いぼ)” の例文
本当は新しい防寒靴ガローシをもうとっくに買わなければならない筈なんだ。底でゴムのいぼが減っちまったら、こんな夜歩けるものじゃない。
三月八日は女の日だ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その父の背中は真白くてヌルヌルと脂切あぶらぎっていた。その左の肩に一ツと、右の背筋の横へ二ツ並んで、小さな無果花いちじく色のいぼが在った。
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それなのにものの一間もがたがたと床を踏んだかと思うときびすをかえして大胆に私を藪睨やぶにらみして、英国人らしく鼻にいぼをつくって
孟買挿話 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
これは英国で、蝸牛かたつむりや牛肉や林檎りんごいぼを移し、わがくにでも、鳥居や蚊子木葉いすのきのはに疣を伝え去るごとく、頸の腫れを蛇に移すのだ。
いぼかびや吹き出物などが一面に生じ、よろめき、腐蝕され、見捨てられ、永久に救われない、そのみじめな年老いた巨獣
胸のふくらみは、僅かなあいだに恥ずかしいほど豊かになり、まるでいぼくらいの小さな乳首と、その乳首のまわりが、ほのかな鴇色ときいろに色づいていた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
亭主ていしゆは五十恰好がつかういろくろほゝこけをとこで、鼈甲べつかふふちつた馬鹿ばかおほきな眼鏡めがねけて、新聞しんぶんみながら、いぼだらけの唐金からかね火鉢ひばちかざしてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
というのは、先方のからだを見ると、いぼがみんなつぶれて、醗酵はっこうしたようにぬらぬらしていた。そこで、私は——
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
小さなふなであったのである。ただ口をぱくぱくとやって鼻さきのいぼをうごめかしただけのことであったのに。
魚服記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
で、今申したように野呂という男は、ミバも良くないし、頭も切れる方じゃなし、パッとした男じゃないのですが、ひとつだけ外見上の特徴がある。それはいぼです。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
こんなおほきい石棺せきかんになりますと、そのいし運搬うんぱんするのに不便ふべんでありますから、いしのまはりにいぼのような突起とつき數箇所すうかしよけて、はこぶのにつごうよくしてをりますが
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
何やら呪文じゆもんをとなへると、すぐその指のさき章魚たこいぼのやうになつたので、それでべた/\と壁に吸ひついて、その塀をのりこえて、また豆小僧のあとを追ひました。
豆小僧の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
近づいたとき見ると、男の顔には、なんという皮膚病だか、葡萄ぶどうぐらいの大きさのいぼが一面に簇生そうせいしていて、見るもおぞましく、身の毛がよだつようなここちがした。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
むつくらした竹の子を洗へばもとのはうの節にそうて短い根と紫のいぼがならんでゐる。その皮を日にすかしてみると金いろのうぶ毛がはえて裏は象牙のやうに白く筋目がたつてゐる。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
といいながら、銚子ちょうしの裾の方を器用に支えて、渡瀬の方にさし延べた。渡瀬もそれを受けに手を延ばした。親指の股に仕事いぼのはいった巌丈な手が、不覚にも心持ちふるえるのを感じた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
こゝまで読んで、私は又あわてた。けてつのの生えた蛞蝓なめくじだと思つた、が、うでない。おおいなる蝦蟆がまが居た。……其のいぼ一つづゝ堂門どうもんくぎかくしの如しと言ふので、おおきさのほども思はれる。
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
翁が特に愛していた、蝦蟇出がまでという朱泥しゅでい急須きゅうすがある。わたり二寸もあろうかと思われる、小さい急須の代赭色たいしゃいろはだえPemphigusペンフィグス という水泡すいほうのような、大小種々のいぼが出来ている。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
熟練じゆくれん漁師れふし大洋たいやうなみまかせてこべりからなはいだつぼしづめる。なはさぐつてしづめたあか土燒どやきつぼふたゝこべりきつけられるとき其處そこには凝然ぢつとしてたこあしいぼもつ内側うちがはひついてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
いぼなんぞはきに消えてしまってその癖しんに堅い処が残る事もあります。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
顔から手足一面にいぼができて、どうにもほうっておけないことがあった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
十四のトム公は、生活力をスリらした四十男をしりえに連れて、ぽかぽかと木靴を躍らして歩いた。矮短わいたんな体をズボンつりで締めて、メリケンがりの頭へがまいぼみたいに光る鳥打帽を乗っけている。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そういえば手巾にタコのいぼがついていたから変だとは思ったが——」
泉鏡花先生のこと (新字新仮名) / 小村雪岱(著)
「我を画かんとするなら、どこからどこまですべてを画け、いぼも何も」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
