そそ)” の例文
今朝、朝食後、大灌奠式ローヤル・カヴァを見る。王位を象徴する古い石塊にカヴァ酒をそそぐのだ。此の島に於てさえ半ば忘れられた楔形くさびがた文字的典礼。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ここに於て守る者便べんを得、連夜水をみて城壁にそそげば、天寒くしてたちまち氷結し、明日に至ればまた登ることを得ざるが如きことありき。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
電燈の球は卓子テイブルの上をったまま、朱をそそいだようにさっあかくなって、ふッと消えたが、白くあかるくなったと思うと、あおい光を放つ!
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
青々としたすべての葉が、今そそぎかけられた水のためにいっそう生々と光沢を添えて、見るからに健康そうで幸福そうであった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
この句の場合は右の家の中などにいる場合ではなく、竿の先とか竹垣とか、その他雨の降りそそぎつつある中を出歩いている場合であろう。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
毒気あしきいきにあたりたると見えて、のちは只三四五のみはたらきて物いひたげなれど、声さへなさでぞある。水そそぎなどすれど、つひに死にける。
産湯からはぐくみのことにあずかる壬生部は、貴種の子の出現の始めに禊ぎの水をそそぐ役を奉仕していたらしい。これが、御名代部みなしろべの一成因であった。
水の女 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
茶を品し花にそそぐのも余裕である。冗談じょうだんを云うのも余裕である。絵画彫刻にかんるのも余裕である。つりうたいも芝居も避暑も湯治も余裕である。
高浜虚子著『鶏頭』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの女が罪に生んだ子をエクタが十字架のしるしの水をそそぐために引きとってしまった後、あの女は国境の山を越えて北の方に出かけて行った。
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
そのいぶかしさうなはどこかへ行くならおれたちも行きたいなとふのか。それとも私が温床へ水でもそそぐとこかも知れないと考へてゐるのか。
山地の稜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
そそぎ出すに用ゐたりと見ゆる土噐唇にれたりと見ゆる土噐の容量ようりやう比較的ひかくてきに小なるは中に盛りたる飮料ゐんれう直打ねうち湯水よりはたふときに由りしならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
夏の夜に自分の身に酒をそそぎてに食われ親に近づく蚊を防ぐより、その酒の代をもって紙帳を買うこそ智者ならずや。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
他人あだしひとのいうことをまことしくおぼして、あながちに遠ざけ給わんには、恨みむくいん、紀路きじの山々さばかり高くとも、君が血をもて峰より谷にそそぎくださん」
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その時梵王天の香油を以て大迦葉尊者の身にそそぎ、大犍稚だいかんちを鳴らし大法螺おおぼらを吹く音を聞いて、大迦葉すなわち滅尽定めつじんじょうよりめ、衣服を斉整して長跪ちょうき合掌し
さながら筆洗ひっせんの中で白筆はくひつを洗ったように棚曳たなびき、冴え渡った月は陳士成に向って冷やかな波をそそぎかけ、初めはただあらたに磨いた一面の鉄鏡に過ぎなかったが
白光 (新字新仮名) / 魯迅(著)
すると蛙の心臓へアルコールをそそぐ実写が写し出されたのであった、蛙の心臓が大写しになるのだ、ピクリピクリと動いている、ああ動いているなと思う瞬間
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
さて竈の底の灰の上へ思ひきつてあるだけの石油をそそいで置いてから、その土の上へ薪を組み合せて積み上げた。さて燃えて居るマッチを一つかみ投げ込んだ。
截りたての石で直線に畳まれた新しい石垣の層々の面に隈なく月がそそいでいて、柔かい土の平らな湿った黒さ、樹木の濃淡ある陰翳が、燦く石面の白さと調和して
二人いるとき (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
花卉かきを愛する事人に超えたり。病中猶年々草花を種まき日々水をそそぐ事をおこたらざりき。今年草廬そうろを麻布に移すやこの辺の地味花に宜しき事大久保の旧地にまさる事を知る。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
河は迂回うくわいして海にそそいでゐるので、そはの下では甘い水とからい水とが出合つてゐるのである。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
諸国の高山において山草が一時に花咲くのを、山の神の苗場またはお花畠と称するのと同じ思想である。南は薩州日置ひおき郡伊作村の与倉という部落にも清い泉のいて田にそそぐのがある。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ああ余は死の学理をしれり、また心霊上その価値をさとれり、しかれどもその深さ、痛さ、かなしさ、くるしさはその寒冷なる手が余の愛するものの身にきたり、余の連夜熱血をそそぎて捧げし祈祷をもかえりみず
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
