無下むげ)” の例文
兄の注意を無下むげにしりぞける訳にも行かないので、その言うがままに五人の家来に送られて、小坂部は采女と一緒に師冬の館を出た。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
火を求むる幼な児の要求を、無下むげに荒々しくしりぞけた女は、いきなり頭上の鉄輪をはずし、あわてて蝋燭の火をかき消してしまいました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
まだ書き足りないが、後日に譲る。私のこの一文には深い感情と動機がある。これを幼稚だと無下むげに斥くる人は、浅い心の持主である。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
で、明日の登城をしおに、一室へらっし、罪状の数々をこしらえ立てて、いやおうなく腹を切らせん。切らずば無下むげにも抑えて刺し殺さん。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つづけざまにお催促さいそくけましては、ツイその熱心ねっしんにほだされて、無下むげにおことわりもできなくなってしまったのでございます。
その日の夕暮に一城の大衆が、無下むげに天井の高い食堂に会して晩餐ばんさんの卓に就いた時、戦の時期はいよいよ狼将軍の口から発布された。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
共同の敵を持っている点で、蘭堂の方でも、この色ぽっい未亡人の接近して来るのを、無下むげに退ける訳にも行かなかった。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いや、東京の夜の秘密を一通り御承知になった現在なら、無下むげにはあなたも私の話を、莫迦ばかになさる筈はありますまい。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
無下むげにも断りかねてそのまゝ坐ると、間もなく和服に着換へた相沢が現れ、その後から銚子を持つた夫人が入つて来た。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
「それは判らぬ、この子をしかと預かってもらえるかどうかによってだ、十三から育ったあんたの恩は無下むげにしない。」
けれどもそれは、たとい事実としては無根であっても、彼の心の中のこととしては、無下むげに否定出来ないものがあった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
主人の口占くちうらから、あらまし以上のような推察がついた今となっては、客も無下むげじょうこわくしている訳にも行かない。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
恋い慕うものならば、馬士うまかたでも船頭でも、われら坊主でも、無下むげ振切ふりきって邪険じゃけんにはしそうもない、仮令たとえ恋はかなえぬまでも、しかるべき返歌はありそうな。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
といつて男の頼みを無下むげに断る訳にもかなかつたので、思案の末がたつた一枚きりの縮緬ちりめんの腰巻をはづした。
無下むげいやしきたねにはるまじ、つまむすめそれすらもらざりし口惜くちをしさよ、宿やどあるじ隣家となりのことなり、はば素性すじやうるべきものと、むなしくはなどすごしけん
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
どうだか、わかったものではないが、とにかく友の好意を無下むげにしりぞけて怒られてもつまらないから、自分は仕方なく、その津田さんの荒町の下宿に引越した。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
これは腰下を皮で蓋い玉を護符または装飾として腰間にびた無下むげの蛮民を、猴様の獣と誤ったのだ。
守護職松平肥後守は、「浪士」を無下むげに弾圧する代りに、これを理解し、善導することを念願した。
新撰組 (新字新仮名) / 服部之総(著)
こいさんの安否が分るまでは此処で待たしていただきたいと云うかも知れないし、そう云われたらそれを無下むげに断るのも人情に欠けているような気がする、正直のところ
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かくまで我らが礼を尽くし、お請待しょうたい申すを無下むげことわり、我らに背後うしろを見せるとは! 我らは決して貴殿に対し危害を加えは致さぬつもり。決して刀は抜かぬつもり。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
生憎あいにく今夜は嘔吐ややはげしかりしために腹具合悪く、食慾なけれど、無下むげにことわるも如何にて、煎餅より外に何もないか、といへば、今日貰ふたる日光羊羹ようかんありといふ。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
無下むげに失望を味わわされることもなく、父が三重閣のてっぺんに追いあげたり、十七にもなる娘のそばで、毎夜母が添臥せするような鬱陶しい所為をしてみせなかったら
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
女性が今の文化生活に与ろうとする要求を私は無下むげしりぞけようとする者ではない。それは然しその成就が完全な女性の独立とはなり得ないということを私は申し出したい。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
無下むげに俗な歌などは「家の庭訓を受け、師の口伝をも聞」いた人がよも詠むことはあるまい。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
なつかしき女史は、幾日の間をか着のみ着のままに過しけん、秋の初めの熱苦あつくるしき空を、汗臭あせくさ無下むげよごれたる浴衣ゆかたを着して、妙齢の処女のさすがに人目はずかしげなる風情ふぜいにて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
あたかも凱旋将軍を迎える如くに争い集まる書肆しょしの要求を無下むげしりぞける事も出来なかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