大筋の小袖に繻子しゅすのめうちの打割袴ぶっさきばかま、白布をった帯に愛刀を横たえ、黒はばきわらんじに足を固め、六角形に太ながら作り鉄のすじ金をわたして、所どころに、いぼをすえた木刀を杖にした扮装いでたち
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おしづの腹にいぼができ、それが背中にとび、それから二腕にのうでにとんだ。
日日の麺麭 (新字新仮名) / 小山清(著)
老婆は右の手に生きたいぼだらけのがまの両足をつかんでぶらさげていた。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あらわに痩せたすねが膝の上まで捲くれ上がり衣裳の裾から洩れて見えたが、その脛が一本塀の上から、塀の面へのばされて、拇指おやゆびの先がかぎのように曲がって、塀の面の一所へいぼのように吸い付いた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いぼはうまく腕についたらうか。俺の疣は一つ消えてしまつたけど。
(新字旧仮名) / 新美南吉(著)
射干ひあふぎの日射に隣る鐘のいぼかがやき染まず秋にはなりぬ
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
という声がきこえまして、黒い立派な洋服を着て眼鏡をかけた大きないぼ蛙が、黒い皮の鞄を提げてノッサノッサと出て来ました。
オシャベリ姫 (新字新仮名) / 夢野久作かぐつちみどり(著)
植物のいぼであるこぶがいっぱいできてる一本の大木が、その石の山から数歩の所にあった。男はその木の所へ行って、その幹の皮を手でなで回した。
亭主は五十恰好かっこうの色の黒い頬のけた男で、鼈甲べっこうふちを取った馬鹿に大きな眼鏡めがねを掛けて、新聞を読みながら、いぼだらけの唐金からかねの火鉢に手をかざしていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
真のトルーフル中最も重要なはチュベール・メラノスポルム。これは円くてあらいぼを密生し、茶色または黒くその香オランダいちごに似る。上等の食品として仏国より輸出し大儲けする。
垢染あかじみて、貧乏じわのおびただしくたたまれた、渋紙のような頬げたに、平手で押し拭われたらしい涙のあとが濡れたままで残っている。そこには白髪の三本ほど生えた大きないぼもあった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
庭に入って来た男は僕を見て、少しおどろいたらしく立ちすくんだ。僕は絵筆を置いてそいつの顔を見ました。汗だらけのその顔にはあちこちいぼがくっついていて、それがまず印象的でした。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
六メートルばかり前の岩穴の前に、雨傘あまがさほども頭があるすばらしい大きな蛸が、いかりの鎖にも似た、いぼだらけの手を四本岩にかけて、残りの四本で何やら妙な大きな魚のやうなものを押へてゐます。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
良人の左がわの耳のうしろに赤小豆あずきほどのいぼがある。どういう機会にかそれをみつけてから気になってしかたがない。それで或るとき白茄子しろなすへたでこすると取れるということをそれとなく申上げた。
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
昼間見た時、医師せんせいの説明をよくは心にも留めて聞かなかったが、海鼠なまこのような、またその岩のふやけたような、いや膚合はだあい、ぷつりと切った胞衣えなのあとの大きないぼに似たのさえ、今見るごとく目に残る
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「違ふよ。おれには二つもいぼがあるぞ。杉にや一つもなしだ。」
(新字旧仮名) / 新美南吉(著)
近ごろ新しくできた一個のニキビをいぼのように気にしながら。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
短躯肥満、童顔豊頬にして眉間に小豆あずき大のいぼいんしたミナト屋の大将は快然として鉢巻を取りつつ、魚鱗うろこの散乱した糶台ばんだい胡座あぐらを掻き直した。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
隠語から顔をそむける思想家があるとすれば、それは潰瘍かいよういぼなどから顔をそむける外科医のごときものである。
その夜僕は、自分の手がいぼだらけになった夢を見ました。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
修道組合が大なる社会組織に対する関係は、あたかも寄生木やどりぎかしの木におけるがごとく、いぼの人体におけるがごときものである。その繁栄と肥満とは、国の衰弱となる。
そのいぼ蛙は姫のそばへ来ると、鞄から虫眼鏡を出して、姫の顔を眼から鼻から口と一つ一つていねいにのぞきましたが、おしまいに黒い冷たい手で姫の手を掴もうとしました。姫は驚いて
オシャベリ姫 (新字新仮名) / 夢野久作かぐつちみどり(著)
それは一般の言葉の上につぎ合わした一つの言葉であって、見苦しいこぶのようなものであり、いぼのようなものである。時とするとふしぎな力をそなえ、恐ろしい光景を見せる。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
その洞窟どうくつ、そのこぶ、そのいぼ、その隆肉などは、言わば顔をしかめて、硝煙の下に冷笑していた。霰弾さんだんは形もなく消えうせ、榴弾りゅうだんは埋まり没しのみ込まれ、破裂弾はただ穴を明け得るのみだった。
アグネーズの作者であって、頬に一ついぼのある四角い顔の好人物たるパエル氏は、ヴィル・レヴェーク街のサスネー侯爵夫人の催しにかかる親しい間がらだけの小さな演奏会を指導していた。
腹にうろこがあるけれど、蜥蜴とかげでもなく、背中にいぼがあるけれど、がまでもなく、古い石灰かまどやかわいた水溜みずためなどの中に住んでいて、まっ黒で毛がはえ、ねばねばして、あるいは遅くあるいは早くはい回り
一つのいぼありてその蛮勇なる鼻にうずくまる。