モーセ時にその血の半ばをとりて鉢にれまたその血の半ばを壇の上にそそげり。しかして契約の書をとりて民にみきかせたるに彼ら応えて言う、エホバのう所は皆我らこれをなしてしたがうべしと。
唯その間に一片同情の涙をそそぐ余地があるかないかの違いである。
まがりながら急いで谷にそそぐ、無数の小川こがわ
涸れにし泉ふたたび流れそそ
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
敏捷すばやい、お転婆なのが、すっと幹をかけて枝に登った。、松の中に蛤が、明く真珠を振向ける、と一時ひとしきり、一時、雨の如く松葉がそそぐ。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すなわち城外の諸渓しょけいの水をきてそそぎ、一城のを魚とせんとす。城中ここに於ておおいに安んぜず。鉉曰く、おそるゝなかれ、われに計ありと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
酋長の一人が、カヴァを飲む時、先ず腕を伸ばして盃の酒を徐々に地にそそぎ、祈祷きとうの調子でう言った。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ぎ出し口を我か身の方に向け之に唇をれて器をかたむけ飮料を口中にそそみしものの如く思はる。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
雲の下のかしはの木立に時々冷たい雨のそそぐのが手に取るやうだ。それでもやはり夢らしい。
柳沢 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
それをだんだん釜の中に入れて烈火でかし、鬼は数疋の仲間に、杓をもってそれを曾の口にそそがした。おとがいを流れると皮膚が臭い匂いをして裂け、喉に入れると臓腑が沸きたった。
続黄梁 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これを防ぐには山下の粘土を取り水にてよく泥に掻き立てその苗の上より水をそそぐがごとくそそぎ掛くれば泥ことごとく茎葉の上に乾き附いてあえて食う事なし、苗の生長にはさわらず
我が輩かつていえることあり、方今政談の喋々ちょうちょうをただちに制止せんとするは、些少さしょうの水をもって火にそそぐが如し、大火消防の法は、水を灌ぐよりも、その燃焼の材料を除くにかずと。
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
良人おっとおきるのは大抵正午近くなので、鶴子は毎朝一人で牛乳に焼麺麭トーストを朝飯に代え、この年月飼馴かいならした鸚鵡おうむかごを掃除し、盆栽に水をそそぎなどした後、髪を結び直し着物をきかえて
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
口と耳に水がそそぎかかって、急に頭を下げたが、地面は絶えず揺れている。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
いかになりつるやと、あるひはあやしみ、或は恐る恐る、一八二ともし火をかかげてここかしこを見めぐるに、明けたる戸腋とわきの壁に一八三なま々しきそそぎ流れて地につたふ。されどしかばねほねも見えず。
うるさきは男女皆湯壺の周囲に臥して、手拭を身に纏い、湯をみてその上にそそぐことなり。湯に入らんとするには、頸をえ、足をみて進まざれば、終日側に立ちて待てども道開かぬことあり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あらゆるてんそそがれ
炬燵こたつからもぐり出て、土間へ下りて橋がかりからそこをのぞくと、三ツの水道口みずぐち、残らず三条みすじの水が一齊いちどきにざっとそそいで、いたずらに流れていた。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
余は普通ふつうの水、普通の湯をばかる器よりそそぎ、斯かる器より飮みしとはしんずる事あたはざるなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
れば四囲はかたむるに鉄を以てし、二また鉄をそそぎありて開くべくも無し。帝これを見ておおいなげきたまい、今はとて火を大内たいだいに放たせたもう。皇后は火に赴きて死したまいぬ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
王宮におもむく途中、結び目を六つまで解く、宮に入って王の前で、七つ目の結びを解く、時に王水をそのきずそそぎ、また両手に懸け、一梵士来りて祈りくれると、平治して村へ還ると。
紀路きぢの山々さばかり高くとも、君が血をもて峯より谷にそそぎくださん。
朱はそこでまた酒を取って地にそそいで
陸判 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
桶にそそげり。
いつも変らぬことながら、お通は追懐の涙をそそぎ、花を手向けて香をくんじ、いますが如く斉眉かしずきて一時余いっときあまりも物語りて、帰宅の道は暗うなりぬ。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
唐土の華山より大亀出でし跡池となり田畠にそそぎしごとしと載す、予の現住地紀州田辺近き堅田浦かただのうらいにしえ陥れると覚ぼしき洞窟の天井なきような谷穴多く(方言ホラ)小螺の化石多し
彼は仰向あおむけに目をつぶった。まぶたを掛けて、朱をそそぐ、——二合びんは、帽子とともに倒れていた——そして、しかと腕をこまぬく。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見る見るはげしくなって、さっと鳴り、また途絶え、颯と鳴り、また途絶え途絶えしている内に、一斉にの葉にそそぐと見えてしずかな空は一面に雨の音。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)