主人、こは伊太利第一の書なり、世界第一の詩なりとたゝへて、おのれが知りたる限のダンテの名譽を説き出しつ。ハツバス・ダアダアには無下むげにいひけたれたるダンテの名譽を。
そんな気持のこうじて来たお島には、自分一人がどんなに焦燥やきもきしても、出世する運が全く小野田にはないようにさえ考えられてきた。彼の顔が無下むげに卑しく貧相に見えだして来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
思い懸けなくも其処そこに主人の声がして梅の花を折ってはいかんととがめられたので、吃驚びっくりして手をめたのであるが、其処の主人もまた、それを尤めたばかりで無下むげに追い払うのも
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
わたくし大笑おほわらひにわらつてやらうとかんがへたが、てよ、たとへ迷信めいしんでも、その主人しゆじんうへおもふことくまでふかく、かくも眞面目まじめものを、無下むげ嘲笑けなすでもあるまいと氣付きづいたので
彼点あすこを立てれば此点こゝに無理があると、まあ我の智慧分別ありたけ尽して我の為ばかりはかるでは無く云ふたことを、無下むげに云ひ消されたが忌〻しくて忌〻しくて随分堪忍がまんも仕かねたが
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
判事も無下むげに退ける事が出来ないかと思われたが、彼が未決監で大福餠々々と連呼して気狂いを装うた事や、合監の者に五千円を与えると云う証書を与えて、殺して呉れと頼んだり
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
と云うが、永らく看病してくれた義理があってみれば無下むげに振払う事も出来ず
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
両親にだけでも打ち明けてしまえたらと絶えず思うのだったが、それでは弟の心持を無下むげに踏みにじることにも考えられたし、またへたに早まって、あとで恨まれる結果になるのもいやだった。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
なにしろ画家は自分のことを引受けてくれ、今後も援助すると約束もしてくれたのだが、自分が忘れっぽいため援助に対する報酬のことをも全然言ってはなかったし、無下むげには断われなかった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
この客のことばを尽せるにもことわり聞えて、無下むげうちも棄てられず、されども貫一が唯涙を流して一語をいださず、いと善く識るらん人をば覚無しと言へる、これにもなかなか所謂いはれはあらんと推測おしはからるれば
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
最前の若者が謝礼心れいごころでしたに相違ないことを無下むげ退しりぞけるのも仰々ぎょうぎょうしい……といってこれはまた、何という念入りな計らい……年に似合わぬ不思議な気転……と思ううちに又しても異妖な前髪姿が
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
たとえばその化身の子供につまらないことがあっても無下むげに叱るということをしないで、あなたは化身であるのにさようなことを遊ばしてどう致しますかというて反省させる位のものであります……。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
その中には、今ここにちょっと説明し難いようなきわどいところもあるけれど、ある場合には幾らか吾人の知り置くべきことも散見する。勿論もちろん元々独断ではあるが、独断なりとて無下むげに排斥するは悪い。
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
問われてお登和も無下むげに去りがた
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
主人が手を下げて頼むものを無下むげには断わりにくいのと、これを引き受ければ行く行くは親孝行ができるという浅はかな考えとで
半七捕物帳:20 向島の寮 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これだけに仕上げた人の骨折りを思うと、それを無下むげにする気になれねえ、魔物はブチ壊してえが、人間の丹精は惜しいなア
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
早くから、良人とわかれた母にとって、たった一つの信仰であったし、子として、無下むげな意見立ても云いかねるまま、ただ
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくし決心けっしんあくまでかたいのをて、両親りょうしん無下むげ帰家きかをすすめることもできず、そのままむなしく引取ひきとってしまわれました。
主人の口占くちうらから、あらまし以上のやうな推察がついた今となつては、客も無下むげじょうこわくしてゐる訳にも行かない。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
が、藤沢以外の同人には、多少の好奇心もない事はなかった。しかも切符を貰っている義理合い上、無下むげことわってしまうのも気の毒だと云う遠慮があった。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
どのように無下むげにいっても二人の若者はそれにこたえることなく、夕とともに訪れをやめることはなかった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
これらの記事中に無下むげの蛮民を猴と混同したもあるべきか(タイラー『原始人文篇』一巻十一章)。
「いやいや相手はご家老のご養子、無下むげに道場へ引っ張って行って打ちえることもなりがたい」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
し平凡なる趣向なりとも、調子高く歌ひなばかへつて高尚なる歌となるべきを、この歌はまた無下むげつたなくつらねたる者にぞある。その大欠点は「人問はば」の一句にあり。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)