはげしさはなく、しっとりと落ち着いた調子がある。
藍色あいいろの、嫌に光るくすりの掛かった陶器の円火鉢である。跡から十四五のたすきを掛けた女の子が、誂えた酒肴さけさかなを持って来た。徳利一本、猪口ちょく一つに、なまぐさそうな青肴あおざかなの切身が一皿添えてある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
赤い封蝋ふうろう細工のほおの木の芽が、風にかれてピッカリピッカリと光り、林の中の雪には藍色あいいろの木のかげがいちめんあみになって落ちて日光のあたる所には銀の百合ゆりが咲いたように見えました。
雪渡り (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
まだまだお祖母ばあさんのキモノの柔かい鼠色ねずみいろのキレや、春さんののであったピカピカ光る桃色ののや、父様が若かった男盛のころのネクタイだったすじのあるのや、藍色あいいろののや黄色いのもあった。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)