律義りちぎ)” の例文
そう云う言葉さえ聞き取りにくい田舎なまりで、こちらが物を尋ねてもはかばかしい答えもせずに、ただ律義りちぎらしく時儀じぎをして見せる。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
不正なる行為こういは富の外にも行われる。不正なる行為をもって名誉を得る者もある。その代りには律義りちぎしょくで金をこしらえる者もある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
あの通り正直で律義りちぎで自分から脳の鈍いのを言立いいたてほかの人より二倍も三倍も勉強するからああいう人が末にいたって大成するよ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「つまらない遠慮をするものだ。どうも大兄は律義りちぎすぎて、現代人でなさ過ぎるよ、……よろしいと、受けてしまえばよいに」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分は失望した。Hさんに責任を忘れるような軽薄はなかった。しかしこちらの予期通り律義りちぎにそれを果してくれないほどの大悠たいゆうはあった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この人は前垂をめてはいるが、武術の心得も有るらしい体格で、大きな律義りちぎそうな手を出して、旦那や客に酒を勧めた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
雲南地方の山地にはびょうまたはようという一種の蛮族が棲んでいるが、老女もその一人で、老年でありながら能く働き、かつは正直律義りちぎの人間であるので
馬上の人はお礼の寸志として、いくらかの金を与えようとしたのを、律義りちぎな百姓は容易に受けようとしませんでした。
雨もまだ止まないようですから、坊ちゃんの御参考までに申上げましょうかね? 私の父は君公の御馬前で討死をするのを理想と心得ていた律義りちぎもの
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
悪気でするではなし、私のことばたてれても女のすたるでもあるまい、こうしましょ、これからあの正直律義りちぎは口つきにも聞ゆる亀屋かめやの亭主に御前を預けて
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あいつのことを、みんなこう言っていた、「律義りちぎな男だ、無邪気なもんだ。意地の悪いことはしそうもない……」
厭なら無理に行ってくれとは言わない。だがもうそれは受け取らないよ。火にくべようと、または律義りちぎ者の真似まね
ブライアン氏は農夫ひやくしやう律義りちぎさうな言葉を聞いて、にこ/\しい/\手を出した。農夫ひやくしやうは嬉しさうにそれを握つた。
「じゃ、律義りちぎもののくまや、勇敢ゆうかんなおおかみが、人間にんげんたすけたことはあるが、人間にんげんは、どうだ、くまや、おおかみをつけたが最後さいごころしてしまうだろう。」
深山の秋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
おまえ、どうかすると馬鹿ではないかと思うときがあるが、使いようによっては、なかなか律義りちぎもんじゃな。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
叔父は園田孫兵衛そのだまごべえと言いて、文三の亡父の為めには実弟に当る男、慈悲深く、あわれッぽく、しかも律義りちぎ真当まっとうの気質ゆえ人のけも宜いが、おしいかなと気が弱すぎる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
あのオトナしい角谷、今年ことし十九の彼律義りちぎな若者が——然し此驚きは、我迂濶うかつ浅薄せんぱく証拠しょうこてるに過ぎぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
父は律義りちぎな人であり、正直な人であり、キチンとした、小心の人であった。そして多くの場合、機嫌のよい人であったが、どうかするとかなり不機嫌の時もあった。
私の父 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
律義りちぎ律義りちぎ、いつもその思召おぼしめしねがひたい、とみち此処ここ自腹じばらでないから、わたし一人ひとりめてゐる。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
尾藤孝肇びとうかうてう曰ふ、律義りちぎとはけだちよくにして信あるを謂ふと。余謂ふ、孤城をえんなきに守るは、谷中將の如くば可なりと。嗚呼中將は忠且つ勇なり、而して孝其のうちに在り。
が、彼の律義りちぎな人格は、咄嗟とっさに彼の慾情の妄動もうどうをきっぱりと、制し得たのである。藤十郎は、宗山清兵衛の事を考えた。また、貞淑と云ううわさの高いお梶の事を考えた。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「あんな大した腕持つてる律義りちぎな職人でせエ此の始末だ、さうかともや、悪い泥棒見たいな奴が立身して、めかけ置いて車で通つて居る、神も仏もあつたもんぢやねエ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
お島は昔気質むかしかたぎ律義りちぎな父親に手をひかれて、或日の晩方、自分に深い憎しみを持っている母親のあらい怒と惨酷ざんこく折檻せっかんからのがれるために、野原をそっち此方こっち彷徨うろついていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
斯道にあつき志しは却りて其大家などゝいはるゝを厭へば、おのづから隱逸といふ風もある隱居さまにて、家をゆづりし息子の律義りちぎなるにかへり見る煩はしさもなければ
花ごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
藤次郎が東雲と号したことについては所以いわれのあることで、この東雲という人は非常な師匠思い……したがって正直律義りちぎであり、製作にかけてもなかなかすぐれている所からして
彼も貫一の偏屈なれども律義りちぎに、愛すべきところとては無けれど、憎ましきところとては猶更なほさらにあらぬを愛して、何くれと心着けては、彼の為に計りて善かれと祈るなりける。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
