俄然がぜん)” の例文
しかるにその物音に蓉子は目をさまして誰何すいかしたので、賊は俄然がぜん居直りとなり手にせる出刃庖丁を蓉子の前に突きつけておどかした。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
俄然がぜん鉱山の敷地が陥落をはじめて、建物も人も恐ろしいいきおいもっまたたく間に総崩れにち込んでしまった、ということが書いてある。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
その掘ったところが俄然がぜん爆発して大量の熱気を地上に噴出するようになったところが、新らしく出来た鶴見地獄や鉄輪地獄である。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
すなわち、係り家来としては書付も短刀も精密検査に及ばず、ただ「御落胤出現」なる一事を以て俄然がぜんいろめき立ったものだろう。
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
俄然がぜんとして死し、俄然としてわれかえるものは、否、吾に還ったのだと、人から云い聞かさるるものは、ただ寒くなるばかりである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
死せるがごとき時彦の顔をみまもりしが、俄然がぜん崩折くずおれて、ぶるぶると身震いして、飛着くごとく良人にすがりて、血を吐く一声夜陰を貫き
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、俄然がぜん先生せんせい命令めいれいは、長吉ちょうきちあたまうえちたのであります。かれみみけるようにあつくなって、きゅうのぼってかお赫々かくかくとなりました。
残された日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
二人は眼を合せて合図のように頭を下げ合ったが、下流に向う筒井の渡舟は俄然がぜんとして舟脚ふなあしを流れにまかせて、もう、かなりへだたって行った。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
自由に注入するを得せしめば、わが国百工の興隆するあたかも霜雪に圧せられたる草卉そうきが春風に逢うて俄然がぜんとしてその芽を発するがごとく
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
高等学校へはいってから、かれの態度が俄然がぜんかわった。兄たち、姉たちには、それが可笑おかしくてならない。けれども末弟は、大まじめである。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その証拠に、ある天才音楽家は新らしい女を妻として、帝国劇場のオーケストラで指揮をして居る最中に俄然がぜん卒倒した。
死の接吻 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
夫が俄然がぜん息を詰めて階下の茶の間に注意を凝らし始めたらしく思われる、或る特別にシーンとしてしまう———ような気がする———瞬間がある。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
俄然がぜん、土けむりが、此方こなたへ向って駈けて来た。そして妙覚寺の大門を包囲したが、まさか平介ひとりとは思わないので
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうだわ。だって、新子姉さんは、何にも云わないんだもの。だから、マダム、俄然がぜん威張っちゃって、お姉さんを泣かしてしまったんだから……」
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その方法は、水銀の原子の中核を、α粒子アルファりゅうしという手榴弾しゅりゅうだんで叩き壊すと、その原子核の一部が欠けて、俄然がぜん金に成る。
科学が臍を曲げた話 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
真実しんじつ事実じじつ実際じっさい、まったく、断然だんぜん俄然がぜん……ナニ、そんなに力に入れなくてもよろしい、このお蓮様、ほんとに伊賀の暴れン坊にまいっているんだ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
後来海警屡〻至るに及んで天下の人心俄然がぜんとして覚め、尊皇攘夷の声四海にあまねかりしもの、いづくんぞ知らん彼が教訓の結果に非るを。嗚呼あゝ是れ頼襄の事業也。
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
稚児サン騒ぎなぞ噯気おくびにも出さなくなった今に至って私一人は俄然がぜんとして稚児サンのよさに覚醒めざめ、どうやら朝起きても私の眼前には昨日以来の太子の
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
それでもいわゆる最後の一念、全身の力を足にこめ俄然がぜんスックと立ち上がった。間髪を入れず斬り下ろした匕首。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
俄然がぜんとして座席は大騒ぎになりました。あちらからも、こちらからも立派な紳士が立ち上って正面玄関へ殺到しました。数十名の紳士達が殺到したのです。
気の毒な奥様 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
……そこで話は俄然がぜん活気を帯びて、やがて頗る満足した婦人連は、そのうちおいしいマーマレードをお届けしましょうと約束して、いそいそと帰って行く。
この二枚の号外を応接室の椅子の中で事務員の手から受取った東京駐箚ちゅうさつ××大使は俄然がぜんとして色を失った。
人間レコード (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかるに「政治と宗教」ということでなく、「カイザルと神」ということになると、問題は俄然がぜん深刻となる。それは社会問題ではなく、信仰問題だからである。
材料は割合に平凡でも生け方で花が生動するように少しの言葉のはたらきで句は俄然がぜんとして躍動する。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
里俗鰡堀りぼくりゅうぼり差懸さしかかると俄然がぜん紫電一閃しでんいっせんたちまち足元があかるなった、おどろいて見ると丸太ほどの火柱が、光りを放って空中へ上る事、幾百メートルとも、測量の出来ぬくらいである
