したた)” の例文
種あかしは、やはり人間の犯人がいて、人形の真上の花瓶かなんかから、雨だれのように、点々と水がしたたる仕掛を作っておいたのだ。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そしてその椰子に覆われた鳶色とびいろの岩から、一条の水が銀の糸のようにしたたって、それが椰子の根元で、小さい泉になっているのを見た。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
波は漾々ようようとして遠くけむり、月はおぼろに一湾の真砂まさごを照して、空もみぎは淡白うすじろき中に、立尽せる二人の姿は墨のしたたりたるやうの影を作れり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「その白砂糖をちょんびりと載せたところが、しゅうの子を育てた姥の乳のしたたりをかたどったもので、名物の名物たる名残なごりでござりまする」
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
魚槍を肩にし、創口きずぐちより血なおしたたれる鱒をげたる男、霧の中より露われ来る。掘立小屋に酔うて歌うものあり。旧土人なりといえり。
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
陶戸すえどの中の久米一は、素地そじを寄せて一心不乱にへらをとった。ミリ、ミリ、彼の骨が鳴って、へらの先から血がしたたりはしまいかと思われる。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蛇は二つに千切られて、ダラリと延びて下がったが、千切れた口からしたたった血が、焚火の上へこぼれたらしく、なまぐさい匂いがひろがった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
アセチレンの焔はまたすぐに蝋燭火ほどになりましたのでお秀は鑵筒の側に耳を持って行ってみるとしたたる雫の音は切れていました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
銭形平次の家へ飛込んで来た子分のガラッ八は、芥子玉絞けしだましぼりの手拭を鷲掴わしづかみに月代さかやきから鼻の頭へかけてしたたる汗を拭いております。
正宗相伝の銀河にまが大湾おおのだれに、火焔鋩子ぼうしの返りが切先きっさき長く垂れて水気みずけしたたるよう……中心なかごに「建武五年。於肥州平戸ひしゅうひらとにおいて作之これをつくる盛広もりひろ
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それがほんとうの生身なまみであり、生身からしたたらす粘液がほんとうの苦しみからにじみ出たものである事は、君の詩が証明してゐる。
それがほんとうの生身なまみであり、生身からしたたらす粘液がほんとうの苦しみからにじみ出たものである事は、君の詩が証明してゐる。
月に吠える:01 序 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
半ば眠れる馬のたてがみよりは雨滴しずく重くしたたり、その背よりは湯気ゆげ立ちのぼり、家鶏にわとりは荷車の陰に隠れて羽翼はね振るうさまの鬱陶うっとうしげなる
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
因って二里半歩み巨勢へ往き薬を求め還って見れば小舎の近傍に板箕いたみほど大きなあとありて小舎に入り、入口に血したたりて妻子なし。
僕も亦各人の批評のペンにも血のしたたることを望んでゐる。何を批評上では第一義的とするか?——それは各人各説かも知れない。
で遙か遠い所には緑のしたたるごとき峰の頂に、千古の雪を戴きたるいわゆる雪峰が泰然たる雄姿を現わして居る様はもいわれぬ。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
その矛のさきよりしたたる潮りて一つの島と成れり。磤馭盧おのころ島と曰ふ。二神是に彼の島に降居まして、夫婦して洲国を産まんとす。
日本天変地異記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
窓ガラスの亀裂ひびのはいった片隅には、水のしたたりが流れている。昼間の黄ばんだ明るみが消えていって、室内はなま温くどんよりとしている。
見上ぐる山の巌膚いわはだから、清水は雨にしたたって、底知れぬ谷暗く、風はこずえに渡りつつ、水は蜘蛛手くもでそばを走って、駕籠は縦になって、雲を仰ぐ。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかもその突当りにしたたるほどの山が、自分の眼をさえぎりながらも、邪魔にならぬ距離をたもって、どろんとしたわがひとみみどりうちに吸寄せている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ラランのやつにだまされたとづいても、可哀かあいさうなペンペはそのえぐられた両方りやうほうからしたたらすばかりだつた。もうラランのばない。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
その数日は、それまでの数年間のくらしの精髄が若松のかおりをこめた丸い露の玉に凝って、ひろ子の心情にしたたりおちるような日々であった。
風知草 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
愛嬌あいきょうしたたるような口もと、小鹿が母を慕うような優しい瞳は少くとも万人の眼をいて随分評判の高かっただけに世間の嫉妬ねたみもまた恐ろしい。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
山の手は庭に垣根に到る処新樹しんじゅの緑したたらんとするその木立こだちの間より夕陽の空くれない染出そめいだされたる美しさは、下町の河添かわぞいには見られぬ景色である。
傍にはもう十本ばかり薪が積んである。窪みは深さも大さも皿程である。密生した樹立は雫もしたたるかと思はれて薄暗い。自分は薪へ腰を掛けた。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
あたりはしいんとして、高い木のこずえから月の光りがしたたり落ちているきりでした。お城の中のにぎやかな騒ぎが、遠くかすかにどよめいていました。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
