しかばね)” の例文
再び願わくば上帝、何卒この二基のしかばねを譲りたまい、男爵夫人並びにその御家族の上に限りなき加護と恩恵とを垂れたまわんことを!
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼は生きたしかばねにも等しい人を抱いてしまった。罪で罪を洗い、あやまちで過ちを洗おうとするようなかなしい心が、そこから芽ぐんで来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やがてしかばねとなる自分の靴の底へかくした紙きれの文字によって。ポケットの手帖にかかれた瀕死の自画像によって。〔一九五一年三月〕
ことの真実 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
放蕩と死とはつらなる鎖に候。何時も変りなき余がをお笑ひ下され度く候。余は昨夜一夜いちやをこの娼帰しやうふと共に、「しかばねの屍に添ひてよこたはる」
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
明軍死する者多いが、さすがに屈せずしかばねを踏んで城壁をじる。日本軍刀槍を揮って防戦に努めるけれども、衆寡敵せず内城に退いた。
碧蹄館の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
鶴嘴とシャベルで、しかばねを切らないように恐る/\彼等は、落ちた岩の下を掘った。なまぐさい血と潰された肉の臭気が新しく漂って来た。
土鼠と落盤 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
殺されてしかばねを荒原に横たえ、魂を無漏むろの世界へ運んだ方が安楽で、傷ついて助けのない道を、のたり行く者の苦痛とは比較になるまい。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
是は内景が一剖観の窮め尽すべきでないことを思はなかつたのである。又外科のしかばねに就いて錬習すべきをも思はなかつたのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
想像もできませんような生きたしかばねになっておりました私を、御覧になったのはあなたですが、どんなに醜いことだったでしょう。
源氏物語:56 夢の浮橋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その夜、李陵は小袖短衣しょうしゅうたんい便衣べんいを着け、誰もついて来るなと禁じて独り幕営の外に出た。月が山のかいからのぞいて谷間にうずたかしかばねを照らした。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
否、かばうどころか、彼が最も愛して居たと思われる婦人の事は右述べた通り完膚なき迄に、不遠慮に自白し、しかばねむちうって居る有様です。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
川北先生の容態も、あいかわらず意識不明のままで、今は帝都の中心にある官立の某病院の生けるしかばね同様のからだを横たえつづけている。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一対一の戦闘が、こうして、きりなく続く。そして、勇敢な蜜蜂は、ちからてきせず、一つ一つ、その犠牲となつてしかばねを地上にさらすのである。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
ゆゑにそのしかばねをいるゝところ棺槨くわんくわくには恒久的材料こうきうてきざいれうなる石材せきざいもちひた。もつとも棺槨くわんくわく最初さいしよ木材もくざいつくつたが、發達はつたつして石材せきざいとなつたのである。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
こうした悲劇のあった後、妾は生けるしかばねとなって倫敦ロンドンに帰って参りました。あの時から妾の内部的な生活は終っていたのです。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
近江の蓮浄れんじょう、山城守基兼、式部正綱、等々々、一介いっかい平人ひらびとになって、無数の檻車かんしゃが、八方の遠国へ、生けるしかばねを送って行った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手を空うして二つのしかばねになるのを見てゐるより他為方がないだらう。「来なければ好かつた。ちと冒険すぎた——」かう何遍となくBは思つた。
山間の旅舎 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
よき友よ、イエスのために忍んで、ここに封じられたるしかばねを掘る勿れ。この石に触れざる人は恵まれてあれ、わが骨を動かす者は咀われてあれ。
シェイクスピアの郷里 (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
ようや寳暦ほうれき四年になって死刑屍の解剖が許されることになり、その年のうるう三月七日に行われた死刑者のしかばねを請いうけてその解剖を実行したのでした。
杉田玄白 (新字新仮名) / 石原純(著)
通りかかりの旅僧がそれを気の毒に思うて犬のしかばねを埋めてやった、それを見て地蔵様がいわれるには、八十八羽の鴉は八十八人の姨の怨霊おんりょうである
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
仏法はいまだ漸く現世利益げんぜりやく乃至ないしは迷信の域を脱しない。さもなくば政略の具であった。諸家の仏堂はいたずらに血族のしかばねの上に建立こんりゅうされたかにみえる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
横はつてゐる優しいしかばねの事を、何と云ふ事もなく想ひはじめた、わしの頭脳には、熱した空想が徂徠して来たのである。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
されど又予を目して、万死の狂徒とし、まさしかばねに鞭打つて後む可しとするも、予に於てはがうも遺憾とする所なし。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
支那人の文学的口調を以て言えば、血は流れてきねを漂わす、血が流れて四十二インチ臼砲きゅうほうが漂う、血の洪水、しかばねの山を築く。何の目的でやっているか。
大戦乱後の国際平和 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
