手拭てぬぐい)” の例文
どんな些細ささいなことでも見逃さないで、例えば、兄は手拭てぬぐいを絞る時、右にねじるか左に捩るかという様なことまで、れなく調べました。
「あれ、貴方あなた……お手拭てぬぐいをと思いましたけれど、唯今ただいまお湯へ入りました、私のだものですから。——それに濡れてはおりますし……」
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だが、野村の家の垣根のきわにうずくまっている閑子の手拭てぬぐいをかぶった姿をみつけると、急にやさしい声をかけずにいられなかった。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
女の方は二十前後の若い妻らしい人だが、垢染あかじみた手拭てぬぐいかぶり、襦袢肌抜じゅばんはだぬ尻端折しりはしょりという風で、前垂を下げて、藁草履わらぞうり穿いていた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
だが、そこへ来たのは噂をしていた者ではなく、丹前を着た別なお客、ふとじしでいい年をして、トロンとした目で手拭てぬぐいを探している。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが少し行ったとき、嘉十はさっきのやすんだところに、手拭てぬぐいを忘れて来たのに気がつきましたので、急いでまた引っ返しました。
鹿踊りのはじまり (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
鼻と、口を手拭てぬぐいでしっかとゆわえてもムーンと鼻の穴から、頭へ突きぬけるような臭気が、せるようだった。れても同じだった。
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
縄暖簾の中を透かして見ると、やっぱり私の思った通り、お母さんが後向きになって手拭てぬぐいねえさんかぶりにしてへっついの傍にしゃがんでいる。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ままよと濡れながら行けばさきへ行く一人の大男身にぼろをまとい肩にはケットのまるめたるをかつぎしが手拭てぬぐいもて顔をつつみたり。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
来る途中とちゅう小間物屋で買って来た歯磨はみがき楊子ようじ手拭てぬぐいをズックの革鞄かばんに入れてくれた。そんな物は入らないと云ってもなかなか承知しない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
というと、若僧は手拭てぬぐいを出して、此処ここでしょう、といいながら顔をいた。蚯蚓脹みみずばれの少し大きいの位で、大した事ではなかった。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
定連じょうれんのやうに毎晩寄つてくれる近所の若い人たちも、今夜は湯帰りの湿手拭てぬぐいをぶら下げながら黙つて店の前を通り過ぎてしまふんです。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
綾之助はこのおりこそと木戸銭がわりに手拭てぬぐい二筋ずつ客に持ってきてもらう演芸会を開き、二日間に二万本を集め得て恤兵部じゅっぺいぶにおくった。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
赤い襦袢じゅばんの上に紫繻子むらさきじゅすの幅広いえりをつけた座敷着の遊女が、かぶ手拭てぬぐいに顔をかくして、前かがまりに花道はなみちから駈出かけだしたのである。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
鬼は、手拭てぬぐいで堅く両眼りょうがんを閉められて、その石の間に立たされた。してあとのものは、足音を立てずに何処どこへか隠れてしまった。
過ぎた春の記憶 (新字新仮名) / 小川未明(著)
縁側の欄干らんかん手拭てぬぐいを、こうひろげて掛けるね。それから、君のうしろにそっと立って、君の眺めているその同じものを従順おとなしく眺めている。
雌に就いて (新字新仮名) / 太宰治(著)
ほつれ毛もないようなあの丸髷まるまげは空しくつぶされ、ぐるぐると櫛巻くしまきにした洗い髪が、えりにあてた手拭てぬぐいの上におくれ毛を散らばらせていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
今頃は定めてお登和さんが襷掛たすきがけ手拭てぬぐい頭髪あたまかぶって家の中を掃除しているだろう。お登和さんは実に働きものだよ。君の幸福おもられる
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それに湯殿のそばにある便所で用を足すと、手洗のところに自分の紋と芸名を染め出した手拭てぬぐいが、手拭掛けにかけてあり、いやな気持だった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女は桑をみに来たのか、寝間着に手拭てぬぐいをかぶったなり、大きいざるを抱えていた。そうして何か迂散うさんそうに、じろじろ二人を見比べていた。
百合 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
女中の持って来た飛び上るように冷たい濡れ手拭てぬぐいを私の額に載せるやら! 滑稽とも莫迦莫迦しいとも私は苦笑するのも忘れた気持であった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
腰に下げた手拭てぬぐいをとって、海水帽の上からしか頬被ほおかむりをした。而して最早大分こわばって来たすね踏張ふんばって、急速に歩み出した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
よそいきの着物を着て、腰に手拭てぬぐいをさげたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐず煮えていました。
ごん狐 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
靴とその傍に落ちていた棍棒を拾い上げて靴のひもでくくり、なおそれをしっかりと手拭てぬぐいでもって身体からだに結わえつけ、とくに鳥打帽を眼深まぶかに冠り
若い看護婦が一人、どうしたらいいだろう、というように、濡れた手拭てぬぐいを持った儘、しょんぼりと椅子にかけて、マダムの寝顔を見守っていた。
たとえば手拭てぬぐいはどう持つものとか、尺八はどうすとか、帯はいかに結ぶとか、語尾はいかに発音するかというがごとき、おろかなことではあるが
