山裾やますそ)” の例文
いにしえの国主の貴婦人、簾中れんちゅうのようにたたえられたのが名にしおう中の河内かわち山裾やますそなる虎杖いたどりの里に、寂しく山家住居やまがずまいをしているのですから。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かなり長い急な山裾やますその切通し坂をぐるりと廻って上りきった突端に、その耕吉には恰好だという空家が、ちょこなんと建っていた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
S——町のはずれを流れている川をさかのぼって、重なり合った幾箇いくつかの山裾やますそ辿たどって行くと、じきにその温泉場の白壁やむねが目についた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
アメリカの興行家が、巨万の小切手を眼の前に置いても、山裾やますその町から決して出ようとせず、素朴な農民たちと、膝を交えて暮している。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
山裾やますそに石の小さい門があって、そこから松並木が山腹までつづき、その松並木の尽きるあたりに、二むねの建物の屋根が見える。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
野というよりは、斜めに起伏を落している山裾やますそである。彼を呼んだ男は、三笠山の山道のほうからその裾野へ出て来たらしく
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雪童子は眼を丘のふもとに落しました。その山裾やますその細い雪みちを、さつきのあか毛布けつとを着た子供が、一しんに山のうちの方へ急いでゐるのでした。
水仙月の四日 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
やがて眼界にわかに開けた所へ出れば、重畳ちょうじょうせる群山波浪のごとく起伏して、下瞰かかんすれば鬼怒きぬの清流真っ白く、新しきふんどしのごとく山裾やますそぐっている。
今年こんねんの参府のお土産はそれにしようと、勝手にひとりぎめして、紐差ひもさし山裾やますそに、さっさと鋳造所をこしらえてしまった。
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
むかし、ある山裾やますそに、小さな村がありました。村のうしろは、大きな森から山になっていまして、前は、広い平野にうつくしい小川が流れていました。
天狗笑 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
部落はかなり勾配こうばいの急な山裾やますその、南向きの日当りのい谷間にあった。田というものは一枚もない。あるのは山と、それを開墾きりひらいた畑とだけであった。
その麓のS岳村から五六町離れた山裾やますそに、この界隈かいわいでの物持ものもちと云われている藤沢病院が建っていた。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこらの人間に心当りをいって問い問い元気を出して向うの山裾やますその小山のあざまで探ねて往った。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
東叡山とうえいざん寛永寺かんえいじ山裾やますそに、周囲しゅういいけることは、開府以来かいふいらい江戸えどがもつほこりの一つであったが、わけてもかりおとずれをつまでの、はすはな池面いけおも初秋しょしゅう風情ふぜい
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そこは草や雑木ぞうきの生えた小藪こやぶになっていて、すぐ右手に箱根八里の街道へける間道ぬけみちがあって、それがだらだらとおりて土橋どばしを渡り、前岸ぜんがん山裾やますそを上流に向ってうねうねと通じていた。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
倶知安くっちゃんからK村に通う国道はマッカリヌプリの山裾やますそ椴松帯とどまつたいの間を縫っていた。彼れは馬力の上に安座あぐらをかいて瓶から口うつしにビールをあおりながら濁歌だみうたをこだまにひびかせて行った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
はるかな山裾やますそにひろがっている牧場をながめて、胸のふくらむ思いをしていたのであるが、ある夏の日、この宿からは遠く離れている牧場にはいりこんで、山の人に牛の話などを聞いたことがある。
乳と蜜の流れる地 (新字新仮名) / 笠信太郎(著)
千年の秋の山裾やますそ善光寺
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
幽邃ゆうすいの趣きをたたえた山裾やますその水のほとりを歩いたりして、日の暮れ方に帰って来たことなどもあって、また二日三日と日がたった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ここを入って行きましょうと、同伴つれが言う、私設の市場の入口で、外套氏は振返って、そのししの鼻の山裾やますそを仰いで言った。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山裾やますそから二、三町ほど、先へ眼をやると、黒末川くろすえがわの流れが帯のようにうねって、知多ちた半島の海へそそいでいる。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのときはもう、あかがねづくりのお日さまが、南の山裾やますそ群青ぐんじやういろをしたとこに落ちて、野はらはへんにさびしくなり、白樺しらかばの幹などもなにか粉を噴いてゐるやうでした。