こう言って、切れ切れな言葉で彼はしかばねを食うのを見た一じょうを物語った。そして忌まわしい世に別れを告げてしまった。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
そのうちに、四辺あたりの小屋から、一人寄り二人集まり、がやがやと吾亮のしかばねを取り巻いた。やがて焚き火が始められた。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そうして、両軍の間には、血のにじんだ砂の上に、矢の刺ったしかばねや牛の死骸が朝日を受けて点々として横たわっていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
かのうづたかめるくちなはしかばねも、彼等かれらまさらむとするにさいしては、あな穿うがちてこと/″\うづむるなり。さても清風せいふうきて不淨ふじやうはらへば、山野さんや一點いつてん妖氛えうふんをもとゞめず。
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
何十人とも知れぬ若き、老いたる異性のしかばねを眺めて、何時いつまで禁園の果物としての誇を保って行かれる積りですか
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
エレーンのしかばねすべての屍のうちにて最も美しい。涼しき顔を、雲と乱るる黄金こがねの髪にうずめて、笑える如くよこたわる。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで岸へ這いあがっていると一つのしがいが流れてきた。それは自分のれていた従僕げなんの少年のしかばねであった。陳は力を出して引きあげたが、もう死んでいた。
西湖主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
また一方原始的の食人種が敵人をほふってそのしかばねの前に勇躍するグロテスクな光景とのある関係も示唆される。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
如何いかなる露国ロシアの、日本に対する圧迫、凌辱りょうじょくって、日本の政府が、あのごとく日本国民を憤起させてあえて満洲の草原に幾万の同胞のしかばねさらさせたかは、当時
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
しかし、二三日過ぎてから、牝は観音崎燈台下の磯へしかばねとなつて波に打上げられた。モリの傷が死因をなしたのである。それは今から十年ばかり前であつた。
東京湾怪物譚 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
みたものは、果たしてなんであったでしょうか? 翌朝あくるあさ、人々は白い紗に蔽われた巨像の下に、色青ざめて横たわる一人の青年の、冷たいしかばねを見出しました。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
しかばねの上にかがんでこれに接吻し、それから氷山を横ぎって急いで飛び去ったように見えたと言うのであった。
圧制したものは圧制されたものの地位まで下がり、不倶戴天ふぐたいてんの敵同士のしかばねさえもまじりあってしまうのだ。
墓を掘り棺を破って十一娘のしかばねを出し、穴をもとのように埋めて、自分でそれをせおって三娘と一緒に帰り、それをねだいの上に置いて三娘の持っていた薬を飲ました。
封三娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
六年前の丁度ちょうどこの時節に、この河原にち満ちておりました数万のしかばねのこともおのずと思い出でられ、ああこれが乱世のすがたなのだ、これが戦乱の実相なのだと
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
ことに食糧を地方の供給に待つ京都においては、惨状は一層はなはだしかった。餓えた民衆は至るところに彷徨ほうこうし、餓死者のしかばねは大道に横たわって臭気を放った。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
それから、したへいって、ちたすずめをひろいました。さっきまで、仲間なかまとさえずりあっていた、あわれなとりは、もはやしかばねとなって、かたくじていました。
春はよみがえる (新字新仮名) / 小川未明(著)
わば「生けるしかばね」としか解してくれず、そうして、彼の快楽のために、自分を利用できるところだけは利用する、それっきりの「交友」だったのだ、と思ったら
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
見よ! 彼の馬のゆくところひづめをもって雑兵をけちらし、彼の太刀のひらめくところ、血けむりにじのごとく立ちのぼって敵兵のしかばねをつむ、壮絶まさに鬼神の勇である。
だんまり伝九 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この仕事に彼はたっぷり半日もかかった。最初はただ屍斑や陰気な皮膚の色を隠すのが目的であったが、やっている内に、しかばねの粉飾そのものに異常に興味を覚え始めた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
婆めは塚のぬしにひき寄せられて、あの森の奥にしかばねをさらすようになったのであろう。千枝まよ、お前もまんざら係り合いがないでもない。婆めはあの丘の裾に埋めてある。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
加奈子は二年程前から子の無い善良な夫との二人暮しへ、女学校時代からの美貌の友、足立京子の生きたしかばねを引き取って、ちぐはぐな、労苦の多い生活を送って居るのである。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
幾千幾万の家族は、相率いて不幸の谷底に蹴落され、大地の上は、至る所にしかばねの山を築く。
それに足許あしもとは、破片といわずしかばねといわずまだ余熱をくすぶらしていて、恐しく嶮悪けんあくであった。常盤橋ときわばしまで来ると、兵隊は疲れはて、もう一歩も歩けないから置去りにしてくれという。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
トルストイの遺著いちょの中、英訳になった劇「けるしかばね」を読む。トルストイ化した「イナック、アヽデン」と云う様なものだ。「暗黒あんこくちから」程の力は無いが、捨てられぬ作である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
カテリーナは驚愕のあまり、手を拍つとともに、藁束のやうに良人のしかばねの上へ倒れた。