さら)” の例文
茫然ぼんやりしてると、木精こだまさらふぜ、昼間ひるまだつて用捨ようしやはねえよ。)とあざけるがごとてたが、やがいはかげはいつてたかところくさかくれた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
庄太郎が女にさらわれてから七日目の晩にふらりと帰って来て、急に熱が出てどっと、床にいていると云ってけんさんが知らせに来た。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「——誰かがさらって……」といって入口の方をゆびさしたと思うと、ガックリと頭をれた。ジュリアはまた失心してしまったのだった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「来てはいけないのか。あっ待った。そこの女子おなご。いずれおまえは、里からさらわれてきた人妻か娘だろう。あぶないよ、退いていな」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
品物をポケットへさらい込むが早く玄関へ急いだ。流石の策士も奇襲を食って慌てたのだった。寒中にもかかわらず、額に汗をかいていた。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
昔は天狗が人をさらって来ては掛けたので、この名があると云うているが、恐らく空葬の習俗がほろびた後に天狗に附会したものであろう。
本朝変態葬礼史 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
わざ/\神田から來た錢形平次の鼻を明かして、あごの下から下手人をさらつたのが、この中年男の自尊心を、すつかり滿足させたのです。
復員者はそこここに戻って来て、崩壊した駅は雑沓してにぎわった。その妻子を閃光せんこうさらわれた男は晴着を飾る新妻にいづまを伴って歩いていた。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
どこでさらわれた、どうしてさらわれた、さらった武士はどんな人相かと、拙者たたみかけてききますと、場所は浅草の河喜かわきという料亭。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ろくでもないばかな共和めが! 世の母親がいくらきれいな子供をこしらえても、皆さらってゆきやがる。ああこの子は死んでしまった。
そしてすばしこく相手の手からその石をひつさらつたかと思ふと、獣のやうな狡猾さと敏捷さとをもつて、いきなり外へ駆け出して往つた。
石を愛するもの (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
月はなふたをあけてみて、思いもよらぬお得意がさらわれているのを発見することがあるが、みなK紙にしてやられているのである。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
なにしろ一味の重鎮がさらわれたのだから、じっとしてはいられない。三人の侍臣に念を押して出てゆくと、若さまは大笑いに笑いだした。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
つまり、山路を、こけつまろびつ上らんとして、危なく崖下に顛落することの不幸の代りに、空中高くさらわれてしまったのです。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
吾輩みたいに無代価でさらって来たシロモノを売りつける癖の附いた人間から見れば、この金網の番人なぞは、よっぽど尊敬していい訳だ。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それを私が認めると同時にその強盗らも認めたと見え、両人は立ち上って受け取った物だけさらいある方向へ逃げ去ってしまったです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
一個の蟇口、十円足らずの金銭がこうして二つの魂を奪い、生命をさらっていくのかと思いますと、はだえあわの噴くのを覚えます。
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
かめ「マアどうもいけしゃア/\よくひとの娘をさらっておいて、強談いすりがましい事をおいいだが、たれに沙汰をして他の娘を自分の娘におしだよ」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
手前たちも覚えてゐるだらうが、去年の秋の嵐の晩に、この宿しゆくの庄屋へ忍びこみの、有り金を残らずさらつたのは、誰でも無えこのおれだ。
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「そしてその友だち自身、何の理由もなく、大学へ進む途中にさらわれるようにしてある年上の美しい女とあたら秀才の身を心中してしまった」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
𤢖はの雪の夜に、何処どこからか若い女をさらって来たのであろう。お葉はいよいよ驚きあやしんで、なおひそかに成行なりゆきを窺っていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しな何時いつでものあるうちになべになはわらみずけていたり、落葉おちばさらつてたりそこらこゝらとうごかすことをめなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
さらわれた子供の安否は急を告げている。家には二人の死人がある。もうこの上は、猶予なく警察へ報せなければならない。
寒の夜晴れ (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
卓一はその美しさに肚胸とむねをつかれた思ひを起し、なぜか激しい感動に一瞬己れをさらひ去られてしまはなければならない気持に追はれるのだつた。
二本松義継の為ににわかに父の輝宗がさらい去られた時、鉄砲を打掛けて其為に父も殺されたが義継をも殺して了った位のイラヒドイところのある政宗だ。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
てっきり何者かにさらわれたのです。イヤ、何者かではない、あの三重渦巻の怪物に連れ去られたのに違いありません。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
