たね)” の例文
もう少将のたねを宿しているのです。わたしが今死ぬとすれば、子供も、——可愛いわたしの子供も一しょに死ななければなりません。
二人小町 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
驚いてその仔細をただしたが、彼女かれは何にも答えなかった。赤児は恐らく重蔵のたねであろうと思われるが、男の生死しょうしは一切不明であった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
苦労の中にもたすくる神の結びたまいし縁なれや嬉しきなさけたねを宿して帯の祝い芽出度めでたくびし眉間みけんたちましわなみたちて騒がしき鳥羽とば伏見ふしみの戦争。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
貴女が僕のたね宿やどしたということが判ったなら、僕は一体どうなると思うのです。社会的地位も名声も、灰のように飛んでしまいます。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
母親は高貴のたねを宿して自分を生んだと聽いて、自分も榮耀の限りを盡し、高い身分になりたいと、命がけで心掛けたことだらう。
実に年はかないが、是は矢張やはり松山さんのおたねだけ有って、私ア聞いて居てぽろりと来ました、いやこれは誰でもポロときますよ
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
二人の娘は浅井のたねであって、柴田の子孫ではないから、これは秀吉の手に托しても仔細はあるまいと、二女を城外に送り出して
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いかん! いかん! かなわぬ願いだっ。逆賊のたねを世にのこしおけば、やがて予に対して祖父のあだの母のかたきのと、後日のたたりを
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
死んだ亭主のたねやみから暗へやるのも情けないし、済まない済まないと思いながら、時さんにばかり苦労をかけています。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
わたしはこの間の盆踊りの晩に、誰とも知れぬ男のたねを宿したが、まだ誰にも云わずにいるうちに、文太郎さんが養子に来ることになりました。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
島は清休の子婦よめ、廓清の妻になつて、一子東清を擧げた。若し島が下げられた時、義公のたねやどしてゐたとすると、東清は義公の庶子しよしであらう。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
聞如何我たねなればとて然る曲者くせもの採用さいようし後にがいをばのこさんこと武將ぶしやうの所爲に有ざれば天下の爲に彼をしてしひ僞者にせもの言詰いひつめ宜敷よろしくけいに行ふ可し是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それのみならず、にくい良人のたねであるかと思うと、お腹の子までが自分の仇敵かたきのように思われてなりません。
印象 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
鏡と額田とは、たうてい一つ腹ひとつたねの姉妹とは思へないほどに、別々の世界の住み手だつたわけである。
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
しかし滋幹は、自分のたねちがいの弟に当る中納言敦忠あつたゞに対しては、餘所よそながら深い親愛の情を寄せていた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ある日「おっかあ、お湯が呑みてえ」と呼んだきり唖となった。何ものが彼の舌をしばったか。同じたねと云う彼の弟も盲であるのを見れば、梅毒ばいどくの遺伝もあろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
かれらは世子が藩主のたねであるかどうかあやしい、と云いだしたのである。信濃守は十七歳で結婚した。
屏風はたたまれた (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自ら護法のたねであることを標榜して、自衛の道を講じたことが子孫に累をなしたのであったかもしれぬ。
あたしがお前さんのお父ッあんのたねでないとは、誰も保証できないじゃないか。けだものになるのは、いやさ
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
それに致しましても天一坊が公方様のおたねであるかどうかと申す事まではお判りにはなりますまい。
殺された天一坊 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
娘はついにその俳優やくしゃたねを宿して、女の子を産んだそうだが、何分なにぶんにも、はなはだしい難産であったので、三日目にはその生れた子も死に、娘もそののち産後の日立ひだちるかったので
因果 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
逗子ずしにある博士の別荘に召使いとして住み込んでいる時分に、ふと博士のたねはらんだのだということや、ある権門からとついで来た夫人の怒りを怖れてそのことが博士以外の誰にも
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そして自分が死水を取ってやった唯一の親友の檜垣の主人は、結局その姪を自分にあわして、後嗣のたねを取ろうとする仕掛を、死の断末魔の無意識中にあっさり自分に伏せている。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
フランチェスコ大公妃ビアンカ・カペルロ殿は、ピサ・メディチ家において貴下のたねを秘かに生めり。その女児に黒奴ムールの乳母をつけ、刈込垣の外に待たせ置きたれば受け取られよ——と。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
浮世はつれなし親族みよりなりける誰れ彼れが作略に、爭そはんも甲斐なや亡き旦那樣こそ照覽ましませ、八幡いつはりなき御たねなれども、言ひ張りてからが欲とやいはれん卑賤の身くやしく