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
十何世紀を積み重ねた我々の信仰生活は、明治の代に移って俄然がぜんとして一変してしまった。神社仏閣の名と形は保存せられても、これを囲繞いにょうする人の境涯は昔でない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
長摩納父の仇を復すはこの時と利剣を抜いて王の首に擬したが、父王平生人間はただ信義を貴ぶべしと教えたるを思い出し、いかりをやすめ剣を納めた時俄然がぜん王驚きめた。
ここで問題は俄然がぜん表沙汰おもてざたになり、とうとう汐巻灯台へ本省からのきびしい注意があたえられた。
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
人々は斉しく彼女の美しさの効果の上に注目した。すると、俄然がぜんとして彼女は香取のように自殺した。ぜなら香取を賞讃した人々の言葉は、あまりに荘厳であったから。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そこでこの妃のその後の運命を語る段になると、話は俄然がぜん『熊野の本地』に一致してくる。
俄然がぜん、彼氏のすがった岩角がもろくも砕けてああっと思う間もなく、足を踏みはずしてしまった。続いて彼女が必死の悲鳴を挙げた。彼の胴腹にも同時に強いショックが伝わった。
案内人風景 (新字新仮名) / 百瀬慎太郎黒部溯郎(著)
俄然がぜんとして、群集の上にざわめきが起った。四五人だったのが、あとから後から登って来た僧たちも加って、二十人以上にもなって居た。其が、口々にしゃべり出したものである。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
この時いずこともなく遠雷のとどろくごとき音す、人々顔と顔見合わすひまもなく俄然がぜんとして家振るい、童子部屋ボーイべやの方にて積み重ねしさらの類の床に落ちし響きすさまじく聞こえぬ。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
都会の台所では相当に騰って居るかも知れないが、農村の収入としてはほとんどひびいて来ない、ところが、俄然がぜんとして弥之助の耳元にひびいて来たのは人間の価上りであった。
答えずに黙々として右門はしばらくの間考えていましたが、と、俄然がぜんそのまなこはいっそうにらんらんと輝きを帯び、しかも同時に凛然りんぜんとして突っ立ち上がると、鋭くいいました。
俄然がぜん事情は変り、ほとんど日々の上人が私たちの前に明晰めいせきな姿を現してきました。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
と喜んで居りますると、俄然がぜん一陣の猛風吹き起って、たちま荒浪あらなみと変じました。見る/\うち逆捲さかまく浪に舟は笹の葉を流したる如く、波上はじょうもてあそばれてる様は真に危機一発でございます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さてしばらくみ合いまするうちに、猛獣のいずれかが傷つくは必定ひつじょう、さあ、一たん血を見ますると、肉にえたる彼らは、俄然がぜんとしてその兇暴きょうぼう性を増しきたり、ついには敵の喉笛のどぶえ
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ひつじは俄然がぜん虎になった。処女は脱兎だっとになった。いままで湲々えんえんと流れた小河の水が一瀉いっしゃして海にいるやいなや怒濤どとう澎湃ほうはいとして岩をくだき石をひるがえした。光一の舌頭は火のごとく熱した。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
すると、先生が俄然がぜん言葉を改め、ドドの頭上に片手を置いていったのである。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その夕方ゆうがた俄然がぜんアンドレイ、エヒミチは脳充血のうじゅうけつおこして死去しきょしてしまった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それはほかでもい、今迄いまゝであだかてん恩惠おんけいごとく、きはめて順當じゆんたうに、みなみからきたへと、輕氣球けいきゝゆうをだん/″\陸地りくちほうおくつてつたかぜが、此時このとき俄然がぜんとして、ひがしから西にしへとかはつたことである。
紳士は俄然がぜん大口をいて肩を揺ッてハッハッと笑い出し、丸髷の夫人も口頭くちもとしわを寄せて笑い出し、束髪の令嬢もまた莞爾にっこり笑いかけて、急に袖で口をおおい、額越ひたえごしに昇の貌を眺めて眼元で笑った。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ヒロから二十マイル、高度五千フィートのところに、クラニという監獄があり、これが人間の住んでいる最終地点である。クラニを出て三マイルも行くと、俄然がぜん景観が一変して、熔岩地帯にはいる。
黒い月の世界 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
笛吹川と釜無川はかじか沢で合して富士川となり、俄然がぜん大河の相を備えて岩に砕け、滔々とうとうの響きを天に鳴らして東海道岩淵まで奔下し太平洋へ注いでいるが、その途中の山から出てくる幾筋もの支流では
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
うまうまと好調を保持してきたのに、俄然がぜん食事中に至ってはしなくも本性暴露の危険濃厚となり、太宰調稀薄の結果を惹起じゃっきするの始末となった。これではならぬ。またもや鬼の面を被らねばなるまい。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
焼け延びるだけ延びた火の手は俄然がぜんとして真西に変って来た。
俄然がぜんとして睡眠は破られた。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
走り去ること一町ばかり、俄然がぜんとどまり振返り、蓮池を一つ隔てたる、燈火ともしびの影をきっと見し、まなこの色はただならで、怨毒えんどくを以て満たされたり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
毎日何するという事もなしにごろごろしていて、それでいつ夜中やちゅう俄然がぜんとして出発の令が下るかも判らんから、市中以外には足を
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)