料理場を飛び出すと、まるで巫女ウイッチのように宙を飛んで家へ駆けてゆき、お台所から鶏卵と水飴みずあめ乾杏子ほしあんずをひっさらって、えらい勢いで駆け戻って来ました。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ひとりで舞台をさらったヘンダスンは、得意時の人間の商人的馬鹿ていねいさで卓子いすへ近づいて、いきなりポケットから二通の書類を取り出して叩きつけた。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
そして、信長と秀吉と家康は、満身に照明を浴びつゝ相いで登場して、英雄の名をさらつてしまつたのである。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
これは、石坂家では美しい男ばかり生むから、越後国彌彦山に棲む玅太郎婆あさんと呼ぶ雪女に、さらわれて行くのであると村人は信じているのであるという。
岩魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
昔の日本人は前後左右に気を配る以外にはわずかにとんび油揚あぶらげさらわれない用心だけしていればよかったが
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
また我はガニメーデがさらはれて神集かんづとひにゆき、そのともあとに殘されしところにゐたりとおぼえぬ 二二—二四
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
騒ぎに紛れて千浪をひっさらい、急遽きゅうきょたもとをつらねて下山の途についたと知るや否、腰間こしに躍る女髪兼安を抑えてただちにあとを踏み、今やっとこの中腹のお花畑へ
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
激しい波浪と闘いながら、辛うじてつかまり合っているような自分達のうちから、また一人さらわれて行くということを、考えてさえゾッとしずにはおられなかった。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「あッは!」と魔女まじょ嘲笑あざわらった。「おまえ可愛かわいひとれにたのだろうが、あの綺麗きれいとりは、もうなかで、うたってはない。あれはねこさらってってしまったよ。 ...
文吾は再び拔き足して、母の傍に忍び寄ると、其の新らしいじんきの束をさらつて、更に物蔭へ隱れた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
毎晩新しい贔屓ひいきから、宴席にまねかれぬこととてなく、江戸中の評判を、すっかりさらった形であった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と、見ると、黒いわたのような煙の中に怪物の姿があって、それがんがった牙のようなくちと長い爪を見せて、穴から一人の者をさらって煙に乗って空にのぼろうとした。
嬌娜 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ガブリエル夫人は、夫の不在中に女の子を生んだが、間もなくその赤ん坊は邸内から何者にかさらわれて、八方手を尽くしてたずねたが、ついにその行くえが知れなかった。
すねまでひたして、がばがばと歩き廻り、また波打際にとって返す。波打際で海に向って立っていると、波が静かに押し寄せて来て、あしうらかかとの下の砂をすこしずつさらって行く。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
まるで私がさらって行きはしまいかと怖れるように、クージカをしっかり抱き緊めるのです。
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
家へ帰って来ると、二匹の犬のほうがかえって彼女の愛情をさらってしまうのだった。彼女は毎晩、母親のように、優しく犬の世話をした。暇さえあれば、二匹の犬を撫でてやった。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
けれども掘り返され掘り返されする内に、此の土地に投ぜられた資本及び労働に対する報酬は減って来た。播かれた種が皆な烏にさらって行かれたり、唐茄子に糸瓜へちまが実ったりして来た。
第四階級の文学 (新字新仮名) / 中野秀人(著)
骸骨の樣な橋も黒々と長く見えてゐたが、斜めに見えてゐたものが眞正面に展いて見えたかと思ふと、またするすると斜めに走つて、雪のなかにさらはれるやうに見えなくなつてしまふ。
地方主義篇:(散文詩) (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
「昼間だったかね。賊は金や宝石をさらって行ったんだろう。ざらにある事件さ」
昨年の今頃に老人は独り息子を強盗罪で連れて行かれ、そのため老婆は気違いにまでなっていた。洋服男さえ見れば彼女はいつもの発作をおこし「人さらい、人攫い!」と喚き廻るのだった。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
比嘉春潮ひがしゅんちょう君の話によれば、かの島でモノにさらわれた人は、木の梢や水面また断崖絶壁のごとき、普通に人のあるかぬところを歩くことができ、また下水げすいの中や洞窟どうくつ床下ゆかした等をも平気で通過する。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
うしたわびしい心持の時に限って思出されるのは、二年ぜん彼を捨てゝ何処どこへか走ったグヰンという女であった。彼女は泉原の不在るすの間に、銀行の貯金帳をさらって行方ゆくえくらまして了ったのである。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
山のような大波にさらわれて、艦が烈しく傾斜して、浪頭が眼前に散らついた。艦がギイギイと急転回して、今こそ渦巻の中へ捲き込まれたかと思わずまぶたを閉じずにはいられなかったのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
かくて磯山は奔竄ほんざんしぬ、同志の軍用金はさらわれたり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)