何気なにげ)” の例文
旧字:何氣
まだけて見なかつた、最後の一冊を何気なにげなく引つぺがして見ると、本の見返しのいた所に、乱暴にも、鉛筆で一杯何か書いてある。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「が、ぼくに言わせると、ユーゴーはバイロンよりもいいですね」と、若い伯爵はくしゃく何気なにげなく口ばしった。——「面白おもしろい点でも上です」
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
美代みよちゃんは今学校の連中と小田原おだわらへ行っているんだがね、僕はこのあいだ何気なにげなしに美代ちゃんの日記を読んで見たんだ。……」
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
江戸へ出て来て何気なにげなく探って見たところ、近在から誘拐した女たちに馬の落毛で呉絽を織らせているということがわかった。
顎十郎捕物帳:03 都鳥 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ちょうど八月十五ばんでした。まるなおつきさまが、にも山にも一めんっていました。お百姓ひゃくしょうはおかあさんのそばへ行って、何気なにげなく
姨捨山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
あの厭な、マニヤックな眼が、私の表情に執拗しつようにそそがれている。何気なにげなく振舞おうと思った。飲みほそうと食器を持った手が少しふるえた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「ええそりゃいやしませんとも」こんな気持で、兆二郎は何気なにげなく、縁伝えんづたいに師匠の部屋の前に来て板敷の上へかしこまった。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「誰れ? いまの人……」やっとその男が立ち去ったのを見ると、私は急いで彼女の方へ近づいて行きながら、いかにも何気なにげなさそうにいた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
源吉は、常連らしく、何気なにげなさそうな顔をして、松喜亭のドアーをくぐると、昼でも薄暗いボックスの中に、京子のピチピチとくねる四肢を捕えた。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
軽んじたようなことがよしあったにしても、それは何気なにげなくやったことで、故意ではありません。それから、あなたはアロー君も好まないのですね?
何気なにげなくじたる目を見開けば、こはそも如何いかに警部巡査ら十数名手に手に警察の提燈ちょうちん振り照らしつつ、われらが城壁とたのめる室内に闖入ちんにゅうしたるなりけり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
と、向うから来かかった人間が、先に立ちまったから、浅香あさか慶之助の一行も、何気なにげなく足をとめて見守ると
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
左様そうサね、僕は忘れて了った。……何とか言ったッけ。」とひとり書籍ほんを拾い上げて、何気なにげなく答える。
恋を恋する人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
日本人ハ最モ復讐ふくしうヲ好ミ、彼等ハ街上ヲ歩ミナガラモ、かたきト目ザス者ニ逢フ時ハ、何気なにげナクコレニ近寄リ、矢庭ニ刀ヲ抜イテこれヲ斬リ、而シテおもむロニ刀ヲさやニ納メテ
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何気なにげないふりをして、新吉は妻の柔い手に自分の手の甲をちょいちょい触れて見た。ほんの僅かな浮いた心が、ひっそりした秋の宵の澄んだ心境の表面にさざ波をたてた。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
ところが夜になって、夜もふけてから、一人の侍女じじょが、何度も見廻った王子の部屋に、も一度何気なにげなくはいってみますと、王子は寝床にすやすや眠ってるではありませんか。
夢の卵 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
万国橋通を本町ほんちょうの方へ、何気なにげなくスタスタ歩きだした彼はものの十歩も歩かないうちに、ハッと顔色をかえた。ああなんという無残な光景が、前面に展開されていたことだろう。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その席上で何気なにげなくこの語呂の論理の話をしたら、同席の長谷川はせがわ君が大変面白がって
語呂の論理 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
突然、流し元の水甕みずがめでポチャリと水の跳ねた音がありましたのでな、何気なにげなくひょいとのぞいて見ましたところ、クルクルとひとりでに水が渦を巻いていたと言うので厶りまするよ。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
彼が何気なにげなくある崖下に近い窓のなかを眺めたとき、彼は一つの予感でぎくっとした。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
すすりなきしながら、また何気なにげなく、「アアその墓に埋ってる人は殿さまのようにえらいお方?」というと、さも見下果みさげはてたという様子を口元にあらわして、僕の手を思い入れ握りしめ
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
須利耶すりやさまは何気なにげないふうで、そんな成人おとなのようなことをうもんじゃないとはっしゃいましたが、本統ほんとうは少しその天の子供がおそろしくもお思いでしたと、まあそうもうつたえます。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
(そうでねえ。)と女は何気なにげなく答えた、まずうれしやと思うと、お聞きなさいよ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おかあさんは機嫌きげんをわるくしたが、それでも何気なにげなしに、こういいました。
あるわたくし御神前ごしんぜん統一とういつ修行しゅぎょうをしてりますと、きゅうからだがぶるぶるとふるえるようにかんじました。何気なにげなく背後うしろかえってると、としころやや五十ばかりゆる一人ひとり女性じょせいすわってりました。