二人の律義りちぎな法律家は、そういう冷評を苦にし、自分の後ろからどっと起こる笑声に少なからず威厳を傷つけられて、名前を変えようと決心し、ついに思い切って国王に請願した。
遠慮深くて律義りちぎな君が、こんな電報を僕に打って寄こすのは、よほどの事であろう。
未帰還の友に (新字新仮名) / 太宰治(著)
四辺しへんの空気が、冷え冷えとして来て墓地に近づいた。が、寺は無かった。独立した広い墓地だけに遠慮が無く這入はいれた。る墓標のそばには、大株の木蓮もくれんが白い律義りちぎな花を盛り上げていた。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
つくし又大旦那五兵衞殿へ廿年來律義りちぎに勤て主思ひの聞えも取たる其方成らずや何とて千太郎殿を締殺しめころしたるや我にも更に仔細がわからず一伍いちぶ一什しじふを御奉行樣へ申上よと六右衞門の言葉に久八涙を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
堅苦しく、うはべの律義りちぎのみを喜ぶ国
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
親鸞 あれは律義りちぎな、いい老人じゃ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「上杉家は、謙信以来、士風正しく、義理明白な国がらではあったが、当主の景勝も、まことに律義りちぎ人体にんていとみえる……」
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
弥太郎は武士気質かたぎの強い、正直律義りちぎの人物であったが、酒の上がすこしよくないので、酔うと往々に喧嘩口論をする。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それから当分のあいだ三四郎は毎日学校へ通って、律義りちぎに講義を聞いた。必修課目以外のものへも時々出席してみた。それでも、まだもの足りない。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうかといって、野幇間のだいこの仙公にはりている。薬籠持やくろうもちの国公は律義りちぎなだけで気がかず、子分のデモ倉あたりは、気が早くって腰が弱いからいけない。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ましてその頃はまだ武士気質かたぎの、律義りちぎな男でござりましたから、お女中の御機嫌をうかゞうことなどは出来そうもござりませなんだのに、お二た方の御前へ出ますと
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかるにまた大多数の人〻はそれでは律義りちぎ過ぎて面白くないから、コケが東西南北の水転みずてんにあたるように、雪舟せっしゅうくさいものにも眼をれば応挙おうきょくさいものにも手を出す
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「そんなことならっとも遠慮は要らない。君は案外律義りちぎだね。僕も実はその縦に振った方だよ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
しているけれど、嫂の兄さんがばかに律義りちぎな人でね、どこだどこだってしきりに聞くんだ
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
まだゑんづかぬいもとどもが不憫ふびんあね良人おつとかほにもかゝる、此山村このやまむら代〻だい/\堅氣かたぎぱう正直しようじき律義りちぎ眞向まつかうにして、風説うわさてられたことはづを、天魔てんまうまれがはりか貴樣きさまといふ惡者わる出來でき
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
たくはへ後江戸へ轉居ひきうつりて今かゝ大層たいそうの暮しはすれども生得しやうとく律義りちぎの男にて少も惡氣わるきなく人の言事を何に寄ず眞實まことなりと思ふにぞ此度も吾助が言葉を眞實まことと思ひいさゝか疑ふ心なく奉公の中に五十兩金を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼の三枝松政吉(私の兄弟子)が私に代って師匠歿後のことを一切引き受けてやるようになってから、政吉と衝突しまして、正直律義りちぎの人であったから、かえってむか腹を立てて暇を取りました。
百草の花のとじめと律義りちぎにも衆芳におくれて折角咲いた黄菊白菊を、何でも御座れに寄集めて小児騙欺こどもだまし木偶でく衣裳べべ、洗張りにのりが過ぎてか何処へ触ッてもゴソゴソとしてギゴチ無さそうな風姿とりなり
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
が、こうした生活にもかかわらず、天性律義りちぎな藤十郎は、若い時から、不義非道な色事には、一指をだに染めることをしなかった。そうした誘惑に接するごとに、彼は猛然として、これと戦って来ている。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
門前を通れば、常に、あいさつだけでもして行くのがこの老人の律義りちぎであったようだ。その訪れを見て玄関の小侍は
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
排外的に見える藤井は、律義りちぎに叔父の訪問を返そうともしなかったが、そうかと云って彼をいやがる様子も見せなかった。彼らはむしろ快よく談じた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女の差し出たことをいうとただ一口に云わるるか知らねど、正直律義りちぎもほどのあるもの、親方様があれほどに云うて下さる異見について一緒にしたとて恥辱はじにはなるまいに
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
律義りちぎなところがあるせいであろうか、青年時代から持ち越しの、「たった一人の女を守って行きたい」と云う夢が、放蕩ほうとうと云えば云えなくもない目下の生活をしていながら
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ことし十九の坂田源三郎は、兄の市之助とはまるで人間の違ったような律義りちぎ一方の若者であった。彼は兄のように小唄を歌うことを知らなかったが、武芸は兄よりも優れていた。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)