きら)” の例文
折柄おりから四時頃の事とて日影も大分かたぶいた塩梅、立駢たちならんだ樹立の影は古廟こびょう築墻ついじまだらに染めて、不忍しのばずの池水は大魚のうろこかなぞのようにきらめく。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼女はしばらくはうっとりと、きらびやかな燈火ともしびを眺めていた。が、やがてその光に、彼女自身の姿を見ると、悲しそうに二三度かしらを振った。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
下等のところでは肉の切り売りをする五燭光の影、上等なのでは良心の卸問屋に輝く百燭光のきらめきが夜の世間から退散しない筈であります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
窓はみっとも明け放ってあった。室が三階で前に目をさえぎるものがないから、空は近くに見えた。その中にきらめく星も遠慮なく光を増して来た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その光のけむる空間に白くこまかな線をきらめかせて雨の降る日があり、天頂の星屑の高さをおしえて晴れたそれがあった。
その一年 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
月は明らかに其田池を照して、溺れた人の髪の散乱せるあたりには、微かなさざなみが、きら/\と美しく其光にきらめいて居る。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
浴槽は汲み換えられて新しい湯の中は爪の先まであおみ透った。暁の微光が窓硝子ガラスを通してシャンデリヤの光とたがい違いの紋様を湯の波にきらめかせる。
健康三題 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
窓に微かな閃光がきらめいて、鎧扉よろいどの輪廓が明瞭に浮び上ると、遠く地動のような雷鳴が、おどろと這い寄って来る。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
夏の長い日もようやく暮れて、家々の水撒みずまきもひと通り済んで、町の灯がまばらにきらめいてくると、子供たちは細い筒の花火を持ち出して往来に出る。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
遊びがてら雷鳥を追いかけなどして別山を横搦みに、礫片の白くきらめく真砂岳をえて富士ノ折立の登りに懸った。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「おや、とんだところをびっくりさせて悪かったね」とそこへ来て、大の男たちにひるみもなく、小判や小粒のきらめく中へフワリと風をかおらせて坐った。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
取り残された彼方此方あちらこちらの陰鬱な重い土蔵の廂合ひあはひから今はまたセンチメンタルな緑色の星の影さへ一つ二つときらめき初める、ホフマンスタールの夜の景色
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
異様に白く、或は金焔色に鱗片がきらめき、厚手に装飾的な感じがひろ子に支那の瑪瑙めのうぎょくの造花を連想させた。
高台寺 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
どうだ! 衛門! 今日の不尽はかつて見たこともない神々こうごうしさだぞ! こんな荘厳な不尽を見るのはわしも初めてだ! 見ろ! あの白銀しろがねきらめくいただきの美しさを
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
悪紙悪墨の中にきらめく奔放無礙の稀有けうの健腕が金屏風きんびょうぶや錦襴表装のピカピカ光った画を睥睨へいげい威圧するは
紅玉石ルビーか真珠でも一杯に刺繍ぬいとってあるらしく、それが今きらめいて煙々と瓔珞ようらくの虹を放っている光耀こうようさ!
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
きび/\した溌剌たる挙措ものごしの底に、とろかすような強い力をきらめかして男の魂をとらえるらしかった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
黒沙の土がぐられたように凹んでいる、黒沙を穿つと、その下にも結晶した白いのが、きらりと光る、山体が小さく尖って来るほど、風が附き添って攀じ上り、はやく吹きなぐるので
雪中富士登山記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
穿うがちたるいと立派なる服をかざり胸には「レジョン、ドノル」の勲章をきらめかせてほかより帰ると見たるにそのわずか数日後に彼れは最下等の職人がまとごときたならしき仕事衣しごとぎに破れたる帽子をいたゞきて家を
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
黒の十徳じっとくに、黄八丈きはちじょうの着付け、紫綸子りんずの厚いしとねの上に坐って、左手ゆんでたなそこに、処女の血のように真赤に透き通る、わたり五分程の、きらめく珠玉たまを乗せて、明るい灯火にかざすように、ためつ、すがめつ
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ゆくてにきらめく銃剣じうけん
きらめきぬ、はたつぶたちて
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
狼狽まごまごしている私の前へ据えた手先を見ると、華奢きゃしゃな蒼白い手で、薬指にきらと光っていたのは本物のゴールド、リングと見た。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
柳桜やなぎさくらをまぜて召して、錦に玉を貫いたきらびやかなの腰を、大殿油おおとのあぶらの明い光に、御輝かせになりながら、御眶おんまぶたも重そうにうち傾いていらしった
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
雨気が除かれたかして星が中天にきらめき出した。天空より以下巨大な三角形の影をもちて空間を阻み星が燦めきあえぬ部分こそ夜眠の福慈岳の姿である。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この二、三日の天気癖である雨はすぐあがって、墨を流したような濃淡を見せている空に星すらきらめき出している。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空には小さい星が降るかと思うばかりに一面にきらめいていた。宿に帰って入浴、九時を合図に寝床に這入ると、廊下で、「按摩は如何いかがさま」という声がきこえた。