かしはばやしの夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
彼らは竹のきれや、木の枝をはしぐらいの長さにきって便所の箱の中に入れておく。そしてその御用済ごようずみの分は別の箱の中に入れておく。溜まると一纏ひとまとめにして山裾やますその清流で洗ってまたそれを使う。
街路は整頓され、洋風の建築は起こされ、郊外は四方に発展して、いたるところの山裾やますそと海辺に、瀟洒しょうしゃな別荘や住宅が新緑の木立のなかに見出みいだされた。
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
近くに藁屋わらやも見えないのに、その山裾やますその草のみちから、ほかほかとして、女の子が——姉妹きょうだいらしい二人づれ。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのときはもう、あかがねづくりのお日さまが、南の山裾やますそ群青ぐんじょういろをしたとこに落ちて、野はらはへんにさびしくなり、白樺しらかばの幹などもなにか粉をいているようでした。
かしわばやしの夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
半刻はんときの後には、彼はすでに馬上だった。星青き夜空の下、三千の人馬と、炬火たいまつの数が、うねうねと湖畔の城をで、松原をい、日吉坂を登って、四明しめいだけ山裾やますそへかくれてゆく。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遠くは山裾やますそにかくれてた茅屋かややにも、咲昇るあおいしのいで牡丹を高く見たのであった。が、こんなに心易い処に咲いたのには逢わなかった。またどこにもあるまい。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いうと、にわかに、道をもどって、朝霧の山裾やますそへさしてどんどん行ってしまった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たまには傘をさして、橋を渡って、山裾やますそ遊廓ゆうかくの方へ足を入れなどした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その反対の、山裾やますそくぼに当る、石段の左の端に、べたりと附着くッついて、溝鼠どぶねずみ這上はいあがったように、ぼろをはだに、笠もかぶらず、一本杖いっぽんづえの細いのに、しがみつくようにすがった。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
崖の上はゆるい傾斜を持っている山裾やますその原だった。彼は一望に夜明けを見た。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ころ近國きんごく知事ちじおもひものりました……めかけとこそへ、情深なさけぶかく、やさしいのを、いにしへ國主こくしゆ貴婦人きふじん簾中れんちうのやうにたゝへられたのがにしおふなか河内かはち山裾やますそなる虎杖いたどりさと
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「あの山裾やますそが、左の方へ入江のように拡がって、ほんのり奥にあかりが見えるでございましょう。善光寺平ぜんこうじだいらでございましてね。灯のありますのは、善光寺の町なんでございますよ。」
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かつしやるな。山裾やますその、双六温泉すごろくをんせんへ、湯治たうぢさつせえたひとだんべいの。」
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
貧しい場末の町端まちはずれから、山裾やますその浅い谿たにに、小流こながれ畝々うねうねと、次第だかに、何ヶ寺も皆日蓮宗の寺が続いて、天満宮、清正公せいしょうこう、弁財天、鬼子母神きしぼじん、七面大明神、妙見宮みょうけんぐう、寺々に祭った神仏を
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
半分気味の悪そうに狐につままれでもしたようにてのひらに受けると——二人を、山裾やますそのこの坂口まで、導いて、上へ指さしをした——その来た時とおんなじに妹の手を引いて、少しせき足にあのみち
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くも黒髪くろかみごとさばけて、むねまとひ、のきみだるゝとゝもに、むかうの山裾やますそに、ひとつ、ぽつんとえる、柴小屋しばごや茅屋根かややねに、うす雨脚あめあしかつて、下草したぐさすそをぼかしつゝ歩行あるくやうに、次第しだい此方こちら
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)