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
チョコチョコと現れた一人の娘が、白い手拭てぬぐいを吹き流しにかぶって、観音様まで大急ぎでやってくれと言ったのだそうです。
帽子をかぶって、その上から、手拭てぬぐいやタオルで、しっかりと頬かぶりをしろ、おびになるものは、何本でもいいから、しっかりと胴中をしばれ。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
ミチミは手拭てぬぐいを、カルメンのように頭髪の上に被って、その端を長くたらしていた。そして見覚えのある単衣ひとえを着ていた。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
坊主頭ぼうずあたまへ四つにたたんだ手拭てぬぐいせて、あさ陽差ひざしけながら、高々たかだかしりからげたいでたちの相手あいては、おな春信はるのぶ摺師すりしをしている八五ろうだった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
左側の石の手洗鉢ちょうずばちにはいつも綺麗な水があふれていて、奉納の手拭てぬぐいの沢山下がっているのには、芸者の名が多く見えました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
常磐橋の辻から、京町へ曲がる角にかまを据えて、手拭てぬぐいを被ったいさんが、「ほっこり、ほっこり、焼立ほっこり」と呼んで売っているのである。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私は障子をあけて下をのぞくとそこに西洋手拭てぬぐいをさげている漱石氏が立っていて、また道後の温泉に行かんかと言った。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
口ではやして、床を踏み鳴らして歩いた。大正エビは頭に派手な手拭てぬぐいをかぶり、衣紋えもんを抜いている。女形おやまのつもりなのだ。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
なにを湯だよ、洗濯のたらいでなくてもいてば、何を、えい強情張らなくても宜い、知ってるお客様だ、手拭てぬぐいたのを持ってお出で………さ此方こっち
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
丸腰の、武家には珍らしい町人腰に前垂れをしめ、新しい手拭てぬぐいをあたまに着けている姿は、どこか、意気で、なよらしげに児太郎にはながめられた。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「この近所の銭湯はどこだい。ガチャバコ(留置所)のあかを落してくるんだ。そうだ、ミズビラも——手拭てぬぐいもくんな」
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
一人は素肌に双子ふたごあわせを着て一方の肩にしぼり手拭てぬぐいをかけた浪爺風あそびにんふうで、一人は紺の腹掛はらがけ半纏はんてんを着て突っかけ草履ぞうりの大工とでも云うような壮佼わかいしゅであった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
手拭てぬぐいを三宝にのせ、これに「よだれふき」と麗々しくしたためた奴を敬々しく禅僧の前へ運んでいったものである。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
継ぎはぎだらけの、洗いざらしためくらじま半纏はんてんに、綿入の股引ももひきをはき、鼠色ねずみいろになった手拭てぬぐいほおかぶりをしている。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
子供に鼻をかんでやっているのや、手拭てぬぐいで顔をふいてやっているのや、ボソボソ何か云っているのや、あった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
或いは年中作り物のような複雑な頭をして、かさ手拭てぬぐいもかぶれなくしてしまったのは、歌麿うたまろ式か豊国とよくに式か、とにかくについこの頃からの世の好みであった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
手拭てぬぐい後鉢巻うしろはちまきを致しておりましたところから来た綽名だというので御座いますから、如何にその働らき振りが猛烈であったかが、おわかりになるでしょう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
闇太郎は、そう言うと、立ち上って、八反の平ぐけを、ぐっと引きしめて、腹巻の間に、匕首をひそめて、豆しぼりの手拭てぬぐいを、ビュウと振ってしごいたが
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
足は例の通り八本プラリブラリとぶら下っていて、頭には家にって豆絞まめしぼりの手拭てぬぐいで鉢巻をさせてあるのもあり、剣烏帽子けんえぼしかぶっているものもあったりした。
凧の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
「……そんなことはお前が訊かいでもええ」辰男は鬱陶うっとうしい声でそう言って、自分の居間から歯磨粉はみがきこ手拭てぬぐいをもってきて、静かに階下へ下りて井戸端へ出た。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
料理をする時は、女の人は特に頭を手拭てぬぐいでカバーして料理すべし。ふけや髪の毛は味の素の代用にはならぬ。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
焦茶色で絞り手拭てぬぐいの形をしているパンは、フランス独得の流儀で、皿にのせず、畳んだナフキンの上にじかに置いてあった。それがかえってうまそうに見えた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
竹の湯が休業なのを承知して居ながら、ミチは手拭てぬぐいと石鹸を持って家を出た。夜は未だ明けて居なかった。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
そして口に手拭てぬぐいを喰わえてそれを開くと、一寸四方ほどな何か字の書いてある紙片をつまみ出して指の先きで丸めた。水を持って来さしてそれをその中へ浸した。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)