そん時、ふつと、「あゝ、さつきの男の人に、もつとお礼を云ふんだつた」と気がつき、何気なにげなく後ろを向くと、遥か向うの方で、その男の人が、にこにこ笑ひながら、こつちを見てゐるんです。
雅俗貧困譜 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
澹泊たんぱく何気なにげなく言ひ出したる処、かへつて冬至の趣ありて味ひあり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
勝代は母親の命令で、何気なにげない風で兄の腹の中をさぐってみた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
鏡子は何気なにげないふりでかう云つて居た。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ひる過ぎになってから、洋一よういち何気なにげなく茶のへ来ると、そこには今し方帰ったらしい、夏羽織を着た父の賢造けんぞうが、長火鉢の前に坐っていた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
同時にむなしい空が遠くから窓にあつまるように広く見え出した。豊三郎は机に頬杖ほおづえを突いて、何気なにげなく、梧桐ごとうの上を高く離れた秋晴を眺めていた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
このいくさあいだのことでした。ある義家よしいえ何気なにげなく野原のはらとおって行きますと、くさふかしげった中から、けにばらばらとがんがたくさんちました。
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
すると突然とつぜん、控え室のあけっぱなしのドアしに、うちの下男のフョードルの姿が眼に映った。わたしに何かを合図している。わたしは何気なにげなく出て行った。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
表面では何気なにげない表情でも、かげでは妙に気を廻したり、こまかく神経を働かせていたりするのです。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その場はひとりのみこんで何気なにげなくよそおったものの、納戸なんどのお艶が、それとなく窓から左膳の出入りをうかがっては、いかにもして栄三郎へしらせたがっていることも
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いや、何気なにげのう河原の小舟に乗りとうなって、独りで水馴棹みなれざおを持ってみたが、舟と水とは相性のものと思うていたが、さて流れに出てみると、なかなかままに動かぬものじゃな。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのとき彼は何気なにげなく外を見た。そこはこの控家の裏口だった。垣根の向うに、どこから持ってきたのか一台の自動車がジッと停っていた。運転台も見えるが、人の姿はなかった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その塵芥車がやっと私の背後を通り過ぎたらしいので何気なにげなくちらりとそれへ目をやると、その箱車のなかには、鑵詰かんづめの鑵やら、とうもろこしの皮やら、英字新聞の黄ばんだのやら
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
初めの霜柱の研究というのを何気なにげなく四、五ページ読んで行くうちに、私はこれはひょっとしたら大変なものかも知れないという気がしたのでゆっくり注意しながら先へ読み進んで行った。
「霜柱の研究」について (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
うでねえ。)とをんな何気なにげなくこたへた、うれしやとおもふと、おきなさいよ。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
巴里の市門ポルトイヴリイをよろめき出してから三時間あまり、もうオオゼエル村のあたりまで来たのでもあろうかと、ふと何気なにげなく巴里の方を振り返ると、ナント、エッフェル塔は三色旗をかかげて
宇津木文之丞は何気なにげなく入って来た人を見ると、それは自分の当の相手、机竜之助でありましたから、ハッと気色けしきばんだが、幸いに編笠あみがさを被って隅の方にいたので、先方ではそれと気がつかぬ様子。
須利耶さまが歩きながら、何気なにげなくわれますには
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
何気なにげなく笛を鳴らしていると、今度は黒い勾玉まがたまを首へかけた、手の一本しかない大男が、どこからか形を現して
犬と笛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大工だいくはそれなりうちへかえって、ゆっくり一寝入ひとねいりして、あくる日また、何気なにげなしに川へ出てみました。
鬼六 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それでいつもの通り何気なにげない顔をして、夫に着物を着換えさしたり、洋服を畳んだりしてった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この十五坪住宅の主人が夜かわやの窓から何気なにげなく外を見たところ、トランクが月の光に照らされて、ひとりで道を歩いていたという東都怪異譚とうとかいいたんの始まり——あの頃さらに以前の関係者に相違ない。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
わしはぞっとしておもてを背けたが、婦人おんな何気なにげないていであった。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いくら利発者でも、こうなると、さすがに心細くなるのでございましょう。そこで、心晴らしに、何気なにげなく塔の奥へ行って見ると、どうでございましょう。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何気なにげなく座布団ざぶとんの上へ坐ると、唐木からきの机の上に例の写生帖が、鉛筆をはさんだまま、大事そうにあけてある。夢中に書き流した句を、朝見たらどんな具合だろうと手に取る。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)