秋の修善寺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
が、右舷のはるかに、黒々と防波堤が見え、星のようにきらめくタラント軍港の燈火——いまや、戦艦「レオナルド・ダ・ヴィンチ」は目睫もくしょうかんに迫ったのである。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
白い小さな猫がゐる。青い葉かげを透かして、緑青色にきらつき出した新らしいコールタア塗の屋根の傾斜面からはつと驚いたやうに此方こちらを眺めてゐるではないか。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
……きらめくばかりの美しい衣裳いしょうを身にまとった、生れ変ったように美しいなよたけが立っている。……
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
蓄音器の律動リズム、カスタネットの足踏み、女たちの合唱、自動車はせ交い灯光はきらびやかに、巷は今春宵の一刻を歓楽の中に躍り狂おうとしているところであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
星の光が海底の真珠のように三つ四つ二つきらめいていたので、やれ安心と思う間もなく密雲みつうん忽ち天を閉じて、幽霊のような白い霧が時々すうと小屋の中まで這入って来る。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
宗助そうすけおもしたやうがつて、座敷ざしき雨戸あまどきに縁側えんがはた。孟宗竹まうそうちく薄黒うすぐろそらいろみだうへに、ひとふたつのほしきらめいた。ピヤノの孟宗竹まうそうちくうしろからひゞいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
見えないところで既に高く高くのぼっている月のくまない光は、夜霧にこめられたむこうの原ッぱの先まで水っぽく細かくきらめかせ、その煙るような軽い遠景をつい目の先によどませて
乳房 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
紺青こんじやう黄金こがねの光きらめくよ
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
露店に並んだ絵葉書えはがき日暦ひごよみ——すべてのものがお君さんの眼には、壮大な恋愛の歓喜をうたいながら、世界のはてまでもきらびやかに続いているかと思われる。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
だがそのかわりに、この広い馬場の彼方むこうに見える一かたまりの地上の灯の美しさといったらない。空に星一つない晩だけに地上の灯がよけいにきらめくのである。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大広間サルーンの花のようにきらびやかな飾電灯シャンデリヤの下で、その飾電灯に映えて眼も醒めんばかりに輝いた波斯絨氈ペルシャじゅうたんの上に放ったその犬が、どんなに妙な恰好でその辺を嗅ぎながら
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
宗助は思い出したように立ち上がって、座敷の雨戸を引きに縁側えんがわへ出た。孟宗竹もうそうちくが薄黒く空の色を乱す上に、一つ二つの星がきらめいた。ピヤノのは孟宗竹のうしろから響いた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
四五人雪洞ぼんぼりの下に集い寄って、真赤な桜炭の上で手と手が寄り添い、玉かんざしや箱せこの垂れが星のようにきらめいている——とでも云えば、そのくらまんばかりのなまめかしさは
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
文麻呂 こんな素晴しい神秘の境で、きらめく恋の桂冠けいかんを獲得しようと云う君は全く幸福だ。また、同時に同じ場所で父の仇敵を思いのままにはずかしめてやれると云うこの僕も幸運だ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
本あぜ道は榕樹ガジュマルの林へ向っていた。そこまではまだ二三町あった。さいわい黍畑は続いて居た。はるかに瑠璃るり色の空を刻み取って雪山の雪が王城の二つやぐらを門歯にして夕栄えにきらめいて居た。
百喩経 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
飛びかける鳥につかまれきらめく魚生きたる心地もなかるらむあはれ
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
しづかなれどもきらめきて
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
大空一杯に星をきらめかせた、冷え冷えした夜気が熱した頬に触れて、言わん方なく心地よい。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その時、ふと、吉弥の腰に、葵紋をちらした高蒔絵たかまきえの印籠が、きらと、がっているのを見て
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一度は金色こんじき飛沫しぶきが、へやいっぱいに飛び散ったかと思うと、次の瞬間、それが濃緑の深みに落ち、その中にうねりの影が陽炎かげろうのようにのたくって、そのきらびやかさ美しさといったら
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
あざやかなる織物は往きつ、戻りつ蒼然そうぜんたる夕べのなかにつつまれて、幽闃ゆうげきのあなた、遼遠りょうえんのかしこへ一分ごとに消えて去る。きらめき渡る春の星の、あかつき近くに、紫深き空の底におちいるおもむきである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
美しい顔、きらびやかな勾玉、それから口に当てた斑竹はんちくの笛——相手はあのせいの高い、風流な若者に違いなかった。彼は勿論この若者が、彼の野性を軽蔑する敵の一人だと云うことを承知していた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
仰向あうむけど寂しくぞあらむ正覚坊かくしどころもきららかなれば
真珠抄 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)