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
遂にその男のたねを宿したのだといふこと、森田は逓信省ていしんしやうの電信技手とかで、三十前の独身者だが、毎月一度位京都へ出張して来て、その都度浪華亭を宿にしてゐたのだといふこと、ところで
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
このが小池の兒であつたら、小池のたねであつたら。——
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
しやうあるもののたね
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
私はたねをおろさう
この母子は町人のたねではなかった。お菊の父は西国の浪人鳥越とりごえなにがしという者で、それに連れ添っていた母も武士の娘である。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし、その子が、実際次郎のたねかどうか、それは、たれも知っているものがない。阿濃あこぎ自身も、この事だけは、全く口をつぐんでいる。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ねえ、その男は、自分の情婦おんなを、若い男に失敬されちまったんだ。いや、おまけに、情婦というのが、若い男のたねを宿しちまった。いいですか。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「お雪殿の生んだ、怨敵をんてき五郎次郎のたねと、此處で最期を遂げ、惡逆非道のすゑをこの世から亡ぼすのが、せめてもの望みだ。怨んでくれるなよ、玉枝殿」
たとえどんな不具かたわでも、馬鹿でもよいから、お前のたねというものに加藤の家をつがせて、尾張名古屋の城を見返すように、この、わたしがついています
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
話は前へ戻って、彼此かれこれするうちに、お蝶さんは妊娠したのであります。即ち、悪漢のたねを宿したのであります。運命はどこまでお蝶さんを虐げるのでしょう。
狂女と犬 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
もうおたねとまっては隠すことは出来ない。あれは内から膨れて漸々だん/\前の方へ糶出せりだして来るから仕様がない。何うも変だ、様子がおかしいと注意をいたして居ました。
その水戸樣のおたねの人は若くて亡くなりましたが、血筋は壽阿彌さんまで續いてゐるのだと、承りました。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
母は其子を兼盛のたねでは無いと云張り、兼盛は吾子わがこだと争ったが、畢竟ひっきょうこれは母が其子を手離したくない母性愛の本然ほんねんから然様そう云ったのだと解せられもするが
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「わたくしは亡くなった大旦那さまの側女でございました、産んだ子は大旦那さまのおたねでございます」
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あらゆるモノスゴイ記憶の数々を一パイに含んだ自分のたねを後世に残して死んだ……するとこの胤が又、生き代り死に代り明かし暮して来て、呉一郎に到って又も
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それにしても同じ腹、おなじたねの皇子でありながら、中ノ大兄とはなんといふ違ひやうであらう。
春泥:『白鳳』第一部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
同道どうだういたし城下へ參り榎本屋えのもとや三藏に頼み加納將監かなふしやうげん樣へ御針おはり奉公に出しつかはし候に其のち病氣びやうきなりとて宿やどへ下り母のもとに居候が何者のたねなるか懷姙くわいにん致し居候故村中むらぢう取り/″\うはさ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
何進はもと牛や豚を屠殺とさつして業としている者であったが、彼の妹が、洛陽にも稀な美人であったので、貴人の娘となって宮廷に入り、帝のたねをやどして弁皇子べんおうじを生んだ。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唖と盲は稲次郎のたねと分ったが、あの二人ふたりは久さんのであろ、とある人が云うたら、否、否、あれは何某なにがしの子でさ、とある村人は久さんで無い外の男の名を云って苦笑にがわらいした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
但し百人一首一夕話いっせきわに、夫人在原氏は国経の館から時平にらっし去られる時に、既に敦忠を懐妊していた、されば敦忠はまことは国経のたねであるが、夫人が本院へ移ってから生れたゝめに
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
なほ其人そのひとこひしきもらく、なみだしづんでおく月日つきひに、らざりしこそをさなけれ、うへきをかさねて、宿やどりしたね五月さつきとは、さてもとばかなげふしてなきけるが、いまひとにもはじものおもはじ
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「ありゃお前様、子供を助けたいからなんでさあ。源氏のたねを残したいから、仕方がなしにああなったんでしょう」
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
此のはおめいさんのたねちげいというと、男の方では月イ勘定すると一月ひとつき違うから己の児じゃアい、顔まで彼奴あいつに似ていると云うと、女は腹ア立って
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それは彼女が小女郎狐と親しくしているという噂で、かれはもう狐のたねを宿しているとまで吹聴した。
半七捕物帳:24 小女郎狐 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「じゃあ、それが本当なら、なぜ妾は貴方のたねを宿したのです。誰がだまされるもんですか。嘘つき!」
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)