しまひ)” の例文
しまひには、あの蓮華寺のお志保のことまでも思ひやつた。活々とした情の為に燃え乍ら、丑松は蓮太郎の旅舎やどやを指して急いだのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
私達はしまひにはある恐怖に襲はれたやうにして急いでそこから出て来た。私達の顔は蒼白くあたりに際立つて見えてゐたに相違なかつた。
あさぢ沼 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
湯村はゾラの小説を取つて表紙をけたり、広告を見たり、妙に落着かない様子を見せて居た。辰馬はしまひの灰殻を火鉢の縁へ強く叩いて
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
猿田彦さるだひこが通り、美くしく化粧したお稚児が通り、馬に乗つた禰宜ねぎが通り、神馬しんめが通り、宮司の馬車が通り、勅使が通り、行列はしまひになつたが
住吉祭 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
はじめからしまひまで間違まちがつてる』と斷乎きつぱり芋蟲いもむしひました。それから双方さうはうともくちつぐんでしまつたので、しばらくのあひだまたしんとしました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
こんなふうはなしをしてゐたら、おしまひには喧嘩けんくわになつてしまひませう。ところが喧嘩けんくわにならないまへに、一ぴきかへるみづなかからぴよんとしてました。
お母さん達 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)
………それからしまひに、綺麗な衣服きものを着た兄貴のお嫁さんが、何だか僕のお嫁さんのやうに思はれて来ましてねえ。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しまひには猫又ねこまたけた、めかけのやうに、いとうて、よるひるも、戸障子としやうじ雨戸あまどめたうへを、二ぢうぢう屏風びやうぶかこうて、一室ひとまどころに閉籠とぢこもつたきり、とひます……
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「どれ、どれ。成程にくい文字だな。」と和尚は幾度となく頭をかしげて居るが、ついぞ解つたためしはなかつた。で、しまひにはいつもこんな事を言つて笑つたものだ。
えたのぢやアありアしない、当然あたりまへな話だよ。亭「其様そんないろんな事をつちやアそばから忘れちまあア。妻「お赤飯せきはん有難ありがたぞんじますつて、一ばんしまひ女房にようばうよろしくとふんだよ。 ...
八百屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
今日は日比谷の散歩やら、芝居の立見やら、滿つまらなく日を暮して、おしまひに床屋へ入込はいりこんで今まで油を賣つてゐたのであるが、氣がついて見ると、腹はもうかみつくやうにつてゐる。
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
二人とも跣足で庭へ飛び降りて築山の椿のうしろ箒合戰はうきがつせんをした事などは度々です。何でもふざけてふざけて、ふざけ拔いて、草臥れるまではいつも止めないのですね。お時はいつでもしまひ
反古 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
……それが代がはりのたんびに、田なら田賣つて税にしてたんでは、しまひには身代が無いやうになるがな。……身代なんて不正わるいもんやさかい、無いやうにしてやろちうんなら、こら別やけんど。
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
どもりの真似をするとしまひには吃になつて了ふ。気違の真似をすると終には気違になつて了ふ。俺もこんな妄想をこしらへてゐるうちに、或は本統に被害妄想狂になつて了ふかもしれない。全く愚なことだ。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
「早く取れ、もうおしまひだ、あんまり風の吹かぬ前に。」
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
かはつた土地で知るものは無し、ひて是方こちらから言ふ必要もなし、といつたやうな訳で、しまひには慣れて、少年の丑松は一番早く昔を忘れた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
徳田秋声氏の『兵営へ』は、もつと何か書かうとしたことが、十分に書かれずにおしまひになつたやうな気がした。
或新年の小説評 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
牝牛めうし小鳥ことりは、一生いつしやうけんめいにならひましたが、それでもおぼえられないのでおしまひにはいやになつてしまひました。
お母さん達 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)
あいちやんは仕方しかたなく片方かたはうひぢもたれ、片方かたはううであたましたいてよこになりましたが、それでも寸々ずん/″\びてつて、一ばんしまひには、あいちやんは片腕かたうでまどそと突出つきだ
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
……しまひにや山も川も人間の顔もゴチヤ交ぜになつて、胸の中が宛然まるで、火事と洪水と一緒になツた様だ。……僕は一晩泣いたよ、枕にして居た帆綱の束に噛りついて泣いたよ。
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
でね、一ばんしまひわたしよろしくとさうつておれよ。亭「おれくのにわたしよろしくてえのは可笑をかしいぢやないか。妻「ナニおまへが自分の事をふのぢやない、女房にようばうよろしくといふのだよ。 ...
八百屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
たうとうしまひに分らないものだから、家の方が水で危いからとか何とか言つて、逃げ出して行つてしまつたのよ。ほんとにあんなお醫者つて始めて見たわ。でも、姐さんは直ぐよくなつたの。
梅龍の話 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
しまひには銀さんも私も逃げてばかり居たものですから、金米糖こんぺいたうを褒美に呉れるから叩けとか、按摩賃を五厘づゝ遣るから頼むとか言ひました。
……しまひにや山も川も人間の顏もゴチャ交ぜになつて、胸の中が宛然さながら、火事と洪水と一緒になッた樣だ。……………僕は一晩泣いたよ、枕にして居た帆綱の束に噛りついて泣いたよ。
漂泊 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
しばらくしてあいちやんはとほくのはうで、パタ/\ちひさな跫音あしおとのするのをきつけ一しん其方そのはう見戌みまもつてました、ねずみ機嫌きげんなほして、もどつてて、はなししまひまでしてれゝばいがとおもひながら。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
その大睾丸を蜂に食はれて、家に帰るまで泣き続けて居たといふ事と、今一つ、よく大睾丸を材料たねにして、いろ/\渾名あざなを付けたり、悪口を言つたりるものだから、しまひにはそれを言ひ始めると
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
しまひには、自分で自分を疑つて、あるひは聞いたと思つたのが夢ででもあつたか、と其音のほんとうそかすらも判断が着かなくなる。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
しまひには世話するものまで泣いて了ふ。見るに見兼ねて、何時でも私がそこへ出なければ成らないやうなことに成ります。
お栄がやさしく慰撫なぐさめた位では聞入れなかつた。しまひにはお栄は堅く袖に取縋とりすがらうとする文ちやんの手を払つて、あちこちの部屋の内を逃げて歩いた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
何がなしにその草雙紙が欲しく成つて、何度も/\其前を往つたり來たりして、しまひに混雜に紛れて一册懷中ふところに入れた少年がある——斯の少年が、自分だ。
斯う内儀かみさんは話した後で、長く居る療養の客の中には松林の間に眺めの借屋しやくや見立みたてて、海に近く住んで見る人なぞもあるが、いづれもしまひには寂しがつて
灯火 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
私は未だかつて経験したことのない戦慄みぶるひを覚えた。しまひに息苦しく成つて来た。まるで私の周囲まはりは氷の世界のやうだつた……お幸さんなどを連れなくて真実ほんとに好かつた。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
二階では話がはずんで、まだこれから根岸の伯母さんの方へ廻り外にもう一軒礼に寄らなければならないところが有るのにと、しまひにはお節が心配し始めたほどで有つた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
斯様こんな暑い日によくそれでも出掛けて行つたなあ。」と言つて、叔父さんは半ば独語ひとりごとのやうに、「お墓参りには叔父さんもしばらく行かないナ……」しまひに叔父さんは溜息をいた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その娘が線路番人に腕力でぢ伏せられて——しまひには娘の方から番人と夫婦に成りたいといふことを親のもとへ言ひ込んで来て、到頭土地にもられずに主人の家を飛出したといふ話を書いた。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)