蚊の腹からは血がしたたりそうになって、灰色の壁に触れている。もはやこれらの壁は、威嚇する力も持たない。蚊の吸った血に汚されるにまかした。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
青空の灝気こうきしたたり落ちて露となり露色に出てこゝに青空を地によみがえらせるつゆ草よ、地に咲く天の花よとたたえずには居られぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そこは根本中堂のある一山の中心地帯になっていたが、広場から幾らかくぼみの中にある中堂のひさしからは、雪解のしたたりが雨のように流れ下っていた。
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
眼もあやな芝生の向うには、したたらんばかりの緑の林が蓊鬱こんもりと縁どって、まるで西洋の絵でもながめているような景色でした。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
水にしたたらした石油よりも一層早く、灰の上一面をぱつと真青に拡がつた! と彼の見たのは、それは唯ほんの一瞬間の或る幻であつたのであらう。
都会の中央、絶壁屏風の如く、緑したたり水流れ、気清く神静かに、騒人は月をここに賞し、兇漢は罪をここに蔵す、これを現今の御茶の水の光景とす。
四百年後の東京 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
やがて右へとトラヴァースし暫くして、リンネの上の小さな岩塊を廻り、斜上気味に狭い棚を行くと、水のしたたっている比較的大きなリンネへ達する。
一ノ倉沢正面の登攀 (新字新仮名) / 小川登喜男(著)
梅八の頬にひとすじ涙がしたたった。どこの軒に吊った籠で鳴くのか、すいっちょが澄んだ声を張って鳴き続けていた。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
海国日本の快男児九名は真紅しんくのオォル持つ手に血のにじめるがごとき汗をしたたらしつつ必死の奮闘ふんとうを続けてついに敗れた。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
葉末からしたたり落ちる露がこの死んだような自然に一脈生動の気を通わせるのである。ひきがえるが這出はいだして来るのもこの大きな単調を破るに十分である。
夕凪と夕風 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
夕焼け赤きがん腹雲はらぐも、二階の廊下で、ひとり煙草を吸ひながら、わざと富士には目もくれず、それこそ血のしたたるやうな真赤な山の紅葉を、凝視してゐた。
富嶽百景 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
やがて、母が、そのしたたれが落ちたところをこうとしたら、どこにもそれが見つからない、ランプの真下には、兵さんがすわって飯を食っているのだった。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
らした。……里春は象の腹の窪みの中で死んでいたというから、血が滲み出すなら胸からなどではなく腹からしたたるはずだ。このわけが、お前にわかるか
熱血のほとばしり、熱涙のしたたり、秦皇ならねど、円本を火にし、出版屋を坑にせんずの公憤より出た救世の叫びである
ヒャッ! と物凄い叫び声をあげて花嫁が盃をとり落すと、その時、天井から続けざまに数滴の赤い液体がしたたって、花嫁の晴着に、時ならぬ紅葉を描いた。
血の盃 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
新刀ながら最近研師とぎしの手にかけたものだけに、どぎどぎしたその切尖きっさきから今にも生血なまちしたたりそうな気がして、われにもなく持っている手がぶるぶるとふるえた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
折ふし霜月しもつきの雨のビショビショ降る夜をおかしていらしったものだから、見事な頭髪おぐしからは冷たいしずくしたたっていて、気遣きづかわしげなお眼は、涙にうるんでいました。
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
すねはりでも刺されるようであったし、こむらは筋金でもはいっているようだった。顔は真赤まっかに充血して、ひたいや鼻や頬や、襟首からは、汗がぽたぽたとしたたり落ちた。
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
おまけに垂れしたたるような原色のくちびるをもった、まるでペンキを塗った腸詰のようなその黴毒女ばいどくおんなを、春日が、例え噂にもしろ「ネネ」と呼んだ、ということについては
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
わずかに長者の立ったるところへしたたりてい上った、その時長者は歎息して、汝たちには何と見ゆる、今汝らが足踏みかけしよりこの洲はたちまち前と異なり
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
馬丁の吹き鳴らす喇叭らっぱの音が起る。薄いござを掛けた馬のからだはビッショリとぬれて、あらく乱れたたてがみからはしずくしたたる。ザクザクと音のする雪の路を、馬車の輪がすべり始める。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
兄は礼助のいで出した茶の最後のしたたりを、紫色した唇で切ると、茶碗ちやわんを逆に取つてながめながら
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
あれは刃物の鉄の一部が、砥石で削りとられる時に熱せられ、空中を飛んでいくうちに、酸化によってさらに高温になったもので、本体は熔融した鉄のしたたりなのである。
黒い月の世界 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ッ。——これはいけない。ホウあのようにジュリアの衣裳の上から血がタラタラとしたたれる!」
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)